古舘伊知郎、一度は諦めた人生を『終わった人』で見直し。「欲張りで脂ぎった脂性じじいになる」【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/28

古舘伊知郎さん

 さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回は、初の実況小説となる『喋り屋いちろう』(集英社)を上梓した古舘伊知郎さん。

 古舘さんが挙げた愛読書は、『終わった人』『すぐ死ぬんだから』『今度生まれたら』『老害の人』(すべて講談社文庫)という内館牧子さんの小説シリーズ。“高齢者4部作”とも呼ばれる作品である。

 ネガティブなタイトルだけを見れば、“自由な喋り手”として常に注目を集め、まさに現役の古舘さんには当てはまらないように思うが…。果たしてどのように心を動かされたのだろうか。

取材・文=吉田あき 撮影=金澤正平

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内館牧子さんの4部作は超ポジティブ

終わった人
終わった人』(内館牧子/講談社)

――4部作の第一弾は『終わった人』。この本をいつ頃読まれたのでしょうか。

古舘伊知郎(以下、古舘):ご縁がありまして。『報道ステーション』(テレビ朝日)のキャスターを2016年3月末日をもってやめて、何週間かしてから、映画を観に行ったんです。それが、内館牧子さん原作の『終わった人』でした。『終わった人』って…。僕は『報道ステーション』を12年やって終わった人だったので、このまま終わっちゃうのかなと自分の境遇にシンクロして。

 観たら、すごく面白かった。映画『リング』で有名な中田秀夫監督とも仲良しだし、いろいろご縁があるなと思って、映画の後に小説を読んだら、これがまた、ものすごく感動しちゃったんです。

 内館さんがうまいのは、ネガティブなタイトルでしょうね。エリートの銀行マンが役員まで出世できずに子会社に出向して、60ちょいくらいで、本当はもっと頑張っていたいのに会社を辞めた。引退後は奥さんと旅行へ行こうと思ったら、奥さんからは、勘弁して、これから私の人生があるんだから、と言われてしまう。ありがちな話なんだけど、ここから後半、第4コーナーを回って直線に入ると、ポジティブになっていくんです。自分の人生は全然終わっていなかった、と。そのポジティブさにぐっときました。

すぐ死ぬんだから
すぐ死ぬんだから』(内館牧子/講談社)

――シリーズ2作目の『すぐ死ぬんだから』も、ネガティブなタイトルですが。

古舘:『通販生活』(カタログハウス)という雑誌で「喋喋(ちょうちょう)対談」という連載をしていて、ゲストは1回目が俵万智さん、2回目が内館牧子さん。その時、内館さんの小説を1冊しか読んでないじゃないかと思い、他の3冊を全部買って、読んでいたらあんまり面白いんで付箋まで入れたんです。

――付箋がたくさん入っているなと思っていました。

古舘:あんまり面白いんで。『すぐ死ぬんだから』の主人公は78歳の女性で、麻布十番で酒屋をやってた旦那が亡くなるんです。普通は、80の声を聞いてすぐ死ぬなんて、ネガティブじゃないですか。これが、どうしてどうして。死んだ旦那の裏切りが発覚したところから、バーっと怒りに満ち満ちながら、第二の人生を精力的に歩んでいく。わざとネガティブなタイトルなんですよ。

今度生まれたら
今度生まれたら』(内館牧子/講談社)

――そうすると、3作目の『今度生まれたら』にもポジティブな方向転換がありそうです。

古舘:『今度生まれたら』は、NHKのBSプレミアムでドラマ化された作品。主人公は、今度生まれたら今の夫と結婚しないと思っている70歳の女性です。やり直しの利かない年齢になり、あとは趣味か何かに走って人生終わっていくのかな、私そんなに定番でいいのかしら…とイライラしている主人公で、これがまた面白い展開になっていく。

 挙げ句の果てに、シリーズのファイナルとばかりに刊行されたのが『老害の人』。85歳の小さな会社の会長が、もう出勤しないでくれって言われているのに、娘婿が継いだ会社の営業妨害をするんです。俺みたいなお喋りで、取引先の若い人が来ると「君たち座りたまえ」と言って第二次世界大戦の話をずっとしている。これもネガティブなタイトルでしょ? それが、ストーリーは全然そうじゃない。

老害の人
老害の人』(内館牧子/講談社)

欲張りで脂ぎった脂性じじいになる

――4部作を読み終えて、どのように感じたのでしょうか。

古舘:感動したんです。僕は仏教のファンで、「自分の悩みを低下させる」「自分を突き放す」っていう仏教精神を捻じ曲げて捉え過ぎて、70の声を聞いたら人間諦めなきゃいけないと思っていた。でもそれが全部ひっくり返って、仏教のファンであり続けながら、現世を生きる上では、欲張りで脂ぎった脂性じじいになろうと思ったんですよ。

 昔のようにピンピンコロリ、50代や60代で死ねたら、社会保障をむしり取らず、年金もガンガン受け取っていないから、死ぬことに負い目がない。今は半病人で生きながらえるから大変ですよね。エンディングノートや終活を真剣にやるのは、死んでからせめて疎まれないように、財産分与したいから。切ないんですよ、年寄りは。

 でも、この本を読むと、ふざけんじゃないと。若い人に媚びる必要はまったくないと。年寄りが年寄りに貢献できる世界があるってことを教えてくれるわけです。喋ることを含めて「諦めたほうがいいかな」なんて魔が差していたのが、形状記憶合金みたいに喋りたい意欲が戻ったのは、これらの小説のおかげ。内館さんの小説に力をもらいました。

 若い人なんて何の興味もないだろうし、もう手に取らなくてもいいとお願いしてもいいくらい。でもね、誰しもいつかは進む道なんだから、本当は、読んでほしいと正直思います。

古舘伊知郎さん

俺のように本を読まないで

――この付箋を見ると、いつも本をたくさん読んでいることが伝わってきます。古舘さんにとって本を読む喜びとは?

古舘:もうそれは、「僕みたいに読まないでください」っていうメッセージを伝えたいですね。今日もう一冊持ってきたのが、ユヴァル・ノア・ハラリさんという40代の気鋭の学者さんが書いた『ホモ・デウス』(河出書房新社)という本。僕は立教大学の客員教授をしているので、参考資料として読みましたが、これが面白い。

ホモ・デウス
ホモ・デウス』(ユヴァル・ノア・ハラリ:著、柴田裕之:訳/河出書房新社)

 人間の部品を交換するかたちで自分の体細胞から臓器を作り、脳に記憶を転写して脳をすげ替えたら、500歳まで生きるかもしれない…という研究をGoogleの子会社がやっていますが、そういう事実を基に、これからはAIの台頭も含めて、ホモサピエンス(人類)とデウス(神様)が合体して、ホモ・デウスという存在が出てくるっていう未来書でもあるんです。すごいことなので、人に伝えたいんです。

 それで付箋を貼っていたら、全ページに貼り出してしまった。付箋はいらないってことです、結果的に。別の場所にもいっぱい線を引いているし、もう大変です。それで、完全にこの本の内容を自分のものにしました。これ、時間がかかってつらいです。ぜひこんな読み方はやめてもらいたい。本を楽しめませんから。

――(笑)。そうやって本の内容を自分のものにされているんですね。

古舘:頭がおかしいんです。だから、自分の好きな本をパッと手に取って読み流す。そんなふうに、そよ風のように読むのがいい。

 俺みたいに、たとえば高杉晋作の本を読んで、「面白きこともなき世を面白く」っていう一文が、これはいい言葉だなと思ったら、そこで立ち止まって15分ですよ。脳内で高杉が暮らした山口県にタイムスリップして、道端で彼に出会い…。この言葉の解釈を考え始めたら、15分…いや20分は立ち止まりますから。30ページくらい読み進めたかったのに眠くなっちゃって、また明日、となるわけです。遅読なんですよ。

 だから速読のほうが楽しいと思います。僕のようには絶対にならないで。面倒くさいですから。

<第31回に続く>

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