20万年前に発生した、“人類最初”の殺人事件。その驚愕の真相とは?

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/1

人類最初の殺人
『人類最初の殺人』(上田未来/双葉社)

 ニュース番組で犯罪が報じられない日はない。殺人や詐欺など、被害者のことを考えると痛ましい事件が、日々発生している。それらの犯罪には、どれも“原初”がある。人類が初めて人を殺してしまった瞬間。それは一体どんなものだったのだろう。誰が加害者となり、誰が生命を奪われてしまったのだろう。“殺人”という言葉すら存在していなかった時代にそれが起きていたとしたら、もはやその背景を知るすべはない。

 第41回小説推理新人賞を受賞した上田未来さんによるデビュー作『人類最初の殺人』(双葉社)は、さまざまな犯罪の“原初”をテーマにした、意欲的なミステリーである。

 本作は、ラジオ形式で物語が展開されていく。ナビゲーターを務めるのは漆原遥子。彼女の看板番組なのであろう「ディスカバリー・クライム」では、知られざる人類の犯罪史を振り返っていくという。

 記念すべき第1回の放送のテーマは、「人類最初の殺人」。その歴史を紹介するのは、国立歴史科学博物館で犯罪史研究グループ長を務めている鵜飼半次郎なる人物だ。彼は独自の理論によって、古代人の犯罪心理を研究している。そうして「人類最初の殺人」の全貌が語られていく。

 それが起きたのは、いまから20万年前のことだった。ナイジェリアでホモ・サピエンスたちが16名で暮らしており、その群れの序列ナンバー2にルランという男がいた。彼こそが「人類最初の殺人」に深く関与する人物だ。

 群れに暮らす女たちから評価されるのは、食料となる獲物を狩るのがうまい男。そこには厳しい階級社会がある。闘争に負けてしまえば、食事の量や寝る場所にも影響が出てしまう。ルランも自身の立ち位置を守るために必死だった。

 そんな日々の中で、あるとき、仲間のひとりであるハンハンという男が行方不明になってしまう。相棒であるマーラーだけが帰ってきたものの、ハンハンの行方はわからない。それどころか、マーラーはルランたちがそれまで味わったことのない不思議な味わいの肉を抱えて戻ってきていたのだ。仲間たちはなにも疑問を抱かず、その肉を食す。

advertisement

 しかし、ルランは疑念にとらわれてしまう。なぜ、ハンハンは帰ってこないのか。そしてマーラーが持ち帰ってきたこの肉は、一体どんな動物のものなのか。もしかして、ハンハンはもうすでにマーラーに殺されてしまったのではないか――。

 物語はここから、ルランの探偵パートへ突入していく。頭の回転の早いルランはすべてを察し、仲間に事件を伝えようとする。しかし、彼らが生きていたのは、複雑な言葉が存在しない時代。他者とコミュニケーションを取るのも難しい。マーラーの罪を必死で伝えようとするも、誰一人としてルランの主張が理解できない。

 結果、ルランはひとりで群れを離れることになる。が、その先に待っていたのは驚愕の真実だった――。

 本編は短い分量でまとめられている。その中にどんでん返しが仕組まれており、読み終えた瞬間「そう来たか!」と驚いてしまった。きっと読み手は、上田さんの企みに気持ちよく騙されるだろう。

 本作にはこの「人類最初の殺人」のほか、「人類最初の詐欺」「人類最初の盗聴」「人類最初の誘拐」「人類最初の密室殺人」が収録されており、ナビゲーターである遥子と鵜飼が一つひとつの事件を明らかにしていく。

「ディスカバリー・クライム」で取り上げられる事件には、いずれも「人類最初の」という冠がつく通り、太古の昔が舞台のメインだ。その設定のおかげで、どの事件にも“制限”が設けられる。スマホなどの便利なツールも当然なければ、登場する人々には知識や言葉もないケースもある。そんな特殊な状況下で発生する事件を推理していくのは、現代を舞台にしたミステリーとは異なる読み心地がある。

 遥子と鵜飼が紹介していく、人類最初の事件。その真相をずばり見抜くつもりで、ぜひ本作を読んでもらいたい。また、手塚プロ公式のイラストレーターつのがい氏が各ストーリーにあわせて描き下ろしたイラストにも注目だ。

文=五十嵐 大

あわせて読みたい