川崎が舞台の警察ヒューマンコメディ!『下足痕踏んじゃいました』教育係と新人が事件を解決!

マンガ

更新日:2022/12/8

2000日の海外放浪の果てにたどり着いたのは山奥の集落の一番上だった

 麻生みことさんの描く女の人は、意地っ張りで、いじらしくて、愛らしいのに、簡単に“守ってあげたい”なんて言うことのできない凛とした矜持をそなえていて、そこがたまらなくカッコよくて、痺れてしまう。川崎東署刑事第一課強行犯係を舞台に描かれる最新作『下足痕踏んじゃいました』(白泉社)のヒロイン・工藤花も同じ。刑事とは思えないほど華奢な体だけど、無自覚のセクハラをかますおじさんたちに囲まれた男社会を戦い抜く、クールな武闘派。そんな彼女に羨望のまなざしを送るのが、交番勤務から異動してきた加藤宙(そら)。本作は、教育係の花と新人の宙を中心に、管轄内で起きるさまざまな事件を解決していく警察ヒューマンコメディである。

 宙もまた、花とは違う意味で刑事らしからぬ男。ハードな強行犯係よりは、交通課に配属されてこども向けの安全指導をやったり、広報の一環で着ぐるみをかぶったりしているほうが似合いそうなくらいお人好しでおっとりした性格なのだが、目の届く範囲にいる人たちみんなを守りたいという気概が強く、些細な違和感を決して見逃さない。マンションの大家との世間話から、ひとりの住人に違和感を抱き、注意深い観察力と根気強い捜査によって、少女誘拐犯を逮捕した実績から「いい職人になりそうだ」という理由で強行犯係に抜擢された、鳴り物入りの男である。

 職人といえば、麻生さんは『路地恋花』『小路恋唄』という、京都の長屋を舞台にした作品も描いている。製本、靴のオーダーメイドに銀細工など、さまざまな職人たちの人間模様を描いた群像劇だが、誰になんといわれようとも自分の美学を譲らない――譲ろうと思っても譲ることのできないこだわりを抱えた人たちの不器用な生き様を描きだしてきた。刑事もまた、同じなのだと本作を読んで思う。街の平和を守りたい、罪を犯した者は逃さないといった、高い職務倫理は大前提として、刑事にも一人ひとりの人生に基づいた譲れない矜持がある。

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 たとえば花は、どうしたってナメられてしまう女の小さな体を煩わしく感じながらも、誰もがナメたことを後悔する強さを物理的にも精神的にも身に着けてきた。誰かに庇われたいなんて思わない、自分が常に最前線に立つのだという気概をもつ彼女を“守りたい”と思うのは、侮辱だ。けれど、対等に、尊敬する同志として、ときには助け合いたいと手をさしのべる宙の率直さは、花の心をわずかに溶かす。その瞬間、デレた彼女に、読者も宙もキュンとしてしまうのである。

 そして花はこんなことも言う。〈違和感があったら潰しとかないとキモチワルイ〉〈潰して潰して残ったところに何かあるから〉。それは、どんな職人にも通じる矜持の一つである。宙が“地元のおまわりさん”の特性を生かして少女誘拐事件の手柄をあげたのも、同僚のおじさん刑事・星野が、元会社員の経験を活かして盲点となっていた犯人にたどりついたのも、「みんなが気にしないならいいや」とならず、自分が納得できる結果をただひたすらに追い求めた結果だ。刑事であろうと、他のどんな職業であろうと、職人としての意地が仕事の質をあげて、世界をほんの少し美しいものに変えていく。その姿がどの作品でも描かれるからこそ、麻生さんのマンガはおもしろいのである。かといって、マジメ一辺倒でないのも、麻生マンガの魅力。タイトルからも伝わるポップさで展開していくおちゃめで愉快な刑事たちの群像劇、ぜひともお楽しみいただきたい。

文=立花もも

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