春夏秋冬を司る現人神「四季の代行者」と従者たちの物語 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の暁佳奈が贈る最新作

文芸・カルチャー

公開日:2021/5/26

春夏秋冬代行者 春の舞
『春夏秋冬代行者 春の舞 (上)』(暁佳奈/電撃文庫/KADOKAWA)

 春は桜、夏は向日葵、秋は紅葉、冬は雪。日本には四季折々の美しさがある。古来、農耕民族である日本人は自然の変化に敏感で、四季に合わせて衣を更(か)え、旬の食材を味わい、行事を楽しみ、季節と共存して暮らしてきた。もちろん四季があるのは日本だけではないが、詩歌(和歌、俳句)に季語をいれる決まりをつけて四季を愛でる感性は日本特有の文化だろう。

 そんな四季にまつわる物語『春夏秋冬代行者 春の舞 (上・下)』(暁佳奈/電撃文庫/KADOKAWA)は、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の原作者・暁佳奈が贈る最新作。神々に代わって春夏秋冬を齎(もたら)す「四季の代行者」と、それぞれの従者たちが繰り広げる恋と闘争の群像劇だ。

 東洋の桜と呼ばれる大和国に春の代行者・花葉雛菊が十年ぶりに復帰した。十六歳の雛菊は、黄水晶の瞳に琥珀色の髪、野に咲く花のように可憐な少女。雛菊が祝詞を唱えれば、厳冬の雪原に暖かな日差しが降りそそぎ、大地には若葉が芽生え、絢爛の桜が咲き乱れる。従者の姫鷹さくらをお供に各地を渡り歩き、冬から春へ季節を巡らせるのが雛菊のお役目だ。

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 現人神と崇められる四季の代行者も人間の心を持っている。代行者にとって従者は一番の理解者であり、従者にとって代行者は一生を捧げる主だ。その関係は主従によってさまざま。夏の代行者の葉桜瑠璃と従者の葉桜あやめは実の姉妹で仲が良いが、結婚退職するあやめに瑠璃が反対して喧嘩の真っ最中であったり、秋の代行者の祝月撫子は無邪気な幼女で、従者の阿左美竜胆はビジネスライクに振る舞っているが幼い主を溺愛していたりと、浮世離れした存在にみえる代行者と従者もその内面は人間味があふれていて親しみを感じさせる。

 幼馴染である雛菊とさくらも強い絆で結ばれているが、その絆の理由には深い悲しみがある。雛菊は誘拐されて行方不明になっていたのだ。十年前、冬の代行者が住まう「冬の里」を訪れた際に『賊』の襲撃を受け、雛菊は皆をかばって連れ去られた。監禁されていた雛菊はさくらとの思い出を支えに耐え忍び、さくらはずっと一人で雛菊を探していた。悲劇を乗り越え、ようやく再会を果たした二人の友情が涙を誘う。

 冬の代行者の寒椿狼星と従者の寒月凍蝶は耽美な美青年だが、幼い雛菊に命を救われたこと、彼女を見捨ててしまったことに今も自責の念を抱いている。かつて雛菊と狼星はお互いに恋心を抱き、従者である姫鷹さくらも凍蝶に憧れを抱いていたが、事件によって溝が生まれてしまった二組の姿がもどかしい。

 舞い戻った春の主従との関係改善を模索する冬の主従だが、そんな折、夏の代行者、秋の代行者が立て続けに『賊』の襲撃を受けて、国を揺るがす抗争が勃発する。騒乱の中で揺れ動く主従の絆、純愛を貫く男女の想い、代行者と従者の人間模様が胸に迫る。そしてなにより可憐で愛らしい雛菊が、過酷な運命に翻弄され、幾度となく心を折られ、それでもなお懸命に生きる姿に魅せられる。

 何気ない季節の巡り、自然の営みが愛おしく、誰かを恋しく思えてくる。諸事情でなにかと閉じこもりがちな今だからこそおすすめしたい。見失っていた季節の美しさを感じさせてくれる一作だ。

文=愛咲優詩

『春夏秋冬代行者 春の舞』詳細ページ
https://dengekibunko.jp/special/syunkasyuutou/

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