イヤミスの女王によるミステリー連作『ツキマトウ』で描かれる、“ストーカー”の恐怖

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/13

ツキマトウ
『ツキマトウ』(真梨幸子/KADOKAWA)

『ツキマトウ』(真梨幸子/KADOKAWA)は、警視庁ストーカー対策室ゼロ係に寄せられた相談をもとに、ストーカー事件当事者たちの心理を描く連作ミステリーだ。つきまとわれる者とつきまとう者、彼らの家族、職場の仲間……あらゆる証言から浮かび上がるストーキングの真相は、一筋縄ではいかないものばかりだ。

 離婚経験者同士で再婚し、幸せに暮らしていた夫婦が、ある日ストーキングや侵入の形跡を自宅内で見つけてから、互いの過去の結婚相手を疑い始める「case1 ミュール」。性行為中の動画を撮影した男と別れたことがきっかけで、リベンジポルノへの恐怖から壊れていく女性を描いた「case2 アンビギュイティ」。勉強一筋だった男子高校生が、全国模試一位を奪われたことをきっかけに一位の女子高生に興味を抱き、徹底的に調べ始める「case3 キャンディ」。ほか、全7編の“つきまとう”者たちの姿が描かれる。

 それぞれの事件は警視庁ストーカー対策室ゼロ係という相談窓口で結びついており、登場人物が複数の事件に関わっていることもある。視点を変えることでほんとうの被害者が誰なのかわからなくなったり、まったく別の事件の解決に結びついたりと、思わぬ展開から目が離せない。ひとつずつの物語は完結しているものの、伏線は本編全体に張り巡らされている。

advertisement

 ストーキングには必ず背景がある。ファン活動の延長線であったり、恋仲の切れ目を片方が認識できていなかったり。その背景を詳らかにすると、オセロがひっくり返るように加害者と被害者の立場が入れ替わったり、見える景色が一変したりする。認識が揺れてめまいがするこの感覚は、真梨幸子さんが書く小説に共通する魅力のひとつだ。「自分は悪くない」「被害者だ」と訴える人物が裏でしれっと無自覚な悪に手を染めていたりする。登場人物たちの強烈な自分勝手さが、実に嫌な読後感を引き出してくれる。

 本作のプロローグで、ストーカー行為は人間の想像力が暴走したものだ、と説明している。想像力は人間の原動力であり、そこから生まれる熱狂や執着は正しく燃焼すればポジティブなパワーになる。もちろん好意を寄せる相手に想像をふくらませたり、熱狂したりすることは珍しいことではない。これが一方的かつ制御不能になったとき、ストーキングが始まる。

 つまり、誰もがストーカーになる素養を持っており、正しい領域を越えてしまう危険をはらんでいるということだ。「私がストーカーになるわけない、むしろされる側よ」と怯えている人ほど、注意したほうがいい。本作は、そんな警告を私たちに発しているように思える。

文=宿木雪樹

あわせて読みたい