マンガ家が古い洋館の家主に! 愛する洋館を守るドキュメンタリーマンガ『世田谷イチ古い洋館の家主になる』

マンガ

更新日:2021/6/28

世田谷イチ古い洋館の家主になる
『世田谷イチ古い洋館の家主になる』(山下和美/集英社)

 昔ながらの立派な邸宅が売り払われて、小さな戸建ての密集地帯に姿を変えて、他人事ながらがっかりしたことはないだろうか。だが家は、立派であればあるほど維持をするのにお金と手間がかかる。これも時代の流れなのだ、しかたがない……と多くの人が泣く泣く思い出と歴史を手放していくなかで、あきらめずにたちあがった人がいる。この春、『ランド』で手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞したばかりの山下和美さんである。新作『世田谷イチ古い洋館の家主になる』(集英社)は、山下さんが愛する洋館を守る過程を描いたドキュメンタリーマンガだ。

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 明治・大正の洋館が多く残る小樽で生まれ育った山下さんは、物心ついたときから洋館好き。10年前に大借金をして建てた自宅は数寄屋造りだけれど、土地を決めるきっかけになったのは、近隣にある美しい水色の洋館だった。

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 この洋館は、「憲政の神様」「議会政治の父」とも呼ばれたかつての東京市長・尾崎行雄の妻のために建てられたものとのこと。見れば誰もが「壊しちゃだめだよ! もったいないよ!」と言いたくなる上品で美しい邸宅なのだが、口先だけでは何も守れない。だが……買う? 屋敷だけじゃなくて、土地ごと売りに出されるのに? 山下さんは自宅のローンもまだ残っているのに? 不動産屋いわく売値は3億! いくらなんでもそう簡単には決断できない。とりあえず「保存」の方向で動こうと、SNSを通じて声を集め、不動産屋と対峙することに決めた山下さんなのだけど、脅しをかけるように不動産屋が突如として来訪してきて……。

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 少しずつ味方を増やして活路を見出していくその過程はあまりに波乱万丈で、読んでいて息継ぐ暇がない。これが『ランド』連載中の出来事だというから、なんてものを背負いながらあの大作を描きあげられたのかと驚くしかない(読者の反応がほとんど見えずおつらい時期だったそうで、ラストまで描きあげてくださって本当にありがとうございます、と平伏したくもなる)し、自分の名前を書類に記して、矢面に立つということは、それだけでどれほどのプレッシャーだろうと、想像するだけで動悸が激しくなってしまう。

 さらに1巻のラスト、「気持ちはわかるが、買い取ったところで本当に維持できるのか?」と現実をつきつける不動産屋の言葉も胸に刺さる。〈出来るならいいですけど おすすめしませんね あるものは滅びますから〉。がんばって、多少の無理をしてでも達成した目的の、その先を考えるのが大人の仕事なのだと、家のことに限らず釘を刺されたような気持ちになった。でも、それでもあきらめたくないのなら、あらゆる手段と対策を講じて、自分にできる最善を尽くすよりほかはない。その姿を私たちはこのマンガを通じて学んでいるのかもしれない……とも。

 マンガではまだまだ前途多難。現実でも、解体は阻止できたものの補修だけでも1億は必要。旧尾崎邸保存プロジェクトは7月28日まで支援者を募集中なので、本作を読んで興味をもった方はぜひ、SNSをチェックしてみてほしい。

文=立花もも

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