まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍 第7回 電子書籍の最新動向とは?
更新日:2013/8/14
電子書籍にまつわる疑問・質問を、電子書籍・ITに詳しいまつもとあつし先生がわかりやすく回答! 教えて、まつもと先生!
ちば :新年度です。まつもとさん、どうぞよろしくお願いします!
まつもと :はい。先週はすごい雨と風でしたね。桜が散らなくて良かったです。
ちば :会社からの帰り道、飛ばされそうになるわ、傘は壊れるわ、でもう大変でした……。ところで電子書籍業界でも、かなり大きな動きがありましたね。今日はその解説と「これからどーなる」的なお話しでいきましょうか。
まつもと :了解です。
■「パブリッジ」ってなに?
ちば :では早速ですがまつもとさん、先日発表された「パブリッジ」ってなんですか?
まつもと :ストレートに来ましたね。それに対する答えは結論から言うと「僕が教えて欲しい」なんですよ(笑)
ちば :??
まつもと :いや、仕組みは記者会見や発表資料でもちろん確認していますし、ちょっと専門的な内容ですが、別のニュース媒体で記事も書きました。(出版デジタル機構「パブリッジ」のスキームを考える – 電子書籍情報が満載! eBook USER )
ちば :あ、この記事は読みましたよ。ええと、半官半民のファンド「産業革新機構」から150億円の出資を受けて、5年後に100万タイトルの電子化を目指す、ということですよね。
まつもと :そうなんです。この連載の第一回でも指摘したように、たしかにいま日本の電子書店は品揃えが決して良いとは言えない状況です。eBook USERさんは定期的に電子書店の品揃えをレポートされてますが、いずれのストアも数万タイトルに留まっています。
ちば :それって少ないんですか?
まつもと :例えば以前ちばさんと取材に伺ったソニーのReader Storeで検索を試してみましょう。仕事でプレゼンテーションが控えている、という想定で「プレゼンテーション」を検索……。
ちば :うーん、21件ですね……。
まつもと :いつも引き合いに出してしまって申し訳ないんですが、やはりこれを見ると会社帰りに大きめの本屋さんに立ち寄りたくなってしまいますよね。
ちば :たしかに……。ということは、品揃えが増えるのは良いことなんじゃないですか?
まつもと :それはもちろん。ただ、そのための仕組みにちょっと引っかかる点があるんです。
ちば :引っかかる点?
■国のおカネでタイトル数が増えるということ
まつもと :ではこれをみてください。
ちば :わっ、また複雑な図・・・。
まつもと :パブリッジの仕組みは経済産業省が震災復興事業として進めているこの「緊急電子化事業」の仕組みを拡大したものです。番号順に見ていくと、その流れが掴めるようになっています。
ちば :震災復興と書籍の電子化に関係があるんですか?
まつもと :という疑問の声も上がっていましたが、被災地で書店が失われ「知へのアクセス」が困難になったこと、また雇用を創出できるといった理由で電子化の費用の半分から3分の2を国が助成し、残りはJPO(一般社団法人日本出版インフラセンター)が立て替える仕組みがスタートしました。
ちば :え? そうすると、出版社は電子化の費用を負担しなくてもいい?
まつもと :そう。JPO――今回のパブリッジの仕組みでいえば出版デジタル機構は、立て替えた電子化の費用を、電子書籍の売上げから相殺するんです。そのコストは約3万円程度とされています。
ちば :なんだか良い話に思えますね……。
まつもと :この図に挙げられているような、中小の出版社、特に「どうやって電子化したらよいか分からない」「電子化を依頼する予算がない」といった会社にとっては初期負担が無くなりますから、確かに有り難い話ではありますね。
ちば :何が問題なんでしょう?
まつもと :まだこれまでのところ、出版デジタル機構や、そこに出資している産業革新機構から具体的なプランが示されていないので、断定はできないのですが、以下のような問題点や課題があると考えています。
1. 政府と民間からのおカネで投資を行う産業革新機構。そこから出資を受けた150億円をどのように返済していくのか?そのための収益化のステップが不明。
2. 書籍の電子化を委託した中小の出版社にマーケティング情報やノウハウはどう還元されるのか?
3. アマゾンのKindle国内版がまもなくスタートとされる中、パブリッジが電子化する書籍の価格はどうなるのか?
ちば :ふーむ……。しかし、まつもとさん、周りから「うるさい人」って言われません?
まつもと :言われます、言われます……って、大きなお世話ですよ!まあ、こうやって指摘をすることで、改善されればと思って敢えて言っている部分はありますが、やはり間接的に私たちのおカネが入っている以上、厳しい意見も受け止めてほしいところです。
ちば :3番のアマゾンのお話しは、まさにこの連載でも取り上げたkindleがなぜはじまらないのか、というところで、アマゾンが求める条件と関わってくる問題ですよね。
まつもと :そうなんです。価格決定権をアマゾンに任せることや、他のチャネルで販売する本はキンドルストアでも扱うことを求めるといった条件があります。仮にキンドルで電子書籍がディスカウントされて販売されれば、たて替えた電子化コストの回収にも影響を与えるわけですから、そこをどう考えているのかは非常に気になりますね。
ちば :2番目はどういうことなんですか?
まつもと :Googleエディションを思いだして欲しいんですが、ちばさん覚えてますか?
ちば :えーと、2年前くらいに話題になったGoogleの電子書籍化サービスでしたっけ?
まつもと :そうそう、それです。Googleに本やデータを預けることで、Googleがそれを無償で電子化して、検索可能にしてくれる上に、アクセス状況や売れ行きを随時確認できるシステムの提供を受けることができました。
ちば :紙の本だと、書店のPOSデータで「どのお店で何冊売れた」といった情報しかわからないけれど、Googleのアクセス解析サービスみたいに、どんな人がどんなキーワードで何ページにアクセスしてきたかまで分かるわけですね。
まつもと :お、察しがいいですね。
ちば :えへん。わたし営業出身ですから。
まつもと :そういった仕組みがパブリッジで提供されるかどうかは、資料や会見では明らかにされていません。ぼくが懸念するのは、出版社がパブリッジに「電子化をお願いしておしまい」となってしまわないか、ですね。kindleのような存在があるなか、海外の動向をみても、電子書籍の世界では出版社はこれまで以上に、「どこ」に「なに」を「いくら」でだすか、といったマーケティング能力が求められるはずですから。
ちば :たしかに、そこが他人任せだと力は付かないですね。
まつもと :リスクがあるから必死にビジネス展開を行う、というのは古今東西みな同じです。国や外部からおカネが入って、市場を開拓するというのは場合によっては必要なステップですが、本来あるべきリスクまで摘み取ってしまうと、当事者たちの「足腰」=ビジネス能力を弱くしてしまうんじゃないかな、そうでなければと良いな……というのがぼくの懸念です。
ちば :各地で経営破綻した、なんでしたっけ……第三セクターみたいになっちゃだめよ、ということですね。
まつもと :仕組みはことなりますが、平たく言えばそうです。