竜を愛した少女は、竜殺しの英雄である父を殺すと胸に誓う――愛の烈しさに圧倒される本格ファンタジー

文芸・カルチャー

更新日:2022/6/10

竜殺しのブリュンヒルド
竜殺しのブリュンヒルド』(東崎惟子/電撃文庫/KADOKAWA)

 竜に育てられた美しい少女ブリュンヒルド。少女が16歳になったとき、彼らの住まう島は攻撃され、最愛の竜は大砲に貫かれて死んでしまう。竜を殺したのは、ブリュンヒルドが幼い頃生き別れとなった実の父だった。竜を愛した少女は復讐に命を焦がし、実の父親を殺そうと決意する――。

 時雨沢恵一、三上延、佐野徹夜、斜線堂有紀、安里アサトなどの人気作家を輩出し、日本最大級の新人賞として知られる、電撃小説大賞。4411作の応募があった第28回の同賞で銀賞を受賞した東崎惟子さんの『竜殺しのブリュンヒルド』(電撃文庫/KADOKAWA)が、電撃文庫から発売された。

〈愛が、二人を引き裂いた〉という惹句が表すとおり、烈しく悲痛な愛の物語だ。

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 主人公ブリュンヒルドが愛するのは、人ではない。楽園エデンを神に代わって守護する白銀の竜だ。

 幼い頃に拐われてエデンに流れ着いた少女は、竜に命を救われた。竜は少女を愛し慈しみ、少女もまた同じだけ、いやそれ以上に強く竜を愛した。すべてが自由なエデンにおいて唯一の禁忌(タブー)である、“親と子の恋情”。ブリュンヒルドはその感情を育ての父である竜に抱くが、それだけは、と押しとどめられる。

 そんな、危うくも濃密な関係を保ち続ける彼らの幸せな日々は、ある日突然、終わりを迎える。人間の国の艦隊がエデンに攻撃をしかけてきて、ブリュンヒルドの目の前で竜を殺したのだ。艦隊を指揮する軍人の名はシギベルト。竜を殺すことのできる一族ジークフリート家の当主であり、ブリュンヒルドの血縁上の父でもあった。

 愛する相手を殺した父を憎むブリュンヒルドと、竜殺しの家に生まれながら竜を愛した娘を嫌悪するシギベルト。13年ぶりに再会した父娘は、互いに憎悪の刃を向ける。

 読んでいて胸が苦しくなるほどヘヴィな話だ。

 ブリュンヒルドの復讐譚と併せて物語の軸となるのは、彼女の兄であるシグルズの葛藤だ。

 戦士として自分よりはるかに有能な妹が突如として眼前にあらわれ、しかも尊敬する父親を憎んでいるときている。そんなブリュンヒルドに反発し、次第に共感し、やがて友人となっていくシグルズ。彼女の苦しみや孤独を理解すればするほど、復讐心を捨てろとはおいそれと言えなくなってしまう。

 愛する者を奪われたブリュンヒルドの絶望。父と彼女の狭間に立つシグルズの苦悩。それらが端正な筆致で切々と描写されていく。けっして煽る文体ではなく、むしろストイシズムすら感じさせる抑制のきいた文章。それがかえって主人公の、心の底に押し込めた激情の強さを物語っている。

 クライマックスは、憎みあう父と娘の対決だ。竜殺しの能力を発揮して武功を立てたブリュンヒルドに、父シギベルトが直々に勲章を授与する式典会場。多くの人びとが見守るなかで、彼女はある決断を下す。復讐を完遂するか、それとも愛する竜が望んだように憎しみの心を捨てるか――。

 異種婚姻や竜殺しなど神話的なモチーフがちりばめられた正統派ファンタジーであるのと同時に、今現在の世界を映す鏡のような作品だ。憎悪と愛と復讐と殺戮。それらが混ざりあって導きだされる結末は、読む者の胸に刺さり、痛みを与えるだろう。

文=皆川ちか

『竜殺しのブリュンヒルド』詳細ページ
https://dengekibunko.jp/special/ryugoroshi_brunhild/

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