車いすテニスに傾ける情熱! プレイヤーとエンジニア、両者の視点で描いたスポーツ×仕事×青春小説!!

文芸・カルチャー

2020/3/19

『パラ・スター 〈Side 百花〉』『パラ・スター 〈Side 宝良〉』(阿部暁子/集英社文庫)

 2020年はオリンピック・パラリンピックイヤー。ましてや自国開催とあって、国民の関心が高まっている。そんな中、2カ月連続で刊行されたのが『パラ・スター』(阿部暁子/集英社文庫)。パラリンピック競技の中でも「車いすテニス」にフォーカスを当て、〈Side 百花〉では競技用車いすのエンジニアを目指す山路百花を、〈Side 宝良〉では車いすテニスプレイヤーの君島宝良を主役にした物語を描き出している。

 百花と宝良が出会ったのは、中学2年のこと。標準体重を大幅にオーバーしていた当時の百花は、一部の女子から「モモ豚」と罵られ、いじめを受けていた。そんな百花を救ったのが、孤高のテニス少女・宝良。とはいえ、彼女は百花を助けようと思ったわけではない。「あんたみたいな自分で戦おうとしないやつは、反吐が出るほど嫌いなの」──このひと言をきっかけに、百花は不甲斐ない自分を変えようと、必死で宝良に食らいついていく。

 宝良のトレーニングにくっついて走るうち、体重も落ち、同級生からの暴言や暴力もなくなった百花。だが、高校2年を迎え、今度は宝良の身に悲劇が降りかかる。突然の交通事故、脊髄の損傷による下肢の麻痺。夢を絶たれ、人生に絶望する宝良に対して百花が示したひと筋の道、それは車いすテニスだった。最初は「あんなのテニスじゃない」と拒絶する宝良だが、世界トップクラスの車いすテニスを目の当たりにし、思いを新たにする。そんな宝良に、百花は訴えかける。「たーちゃんはパラリンピックにも出るくらいの、最強の車いすテニス選手になって。わたしは、たーちゃんのために最高の車いすを作るから」。

〈Side 百花〉で描かれるのは、老舗車いすメーカーにエンジニアとして就職した百花の奮闘。車いすテニスプレイヤーとして頭角を現す宝良に少しでも追い付こうと、前へ前へと全力で突き進む百花の熱いこと! 周囲にも熱気を広げるその姿は、真っ赤に燃える火の玉のようだ。だが、こうした思いが空回りし、時には手ひどい失敗をすることも。小学5年生にして車いす生活を余儀なくされたみちると出会い、そして頼れる先輩に叱咤され、百花はエンジニアにとって本当に大切なことに気づいていく。

 そんな百花の成長を踏まえて描かれるのが、〈Side 宝良〉。宝良は、百花とは対照的に青白い炎のように秘めた闘志を燃やす“オオカミ美人”。〈Side 百花〉では才能を開花させつつあったが、パラリンピックを控えた今、思いがけず成績不振に陥っている。長年連れ添ったコーチが一線を退き、自分の弱さに直面した宝良。新コーチと再起を図る彼女は、百花が勤めるメーカーで競技用車いすを新調し、世界へと果敢に挑んでゆく。スポーツ小説としてのキラキラ眩しい側面だけではなく、排尿障害により毎朝カテーテルで導尿する姿、長時間車いすを漕ぐあまり分厚くなった掌など、車いす利用者としての日常や泥臭い努力も丁寧に描かれているのが印象的だ。

 2部作を通じて感じるのは、異なる立場で車いすテニスに関わるふたりの熱情。実を言えば、恥ずかしながらこの本を読むまで「車いすテニス=障害者のためにアレンジされたスポーツ」というイメージを抱いていた。だが、宝良をはじめとする車いすテニスプレイヤーは、れっきとしたアスリート。ただ車いすを使っているだけで、健常者が行うテニスの上でも下でもない。ルールの違いは、ツーバウンドまでの返球が認められているという点くらい。その分、戦術性が高く、素早いチェアワークや正確なショットが求められる競技だ。〈Side 宝良〉では試合のシーンも多く、白熱の展開に息を止めたままページをめくり続けてしまった。

 さらに、競技を支える人々がこれほど多いことも初めて知った。百花のような競技用車いすのエンジニアは、ただ車いすを製造するだけでなく試合会場でメンテナンスも行う。試合中に雨が降れば、ボールパーソンが選手に傘をさしかけ、スタッフがひざまずいて濡れたコートをタオルで拭く。選手が会場とホテルをスムーズに行き来できるよう、自衛隊まで力を貸している。その姿にも胸を熱く打たれる。

『パラ・スター』は、パラスポーツを描いた青春小説という小さな枠ではくくれない作品だ。ひとつのことに思いを傾け、ただひたむきに情熱を捧げる。自分の弱さを克服し、はるかな高みを目指す。そんなふたりの姿に心を揺さぶられ、何度も何度も涙してしまった。私は自分に誇れる仕事をしているだろうか。宝良や百花のように戦っているだろうか。心に武者震いが起き、自分の生き方を問い直したくなる小説だ。

文=野本由起

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