神はなぜ我らを見殺しにしたのか?『神様の御用人』の著者が放つ、新たなる異世界神話ファンタジー

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/13

古本食堂
『神と王 亡国の書』(浅葉なつ/文春文庫/文藝春秋)

 隣国に突如攻め込まれ、滅亡した弓可留(ゆっかる)国。若き歴史学者の慈空(じくう)は、国の宝珠「弓の心臓」を託される。神はなぜ我らの国を見殺しにしたのか? 答えの出ない問いに苦悩する彼は、不思議な男たちと出会う――。

 累計200万部を突破するベストセラーとなり、“神様ブーム”を巻き起こした「神様の御用人」(メディアワークス文庫/KADOKAWA)シリーズ。その著者、浅葉なつさんによる、神と人の関わりをテーマにした新シリーズ『神と王』(文春文庫/文藝春秋)が開幕した。「古事記」からインスピレーションを得て生まれた神話ファンタジーだ。

 舞台となるのは、大小さまざまな国が群雄割拠する世界。歴史学者の青年・慈空が生まれ育った弓可留は、小さいながらも長い歴史と伝統をもち、平和で、身分の差も貧富差も少ない国だった。しかし新興国の沈寧(じんねい)に侵略され、王家の者は皆殺しに、そして国民は恐怖で支配される。

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 襲撃の混乱のなか、慈空は王太子から国宝「弓の心臓」を預けられ、からくも生き延びる。「弓の心臓」を手に入れんとする沈寧(じんねい)王の追跡を警戒する彼の前に、奇妙な2人組が現れる。大国・斯城(しき)より、「さる高貴な御方」の命令で「弓の心臓」を探す男、風天。その相棒で、手首に不思議な生き物の“種”を飼いならす日樹(ひつき)だ。

「弓の心臓」を狙いながらも自分の窮地を助けてくれた彼らと、慈空は行動を共にする。果たして2人は敵か味方か。利用できるか、それとも利用されるのか。互いの利害と目的が絡みあいながら、物語は動きだす。

 設定といい、世界観といい展開といい、なんとも壮大なスケールだ。国の滅亡からはじまって、国境を越える旅、陰謀、戦闘、王位簒奪と、大作ファンタジー映画を彷彿とさせるようなわくわく感が詰まっている。

 壮大な話を引っ張っていくキャラクターたちも魅力的だ。寡黙なヒーロー然とした佇まいながら、やや天然なところもある風天(ふうてん)。優しく朗らか、コミュ強の日樹。彼らに協力する行商集団「不知魚人(いさなびと)」を率いる頭領の一族で、圧倒的な強さと美貌の持ち主、瑞雲(ずいうん)。

 映画でいえば主役レベルの存在感がある人物たちが、惜しげもなくふんだんに登場する。敵陣営である沈寧国の方も、民を苦しめる父に代わって王となる野望を抱く王太女の薫蘭が、強い印象を放つ。

 こうした強烈な周囲のキャラたちと比べると、主役であるはずの慈空は肉体的にも精神的にも脆弱だ。それまで彼は自分の国の神だけを信じ、自分の周りの人々との関係がすべてだった。弓可留という小さな国のなかで充足して生きてきた。

 しかし母国はもうない。ならば自分の足で外の世界へ踏みだすしかない。

 風天と日樹との旅を通して、少しずつ、ゆっくりと、慈空は変わっていく。それまで知らなかったものを知り、出会うこともなかったような人たちと出会い、自らの世界を広げてゆく。そんな彼の成長が、第一巻である本作を貫く大きな流れとなっている。

 終盤では、謎めいた風天の、ある秘密が明らかになり、さらなる広がりを予感させるところで次巻へ続く、となっている。作家が、これまで蓄えてきた自身の力をありったけ注いで、楽しんで書いているのが行間からも伝わってくる。著者にとって新たなシリーズであるのと同時に、新たな代表作となりそうだ。

文=皆川ちか

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