移民の夢を食べるブローカー。コックたちが目指したのは「脱ネパール」/カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」⑥

社会

公開日:2024/5/2

カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(室橋裕和/集英社)第6回【全7回】

 いまや日本中で見かけるようになった格安インドカレー店。そのほとんどがネパール人経営で、いわゆる「インネパ」と呼ばれている。なぜ、格安インドカレー店経営者のほとんどがネパール人なのか? どこも“バターチキンカレーにナン”といったコピペのようなメニューばかりなのはどうしてなのか? そもそも、「インネパ」が日本全国に増殖したのはなぜなのか? 背景には、日本の外国人行政の盲点を突く移民たちのしたたかさや、海外への出稼ぎが当たり前になっている国ならではの悲哀に満ちた裏事情があった。『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』は、どこにでもある「インドカレー店」から見る移民社会の真実に迫った一冊です。

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カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」
『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(室橋裕和/集英社)

月給10万円、現金払い、社会保険なし

 多くの「インネパ」関係者に取材してやはり気になったのは、コックの待遇だ。実際に搾取の対象となっていたひとりが、アルジュン・バンダリさん(仮名、41歳)だ。

「日本に来るときに、紹介料として112万ネパールルピー(約112万円)を支払いました」

 独学で勉強したという日本語で語る。ネパール中部パルバット郡の出身だ。20代のころは、首都カトマンズと、その後インドの首都デリーのホテルでコックとして働いたこともあったそうだ。

「インドのホテルでは〝日本行き〞を待っているネパール人のコックがほかにも何人か働いていました」

 と言うが、アルジュンさんに話が舞い込んできたのは2008年のことだ。先に日本にコックとして行っていた姉の夫のツテだった。その人の遠縁の親戚が、関西地方のある街でインドレストラン「S(仮名)」を開いているという。そこに頼み込み、112万ネパールルピーを家族で用立てて、アルジュンさんは日本にやってきた。

「僕も合わせて7人のネパール人が、一緒に『S』に入ったんです」

 そして、「S」とその系列店で働きはじめるのだが、最初の3週間は無休だった。すぐに別の店に移されたが、そこは繁盛店でお客がひっきりなし。休みは2週間に1日しかなかったが、それで月給は10万円だった。現金払いだった。もちろん社会保険などは一切なかった。

「日本に来る前には、手取りで18万円と聞いていたのですが」

 それでも10万円は、アルジュンさんにとって大きい額だった。当時のネパールは公務員の月給が1万円ほどだったという。アパートは会社が用意していたし、まかないはあるから生活はできるのだ。洗濯機に使う洗剤まで、必要なものは会社の支払いで買い、アパートにはWi-Fiもあったので、そういう意味では「S」は良心的で「ほかのネパール人の店よりは、だいぶましだったと思う」とアルジュンさんは振り返る。それに仕事が忙しく、店とアパートの往復だけで、どこかに行ったり買い物をするような時間もない。だから10万円の給料のうち、毎月3万円を故郷に送り続けた。

「僕はまだ、もらってるほうでした。ネパールとインドでコックの経験があったので。同じ時期に『S』に来たネパール人の中には、コックの仕事がぜんぜんできなくて、給料が6万円、7万円という人もいました」

 アルジュンさんだって実のところ、技能ビザ取得に必要なコックとしての「実務経験10年」という条件を満たしていない。「カトマンズで1年、インドで半年くらいの経験しかありません。カレーもナンもひと通りつくれましたが、うまくはなかったです」と明かす。

 アルジュンさんのような経験不足の、あるいはまったく未経験のコックが、材料とレシピを渡されて回しているだけの店もけっこうあるのだという。そんな店をいくつも経営し、儲けているネパール人がいる。彼らのような経営者の考えはシビアだ。コックがあまりにも安い給料と休みなしの過酷な勤務に音を上げてやめれば、次を補充すればいい。そうすればまた、「手数料」が転がり込む……。同胞から搾取することにためらいがない。

 アルジュンさんは日本に来てから知り合った友人に誘われて、いくらか条件のいい東京の店に移るため「S」をやめたが、そのとき社長からはこう言われたという。

「お前がやめれば、次のやつがまたカネを持ってやってくる。だからある程度うちで働いて、ほかに行くアテができたら、みんなさっさと出ていってほしいんだ」

 低賃金なのも、長時間労働も、あるいは早いうちにやめさせて人の回転を促すためのものなのかもしれない。そうして流浪していくコックを集めて店を開く人もいれば、コック自身が苦労してお金を貯めて開業することもある。そうやってどんどん「インネパ」は増えてきた。移民の夢を食って、日本で増殖したのだ。

「もうネパール人には雇われたくない」と話すネパール人

 2012年に東京に出てきたアルジュンさんは、しぶとく生き残り続けた。いくつかの店を渡り歩き、月給は安いながらも12万円といくらか上がっていた。一時帰国したときに結婚した妻も一緒に暮らすようになり、やがて子供も生まれた。少しずつ日本語を覚え、日本の文化にもなじんでくる。柔らかな物腰と、人懐っこい笑顔が印象的な人なのだ。日本人とも打ち解けやすい性格だったのだろう。日本人の友人も増え、そのネットワークの中で日本人経営のインド料理店に転職をした。

「月給は18万円になりました。もらう額と、書類に書かれていた額が一緒だったことが印象的です(笑)。でも、社会保険はここもなかった」

 次の職場も日本人の店だった。月給は21万円にアップ。社会保険は個人事業主扱いだったが入ることはできた。アルジュンさんは日本で初めて、社会保障の枠の中に入ることになった。

「日本を好きになって、ずっと暮らしたいから永住権が欲しいと思っても、社会保険を支払っていなければ申請もできません。それに年収300万円以下でもダメなんです」

 と言う。劣悪な待遇で働き続けてしまうことが、現在の状況だけでなく未来も閉ざしてしまうのだ。そうならないためにもアルジュンさんは、「日本の会社」かつ「社会保険に入れてくれる」ところを探して、ネパール人や日本人のツテに頼らず、自力で就職活動をはじめるようになる。

「もうネパール人には雇われたくない。ネパール人と働くくらいなら、帰国します」

 そんな覚悟で日本語を磨き、「Indeed」や「飲食店ドットコム」などの日本の求職サイトに登録し、いくつかの会社と面接を重ねた。日本に来てから13年、当初はコックとしてはいまいちだったが、各地で経験を積んできたこともあってスキルは上がっていたし、それに日本語力も認められ、都内や関西にレストランを複数展開する日本の会社に採用された。

「いまの給料は30万円です。社会保険もあるし、待遇はすべて日本人社員と同じです」

 ようやく報われたのだ。そしてアルジュンさんのように、「脱ネパール」を目指すネパール人は増えているという。どうにか日本の会社に就職して、まともな待遇で働きたい。そのために必要なのは、コックとしてのスキルもあるが、なにより日本との親和性だろうと思うのだ。アルジュンさんは「日本人とコミュニケーションを取るのが楽しいし、大好き」と話すし、奥さんも日本人に揉まれながらコンビニで働き、ずっと家計を支えてきた。

 そんな2人が、自宅で昼食をごちそうしてくれた。大根とニンジンのアチャール、青菜の炒め物、骨付きの鶏肉の煮込み……ふだんアルジュンさんがレストランでつくっているものとはまったく違う、素朴なネパールの家庭のメニュー。辛さもほとんどなく、優しい味だった。家庭で料理を担当する妻が教えてくれる。

「そんなにスパイスは入れないんです。塩とオイルが少し。あとはそれぞれのバランス」

 アチャールはでっかいボウルに山ほど盛られていたが、これは近所の日本人にわけるのだという。ネパール人の多い杉並区に住んでいるが、まわりの日本人は「みんなよくあいさつしてくれる」と奥さんは言う。2人の人柄だろう、地域にはなじんでいるようだった。

 気にかかっているのは、ネパールに帰した長男のことだ。5歳までは日本の保育園に入れていたのだが、日本の学校になじめるかどうか不安があったこと、ネパール人向けの「エベレスト・インターナショナルスクール・ジャパン(EISJ)」は学費が高いこと、奥さんが2人目を妊娠して、子育てと出産が重なるといろいろとたいへんなことから、国の両親に預けることにした。いまは向こうの小学校で勉強している。ちなみに息子の将来の夢は、

「ネパールに(アイスの)ガリガリ君の工場を建てること」

 だそうな。「いまは警察官にも興味を持っているようですが」とアルジュンさんは笑うが、我が子の夢を日本からバックアップすることができるだろうか。

 取材の帰路、アルジュンさんは最寄りの駅まで送ってくれた。

「この川のそばをいつも散歩するんです。東京にしては自然がいっぱいで。公園があって、子供が遊べる場所になっていて、子育てにはいいと思うんです」

 そんなことを話しながら、杉並の住宅街を慈しむように歩く。苦労を重ねながら、やっと日本での生活がうまく回りはじめたアルジュンさん一家が、どうか平穏に安心して暮らせるようにと思った。

<第7回に続く>

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