19年前のあの日、この町で何があったのか――3つの事件が複雑に絡み合う「一家失踪事件」を描くサスペンス

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/24

誰かがこの町で
誰かがこの町で』(佐野広実/講談社)

 子どもの頃のように、悪いことや間違っていることに対して、純粋な反発を向けられなくなったのは、いつからだっただろう。大人になってからは、「何かおかしい」と疑問を抱いても、保身が先立ち、納得できない“当たり前”に加担してしまうことが増えたように思う。

 だからだろう。これほどまでに、『誰かがこの町で』(佐野広実/講談社)が心に深く響いたのは。本作は、自分の中でまだ息をしている正義感を確認できる、本格サスペンス小説だ。

 著者は、『わたしが消える』(講談社)で第66回江戸川乱歩賞を受賞した佐野広実氏。受賞第1作となる今作は、同調圧力の怖さとそれに立ち向かうことの意味を考えさせられる、問題提起本でもある。

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19年前の一家失踪事件の裏には、ある誘拐事件が関係していて…

 法律事務所で働く真崎雄一は、上司で弁護士の岩田喜久子から「望月麻希」と名乗る女の正体を調べてほしいと告げられた。

 聞けば、麻希は19年前に失踪した岩田の旧友・望月良子の娘だという。麻希はひとりで児童養護施設に置き去りにされたため、他の家族がどうなったのかを知りたいと、事務所を訪ねてきたらしい。

 当初、真崎はこっそり身辺調査をしていたが、詳しい話を聞くため麻希に接触を図ることにした。すると麻希は、本当は誰かの手によって施設に連れてこられていたことが判明する。

 さらに、施設から麻希が持ち出した、自身の身の上話が記された書類には、何者かが麻希を訪ねてきた場合には、すぐに岩田に連絡をして引き渡すよう綴られていた。

 本人の身に危険が及ぶ可能性があるため、取り扱いには注意すること――。そんな一文が添えられた書類を目にし、真崎は、望月一家は命の危険にさらされたのではないかと考えるようになった。

 そこで真崎と麻希は真相を探るべく、失踪直前に麻希たちが住んでいた埼玉県のある町へ向かう。そこは瀟洒な住宅が並ぶ高級住宅街。「安心安全な町づくり」がモットーで、住民同士の間には助け合いの精神が行きわたっていた。

 だが、なぜかよそ者に対する警戒心が異常に強く、監視されているような気もする…。違和感を抱きつつも、真崎は麻希と共に現地で望月一家失踪事件を深掘りしていく。

 すると、行きついたのは失踪事件の3年前に町で幼児誘拐事件が起きていたという事実。もしや、ふたつの事件には繋がりがあるのでは…。そう考え、調査を続けていた矢先、町で殺人事件が発生する。

 時を超えて起きた3件の事件がひとつの線になった時、読者の心からこぼれるのは驚き、怒り、そして涙。

 一家失踪事件の裏にあったのは、高級住宅街の住民たちがひた隠しにしてきた“町の秘密”だった……。

人は弱いからこそ、どう生きるか

 本作では、真崎のエピソードと同時進行で、ひとりの住民によって町の異様さや望月一家失踪事件の真実が徐々に明らかになっていくため、リアリティがある。

 その土地に住んでいる者にしか分からないしがらみや葛藤、屈しなければならない同調圧力の重さなどが、ひしひしと伝わってきて、まるで自分もその町で暮らしているような感覚になり、背筋がより寒くなるのだ。

“陰口を囁き合っているうちは、まだいい。でも、そのうち町の安全と安心を乱すような者には、なにをやってもかまわないことになっていく”

 また、作中には正義感を貫けなかった後悔を抱え続けながら生きている登場人物が多数登場するため、自分の生き方を見つめ直したくもなるだろう。

 私たちは時に「正しくない」と思っても、自分や会社、家族のためなど、さまざまな理由を盾にし、善悪の判断を正しく下せないこともあるものだ。だからこそ、この物語を通し、自分の中の正義感を貫くことの価値を、改めて感じてほしい。

“強がる人間はいても、じっさいの人間は弱い。弱いとわかった上で、周囲に流されずに立ち向かっていけるかどうか”

 本作に記された、この言葉を胸に刻み込み、私も生きていきたい。

文=古川諭香

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