官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第45回】斉河燈『恋色骨董鑑定譚~クラシック・ショコラ~』

公開日:2014/5/6

『ちょっと待って。津田さまって先日まで長期滞在していらした、あの、骨董鑑定士の津田さまよね。いつの間にそういうことになってたの。確かにあの方はなっちゃんのことを気に入ってるみたいだったけど、気難しい方だし……。本当に付き合ってるの、十二も年が離れていて大丈夫なの』

 心配されるのも無理はなかった。

 有礼さんはその道では名の知れた風流人で、省庁主催のイベントでも壇上に立って弁をふるうような方だ。対するわたしは男性と付き合った経験もなければ、転職以来片想いすらしてこなかった一介の仲居。恋人ができた、と打ち明けるのが初めてなのに、相手との格差は歴然で、しかもいきなり同棲だなんて。

『彼とだから挑戦してみたいんです』

 告げたのは正直な気持ちだった。

 最初からなにもかもがうまくいくと楽観視しているわけじゃない。けれど、他でもない有礼さんとだから一歩を踏み出してみたかった。

 年の差はもちろん気になる。とはいえ、なくてはならないものだとも思う。ずっと年上の彼に認めてもらえたからこそ、わたしは長年のコンプレックスだった素のままの自分をまるごと認められるようになったのだから。

 コーヒーを傾ける有礼さんの左で、わたしも目の前に置いたカップに右手を伸ばす。

 蝶々が椀の横で休んでいる形のカップは、彼のお気に入りのアンティークだ。当初、一客しか見当たらなかったこれは同棲を始めた途端に二客に増えていた。きっとペアにしてくれたのだろう。そう察して使っている。

 すると、カップに指先が触れそうになったところで、彼の左手がわたしの動作を阻んだ。手首を掴んで持っていかれて、指先をきゅっと握られる。

「え、あの」

「コーヒーのお預けを食らった仕返しだ。しばらくこうしていろ」

 冷めるまで飲むなと言いたいんだろうか。でも左手は自由だし、だから取ろうとすればカップくらいは取れるのに。そう思って、右手の指先がじんわりと温まってきたことを感じて、はっとした。

「あ……」

 冷えた手を温めてくれているのだ。

 気付いたら、手だけでなく頬までふんわり温かくなった。

「……ありがとうございます」

「ほう。虐げられて礼を言うとは、夏子はとんでもない被虐愛者だな」

「さ、さも変態みたいに言わないでください」

「そこまでは言っていない。ほら、そっちの手も貸せ。反省が足りない奴は両手ともに拘束だ」

 熱々が好きだと言っていたくせに、有礼さんは飲みかけのコーヒーを傍らに避け、わたしの両手を自分の膝に載せる。そうして、骨張った右手を上から被せた。

「阿呆め。冷えきってるくせに余計な用事でうろうろするな」

 やはり仕返しなんて嘘だ。

 女将は気難しいと言っていたけれど、この人の捻くれた言動の裏には必ず意味がある。むやみに我を押し通すだけの人じゃない。

(気付く人が少ないだけで……)

 本当は情に厚い人なのだということをわたしは知っている。

 両手を温められながら自然と右肩をもたれる格好になってどぎまぎしていると、グレーの羽織で背中を包み込まれてますます全身が火照った。

「……寒くないか」

 左耳に落とされる淡い問い。長い腕を腰にまわされたら、はいと言って頷くのが精一杯になる。

 心臓が壊れそうなのはわたしだけだろうか。

 有礼さんは……わたしほど緊張していない?

 同棲生活はおおむね穏やかだけれど、恋に不慣れなわたしには時折刺激が強すぎる。

 

 

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