官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第80回】マキ『鑑賞倶楽部』

2015/4/9

マキ『鑑賞倶楽部』

中学校時代のトラウマを引きずり、自分から他人に触れることも触れられることも嫌悪する一之瀬(いちのせ)。週に一度、自分の汚い欲を発散させるために通っている会員制オナニークラブ「スティル」で、従業員の真崎(まさき)と親しくなる。とっつきにくそうな冷たい容貌に反して、年下の飾らない態度でなついてくる彼に心惹かれていく一之瀬は……?

 自分は欠陥品なのだと思う。

 そのうえ臆病な鬱屈野郎であるとも思う。

 としても、だ。そんな姿をところ構わずさらすような馬鹿ではない。ましてや仕事場などではなおさらだ。たとえ一日の殆(ほとん)どを労働に費やすのだとしても、営業先でもオフィスでも笑顔の仮面が必須である。足元軽い陽気な男を演じなくては営業などという仕事はできないし、まずまともに生きていられない。

「あれ、一之瀬(いちのせ)さん今日はもう上がりですか? まだ七時前ですよ、いつも遅くまでいるのに珍しい」

 予定通りさっさと近場の外まわりを済ませた水曜日、オフィスに戻り重たい鞄から分厚い資料を引っぱり出してデスクに重ねていると同じ営業部の新人に声をかけられた。

 見ると彼は書類を前に頭を抱えている様子だった。確かに慣れぬ書類仕事はある意味外を飛びまわるより面倒だと思うことがある。普段であれば手伝おうかと言ったかもしれないが、残念ながら本日は行きたい場所があるので言わない。

 軽薄な声で答えた。ここ十数年かけてせっせと積み上げた一之瀬京也(きょうや)二十九歳の人物像とは選んだ言葉通りのものである。

「うん。上がるよ。このマイペースなおれが完璧なる早上がりスケジュールを組んでかつ完璧にこなしたからには何がなんでも上がるの。止めてくれるな、若人よ。男にはやらなくちゃならないことがあるだろ」

「仕事できないひとが言ったらしらけるけど一之瀬さんなら笑うしかないかなあ。女ですか? 一之瀬さんて恋人いるんですか?」

「恋人なんておりませんよ。だって考えてよ、地球にはさ、総人口の約半分もの女が溢れてるんだぜ? ひとりに決めるなんて愚の骨頂、おれはまだまだ楽しむの」

 おれはまだまだ楽しむの、か。

 これが本心だったなら、本気でこんなことを言えるのだとしたら、これほど愉快な人生はないよなとは思う。

 多少は軽くなった鞄を掴みひらひら片手を振ってデスクに背を向ける。ドアを開ける後ろから、イケメンは言うことが違いますねえ、などという新人君の見解が聞こえてきたが知らぬふりをしてオフィスを出た。

 周囲を欺かなければ歩けない。明るいふりを、見せかけだけでも生彩を、でなければ自分などはただの汚物である。完璧な笑顔で仕事をこなして、ときには派手に遊ぶんだよと嘯く。慎重に選んだその仮面はいつの間にか顔にはりついてしまい、そう簡単にははがせない、はがすべきではない。

 さっさとビルのエントランスを通り過ぎて食事はどうしようかと腕時計に目をやり、のんびりしている時間もないかとパスすることに決めいつものごとくスティルに向かった。

 オフィスの最寄り駅から電車に揺られること十五分、さらに徒歩約十五分、わざわざ三十分もの時間をかけてまで週に一度、その店に通う。唯一自分が欠陥品である事実を明かせる場所である。会員制のオナニー鑑賞クラブ、いわゆるオナクラだ。そんな場所の店名が静寂やら静止やらを意味するスティルだとは悪趣味な洒落のようではあるが、ある意味その通り時間は止まっているのかもしれない。

 スティルは街外れの雑木林に隠れるように立つ一軒家を使っている。むかしは要人の邸宅だったのだろう。外装も内装もその通り少し古くて無駄に金のかかっていそうな、やたらと部屋の多い、広い洋館だ。

 派手な看板などはない。計算尽くの密度で蔦(つた)の這う門に立てかけられた黒いプレートがさり気なく主張しているだけだ。一之瀬がスティルを知ったのは、たまたまこの街で派手に酒を飲んだ帰り道、酔いでもさまそうと遠まわりしてふらふら歩いていたときにそのプレートにふと気づいたからだ。急いでいればただの家だと通りすぎるだろう。

 そのような店だから入ってみる気になったのだ。あまりにも露骨な、いかにもオナニークラブでございますという店ならば躊躇(ちゅうちょ)する。

 オナクラとは、キャストと呼ばれる女性が客のマスターベーションを見る、ただそれだけの場所である。

 

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エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

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