安楽死が認められていない日本の病院で起きた3名の謎の死。容疑をかけられた医師が抱える秘密とは

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/8

白医
『白医』(下村敦史/講談社)

『白医』(下村敦史/講談社)は“安楽死”をテーマに書かれた医療ミステリーだ。

 物語は、裁判のシーンから始まる。被告人は本作の主人公で、天心病院の医師・神崎秀輝だ。彼の病院に入院する患者は、主に終末期を迎えた患者で、神崎はそこで緩和ケアをおこなっていた。ただある日、担当していた患者、水木雅隆、川村富子、曾我文江の3名を安楽死させた容疑で法廷に立つことになった。

 しかし彼は、検察官に何を聞かれても語ろうとしない。今回の事件に関して、否定も肯定もしないのだ。もし安楽死させていないなら、普通は無罪を主張するだろう。安楽死は日本の法律上認められていないからだ。もし加担した場合、刑法第202条「自殺関与・同意殺人罪」の対象となってしまう。

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 なぜ彼は何も語らないのか。その真相は、3名の患者とその家族、そして亡くなった患者にかかわった医療従事者側のストーリーとともに少しずつ詳らかにされていく。物語はどんな結末を迎えるのか。衝撃的な展開にきっと驚くはずだ。

 また本作は、“命の尊厳”に関して深く考えさせられる作品でもある。ひとくちに「安楽死」といっても、それ自体を願う患者や家族、同意もなく安楽死させられたと訴える遺族、「苦しまずに逝かせてくれ」と依頼された医療者のように、さまざまな立場からの思いがあるのだ。実際に作中では、亡くなった水木と川村が神崎に「安楽死させてくれ」と願うシーンが書かれている。そんな彼らを前にした神崎は、こんな思いを抱いている。

“罪悪感や申しわけなさから安楽死を望む患者の命を奪う行為は、正しいのか。許されるのか。“気持ち”を死の理由にすることが許されるならば、人生に希望が持てない、学校のいじめがつらい、失恋した──という理由の死も認めざるを得なくなる。だからこそ、病気による“耐え難い苦痛”と本人の“気持ち”は分けて考えなければいけない。だが、実際に区別が可能なのか。結局のところ、どのように言い繕っても、患者の主観の願望を第三者の医師が判断するのが安楽死だ”

“だからこそ、胸の内にある苦悩が理解できる。正しいことをしたと自分に言い聞かせても、悔恨は付き纏う。おそらく、生きているかぎり”

 一般的に、安楽死の是非についてはさまざまに考えが分かれるところだ。したがって、本作を読んで安楽死についてどういう思いになるかも、個々によって違うだろう。ぜひそういう点にも思いをめぐらせながら読み進めていただきたい。

文=トヤカン

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