とある女性作家の壮絶な半生。読み始めたら止まらない上半期イチオシ小説!

小説・エッセイ

更新日:2012/6/28

新月譚

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 文藝春秋
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:貫井徳郎 価格:1,814円

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ある女性の戦いの半生を描いた、どえらい小説が出てきた。
主人公は作家の咲良怜花。数々の文学賞をとった人気作家だが、8年前に49歳の若さで絶筆。そ彼女のカムバックを願う若き編集者の熱心なアプローチに、怜花は誰にも明かさなかった自分の壮絶な半生を語り始める…。

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咲良怜花、本名・後藤和子は短大を出てから大手企業に就職。「現在」から37年前のことだ。しかし社内の人間関係に疲れて退社し、小さな貿易会社に再就職する。そこで出会った男性に、彼女は恋をした。その恋を掴むため、そして自らの人生を切り開くための彼女の戦いは、そのときから始まった。

彼女が「戦い方」として選んだ手段がすごい。彼の心をつなぎ止めるためには、自分が魅力的であればいい。その考えは至極真っ当で、誰もが同意するだろう。しかし魅力的であるために彼女がとった方法には「えっ」と思った。と同時に「わかる」と思う自分もいた。同じ女性としての反感と共感、応援したい気持ちと顔を背けたくなる思いがないまぜになり、彼女の行き着く先がどこなのかが気になって、画面をタップする手が止まらなくなった。勢いのまま、彼女の30年におよぶ戦いに読者は巻き込まれていく。

彼女の行動は決して万人に褒められるものではないが、不思議と嫌悪感はない。なぜなら彼女には、自分の行動のツケは自分で払うという毅然とした態度があるからだ。自分がこうなったのは彼の存在故ではあるけれど、この方法を選んだのは自分なのだからという覚悟。だから決して「彼主体」ではなく、彼女は自分主体で運命を切り開いていく。それが凄まじいまでの迫力と求心力を生んでいる。本書に描かれるのはもはや「恋愛」でも「仕事」でもない。「戦い」と呼ぶしかない。

悪戯心が湧く。本書を知らない人に、著者名を伏せて読ませてみたい。きっと「ここまで女性の内面を多層的に描けるのはやはり女性よね、男性作家にこれはムリよね」と思うだろう。それほどまでに「女」というものが持つ強さと弱さ、純真と計算、熱情と冷静を余すところなく書いている。ここにいるのは、小説の駒としての登場人物ではなく、肉体と精神を持った後藤和子というひとりの女性だ。

トリッキーな本格ミステリから重厚な犯罪小説まで、引き出しの多さでは定評のある著者だが、本書でさらに大きく深い引き出しがひとつ増えたように思える。「女は怖い」などという通りいっぺんのお題目で括られるようなドロドロしただけの「女の物語」に飽きた人に、特に勧めたい。

なお、本書は紙と電子の同時発売なのが嬉しい。普通、紙で出版されてから電子書籍になるまではかなり待たされることが多く、しかも電子化されるかどうかも読者にはわからない(文庫化情報のように、電子化予定を版元が出してくれないだろうか?)ので、いざ電子化されても「もう紙で買っちゃったよ!」ということが往々にしてある。本書のように同時発売してくれれば、読者は最初から紙か電子かを選択することができるので実にありがたいのだ。これが電子書籍販売の良き先例となってくれることを願っている。


iPadで見ると表紙は若干小さめ。スマホならフル画面になります

.book形式は栞やマーカー機能が使えませんが、全文検索は可能

iPod Touchの小さい画面で見るとこんな感じ
※画面写真は電子文庫パブリのものです