「種類は多く量は少なく」は日本人だけ。色々な国の料理が並ぶ朝食バイキングで発覚/お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音③

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/21

お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音』(稲田俊輔/新潮社) 第3回【全5回】

飲食店の裏側の生々しい話や、料理人ならでは熱い思い、お客さんとお店の本音など、1話完結で味わえる『お客さん物語』を描くのは、日本で南インド料理ブームを流行らせた男――稲田俊輔。料理人であり、飲食店プロデューサーであり、そして「食」に溺愛した一介のお客さんでもある彼が、ラーメン屋で、あるいはカレー屋で、はたまたイタリアンで目撃したり、体験した「食」に関するエピソードの数々を語ってくれる。誰かに話したくなる「食」に関する小ネタが満載。あなたに似たお客さんがいるかも……是非、探してみてください。

※本作品は『お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音』(稲田俊輔/新潮社)から一部抜粋・編集しました

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お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音
『お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音』(稲田俊輔/新潮社)

貪欲なのに狭量な日本人の味覚

 シンガポールの巨大ホテルの朝食ビュッフェで、興味深い光景を見かけたことがあります。

 シンガポールは多民族国家です。総人口約563万人の内、中華系が一番多く、それに次ぐマレー系と合わせて90パーセントを占めますが、それ以外にインド系やアラブ系の人々も多く住んでいます。そういう人々が集まって暮らすインド人街やアラブ人街では、立ち並ぶお店も行き交う人々も、母国そのままのような光景が広がっています。異国の中で異国が楽しめる、シンガポールはとても楽しい街です。

 そのホテルの朝食ビュッフェは、まさにシンガポールの縮図のようでした。

 滞在客の多くは欧米人で、そういったホテルの常として、メインはオムレツ、ハムやソーセージ、サラダ、パン、シリアルといったウェスタン料理が並びます。しかしそれと同じくらいのボリュームで中華料理と、ご当地ならではのローカル料理も並びます。海南チキンライスやスパイシーなビーフン、パクテーといったシンガポール料理も朝から食べられるってわけです。そこに並んでなぜかフォーもあったり、和食(らしき)料理も少し並んでいます。

 インド料理がずらりと並んだ一角もあります。シンガポールのインド系住民は南インド系の人が多いこともあってか、「ワダ」や「イドゥリー」といった南インドの定番朝食が中心。豆のカレーやポテトのカレー、揚げパンの「プーリー」なども並びますが、これらは全てベジタリアン料理です。

 アラブ料理のコーナー自体はありませんが、各コーナーでイスラム教徒でも食べられるハラル料理にあたるものは、その旨の掲示がありました。

 こんな夢のような光景を前にして、僕は初手からテンション爆上がりです。ローカル料理とインド料理、つまり日本では「本場そのままの味」に出会いづらい料理を中心にかき集め、さらにちゃっかりオムレツもマッシュルーム入りで焼いてもらい、そこにカリカリベーコンものせてしまいました。

 日本人観光客らしき人々も女性を中心に結構いました。彼女たちはインド料理コーナーこそ横目でスルーしがちでしたが、中華料理とシンガポール料理(と、謎和食)の数々を片っ端からほんのスプーン1杯ずつモザイク画のように皿に並べ、でもオムレツはやっぱり焼いてもらい、ソーセージも添えて、チャーハンも取っているのにパンも取って、もちろんサラダとフルーツも別皿で調達、意気揚々とそれらをテーブルに並べていました。

 

 しかし、です。冷静にあたりを見回すと、そんなことをしているのは日本人だけなんです。

 欧米人たちのチョイスはもっとずっとシンプルで、一点集中主義。山盛りのフルーツとサラダをメインに後はシリアルだけ、とか、ジュースとパンとコーヒーだけ、なんて人もいます。パンケーキを山と積み上げ、その横にオムレツやベーコンもたっぷり添えてメープルシロップをドバドバかけて、実にいい笑顔で頬張る巨漢男性もいました。

 中国人らしき人々は中華料理ばっかりです。隣接するシンガポール料理には中華ルーツ的なものも多いので、そこまでは越境しているようです。

 インド人はもはや当たり前のようにインド料理しか食べません。というか、インド人以外はそこに立ち寄ろうともしません。店内にはベジタリアンと思しき欧米人もいましたが、インド料理コーナーにはこれほどまでに豊饒なベジタリアン料理の世界が広がっているにもかかわらず、それには見向きもせずにサラダと温野菜とフルーツとパンばかりを食べています。

 僕はそんな光景があまりにも面白く、自分の食事をすっかり終えた後もコーヒーをおかわりしつつ時々フルーツを一切れだけ調達しがてら店内をぐるりと回遊して、誰が何を食べているかを小一時間ほど横目で観察し続けました。そして、今この場所こそがシンガポール最強の観光スポットであると確信しました。

 

 さて、所変わってベトナムの話をします。かつて仕事でしばらくベトナムに滞在していた時の体験です。

 外国を訪れた時は常にそうであるように、僕は連日ご当地のベトナム料理ばかりを食べていました。それもなるべく現地でしか食べられないような料理を中心に選んで楽しんでいました。が、ある時ちょっとした気まぐれでインド料理店を訪れてみたのです。

 ベトナムはシンガポールとは違ってインド系の住民は極めて少数です。なのでその時滞在していた首都ハノイでも、インド料理店は数えるほどしかありませんでした。その中の一軒に行ってみたわけです。

 結論から言うと、それはなかなか素晴らしい体験でした。その店は「本場そのまま」の味だったのです。日本でインド料理はすでにほぼ市民権を得たと言っていい状況だと思います。しかしよほど入念に店選びをしない限り、「本場の味」に出会うことは困難を極めます。なのにハノイでは数軒しかないインド料理店の一つに、当てずっぽうで飛び込んだだけでアタリを引いた。

 すっかり有頂天になった僕は、数日も置かず別のインド料理店にも行ってみました。そこもまたアタリ。「本場そのまま」でした。

 これはミラクルなのか? いいえ、冷静に考えるとそれはむしろ当たり前のことなのです。なぜならベトナムのインド料理店には基本、インド人しか来ないから。少数の例外は普段からインド料理に慣れ親しんでいるイギリス人を中心とした欧米人。ベトナム人は一切来ません。もちろん日本人も来ません。だから、その味に慣れていない人に合わせて、食べやすくローカライズする必要性がそもそも無いんです。日本人客の好みに合わせて徹底的に改変を行うことが求められる日本のインド料理店とは全く状況が異なる、ということ。

 こうした日本人の「どこの国の料理でも食べてやろう」という貪欲さは、一体どこから来るものなのでしょう。しかもその貪欲さは、「とはいってもそれは日本人好みにアレンジされていないと受け付けない」というある種の狭量とも表裏一体です。

 よく「日本人は外国の料理を日本人好みにアレンジする天才である」と言われます。洋食もカレーも日本人はすっかり自分好みに変えてしまったではないか、と。しかし僕はこの常套句は半分間違っているとも思っています。

 中国料理をすっかり日本人好みの中華料理に換骨奪胎した偉大なる人物は、生粋の中国人である陳建民氏です。氏の言葉とされる、「わたしの四川料理少し嘘あります。でも、いい嘘」というのはけだし名言だと思います。

 インド料理をすっかり日本人好みに作り変えたのはネパール人です。この「偉業」は、日本人にはむしろ不可能だったのではないかと僕は思っています。

 

 さらにヤヤコシイことに、日本人の中にも一定数、「外国の料理を勝手に日本人好みにアレンジしないで欲しい」と主張する人々もいます。ハイ、僕もその中の一人です。「異国の料理は食べたいけど、それはあくまで日本人好みに調整してほしい」と希望する大多数の人々からしてみれば、形式ばかりを追うポーザーの類にも見られるかもしれませんが、当事者である僕に言わせればそれは誤解です。この話はこの話で、始めてしまうとキリがないのでこの辺にしておきますが、とにかく日本人のお客さんは特殊です。

 この独特な気質が何によってもたらされたのか。そこまで考察しないとこの話は尻切れトンボかもしれませんが、正直僕にはその理由がさっぱりわかりません。なので尻切れトンボのままで終わります。理由のわかる人がいたら教えてください。

<第4回に続く>

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