斎藤工、窪田正孝W主演ドラマでも話題になった「作家アリス」シリーズ最新作『捜査線上の夕映え』の魅力

文芸・カルチャー

更新日:2022/2/4

捜査線上の夕映え
『捜査線上の夕映え』(有栖川有栖/文藝春秋)

 臨床犯罪学者・火村英生氏が、推理小説家・有栖川有栖氏とともに入り組んだ謎を解き明かす「作家アリス」シリーズは、日本の本格ミステリーを代表するシリーズであると同時に、斎藤工さんと窪田正孝さんのダブル主演でテレビドラマ化(『臨床犯罪学者火村英生の推理2019』)もされたこともあって、著者の数ある作品の中でも特にファンが多いシリーズだ。

 この名コンビが『46番目の密室』で初登場したのは1992年。つまり、今年は誕生30周年を迎えるわけだが、新刊『捜査線上の夕映え』(文藝春秋)はアニバーサリー・イヤーの劈頭を飾るにふさわしい、本シリーズ特有の魅力が詰め込まれた一作となった。

 今回、火村の“フィールドワーク”の対象になるのは、一見とても平凡な殺人事件。

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 元ホストの撲殺死体が、自室のクローゼット内に置かれていたスーツケースの中から見つかった。だが、殺人現場は密室ではないし、殺害方法が特殊だったわけでもない。凶器も現場で発見された。殺害時刻だけは少々あやふやだが、謎などどこにもない、はずだった。

 捜査本部は怨恨の線に当たりをつけ、早期解決と見込んで捜査を始めた。だが日が経つにつれ、嫌なムードが漂い始める。容疑者女性らが主張するアリバイに瑕疵がないことが続々と証明されていったのだ。

 彼女たちがシロならば、真犯人は別にいることになる。だが、現場マンションの防犯カメラにそれらしき人物は映っていない。このままでは容疑者がいなくなってしまう。手詰まりの捜査本部は、火村に助言を求めることにするが……。

 捜査に当たる際には「その事件に固有の謎」に注目するという火村。だが、あまりに平凡であるがゆえに、火村とアリスはまず「固有の謎」を見つけ出すところから始めなければならなかった。しかし、新たな事実が出てくるたびに容疑者のアリバイはより強固になる。別の容疑者が浮かび上がってきても、あっさりと捜査線上から消えていく。アリスが繰り出す謎解きが全部ハズレなのは平常運転として、なんと火村までもが「俺が名探偵の役目を果たせるかどうか、今回は怪しい」とかつてない弱音を吐くのだ。さらに、旧作にも登場するある刑事が奇妙な振る舞いを見せる。

 いったい、何が真相を見えなくしているのか。火村とアリスは、手がかりを求め、ある場所に旅立つ。そこで待っていた衝撃の事実とは。そして、火村の弱音の真意とは。

「あとがき」によると、本作はトリックや犯行の動機といったミステリーの核ありきではなく、漠然と「余情が残るエモーショナルな本格ミステリが書きたい」と思ったのがきっかけで生まれたそうだ。その言葉の通り、真相にたどり着いた時、長年ひた隠しに隠されていた真犯人の切ない想いが明らかになる。

 守りたい「なにか」のために、人は時に暴走し、過ちを犯す。罪は罪、だがその根源にある想いまで断罪できるものなのか……。作中何度か登場する印象的な夕映えに二重写しになっているのは、人の心の哀しいグラデーションなのかもしれない。

 最後に蛇足ながら。火村とアリスコンビのファンという貴方なら、2人がある島で見せるうふふキャッキャの行動に萌え死ねることでしょう。必読ですよ!

文=門賀美央子

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