新人作家が迫る出版業界の闇…「万能鑑定士Q」「探偵の探偵」シリーズ松岡圭祐による異色の文学ミステリー誕生!

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/25

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論』(松岡圭祐/KADOKAWA)

 小説家になるのは難しいことだが、もっと難しいのは書き続けることだ。誰だって人生経験を上手く集約すれば、もしかしたら1作くらいは読ませる小説が書けるかもしれない。だが、2作目はどうだろう。そこにあるのは残滓。期待の新人が2作目でつまずき、それっきりになるというのは決して少ないことではないらしい。

 そんな新人小説家の苦悩が垣間見えるのが、松岡圭祐氏による最新ミステリーシリーズ第1巻『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論』(KADOKAWA)だ。松岡圭祐氏といえば、「千里眼」、「万能鑑定士Q」、「探偵の探偵」、「水鏡推理」、「高校事変」など、数多くのミステリーシリーズを手がけてきた大人気作家。確かに今までもバラエティー豊かな作品を生み出してきたが、まさか松岡氏がこんなにも文学色の強い作品を描き出すとは。今までの彼の作品に一度でも触れたことがある人はきっとこの異彩のミステリーに驚かされるに違いない。

 主人公は、売れないラノベ作家・杉浦李奈。ある時、彼女は新進気鋭の小説家・岩崎翔吾との対談企画に参加することになる。岩崎は、駿望大学の講師にして、日本文学研究の第一人者であり、4年前に執筆した処女作は累計発行部数250万部突破、さらには芥川賞と直木賞の同時候補作にも選ばれた今話題の小説家だ。この企画をきっかけに、次回作の帯に岩崎からの推薦文をもらえることになった李奈だったが、新作発売直前、岩崎の小説に盗作疑惑が持ち上がる。疑惑が持ち上がった途端、行方をくらませた岩崎。彼は本当に盗作を行ったのか。編集者からこの疑惑に関するノンフィクションを書くように命じられた李奈は、岩崎の無実を信じて調査を始める。だが、調査を進めるうちに、不可解な事件が次々と巻き起こっていくのだ。

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 松岡圭祐氏が描く今までのヒロインといえば、頭脳明晰、抜群の推理力をもつ勝気な美女というイメージがある。だが、この物語のヒロイン・李奈は違う。性格は内気。自分を卑下しがちで、いつも自信なさげ…。そんな李奈の姿を見ていると、「本当に彼女が事件の謎を解き明かすことができるのか」とつい心配になり、彼女と同じ視線に立って事件の謎を追いたくなってしまう。明らかになっていくドロドロとした出版業界の闇。だが、李奈はそれに飲み込まれそうになりながらも、少しずつ、確実に強くなっていくのだ。

 李奈が探偵役として奮闘するそんなミステリーにとびきりのスパイスを加えるのが、物語のあちこちにちりばめられた文学蘊蓄の数々だ。そもそも李奈と岩崎が知り合うきっかけになった対談企画のテーマは「芥川龍之介と太宰治」。岩崎のゼミの学生たちは、店で出されたハイネケンの缶ビールを見ただけで村上春樹の短編や夏目漱石の『吾輩は猫である』の文学談義をはじめるし、それ以外の場面でも、「坂口安吾の部屋並みに散らかっている」、「夢野久作が書いた、心臓と呼吸が同時にとまる感覚とは、まさにこれかもしれない」などと、登場人物たちの様子があらゆる文豪の言葉を引いて描写される。文学好きは思わずニヤニヤ。文学をあまり知らないという人も作品が気になってしまうはず。文学ミステリーに相応しく、描写まで楽しめる作品なのだ。

 松岡氏が生み出した新たなヒロインはどうやって事件の謎を解き明かしていくのだろうか。この作品を読むうちに、「笑われて、笑われて、つよくなる」という太宰治の言葉を思い出した。李奈は、バカにされ、笑われながらも、確実に変化していく。12月には、本シリーズの2巻が刊行予定。一体、李奈はどんな成長をみせてくれるのだろうか。背筋をゾクゾクさせる恐ろしい事件。二転三転する展開。そして、涙を誘うクライマックス…。異色の文学ミステリーはこれから多くの人を圧倒すること間違いない。

文=アサトーミナミ

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