ただの地面の割れ目だと思っていたら…!/『5分間SF』“大恐竜”②

文芸・カルチャー

更新日:2019/8/14

その名の通り、1話5分で読めるSFショートショート。思わずあっと驚く結末と、そしてじわりと心に余韻を残すお話が詰まっています。今回は収録されている16のお話のうち、3つを連載で紹介します。

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『5分間SF』(草上仁/早川書房)

大恐竜 ~TV番組のロケ中に、探検隊のクルーが見た驚きの光景とは?~②

「足跡の横には、巨大な地割れが口を開けていた」

 という、宇都宮の台詞に応えて、ヤスはカメラを、割れ目のほうに向けた。

「ライティングはどうだ」

 と、僕はカメラマンに質問した。

「反射板を使おうか」

「関係ねえよ、そんなもん」

 と、ヤスが答える。

「どうせ、芸術祭に出品するわけじゃないんだから。おっと、そう言えば、あんたたちを撮るのを忘れてた」

 宇都宮は、伸ばしていた足を畳んで立ち上がり、僕と並んだ。僕たちは、深刻な表情を作って、地面を指差した。あとで声を入れるつもりか、宇都宮隊長は、馬鹿みたいに口をぱくぱくさせている。

 ヤスは、探検隊と足跡を同時にフレームに入れないように苦労している。僕たちと、煙草のパッケージともだ。

 パッケージと隊長の手足を比較したら、宇都宮は、『恐怖の砂漠巨大人類』になってしまう。

「地面に開いた地割れは不気味だった」

 と、宇都宮が言った。

「それは、子供恐竜の運命を暗示しているかに見えた。恐竜は、地の底に飲み込まれたのだろうか」

「その恐竜ってのが、ほんとに四メートルもあるんなら」

 ファインダーを覗き込みながら、カメラマンが寸評を加える。

「こんな細い地割れに飲み込まれるのは無理だぜ。それに、足跡の方向が反対だ」

「あるいは」

 ヤスを睨みつけながら、宇都宮が台詞を続ける。

「想像を絶する巨大飛行生物が、恐竜を連れ去ったのだろうか。ほとんど全ての生物に天敵が存在することを考えあわせると、これは、妥当な推論と言えるかも知れない。しかし、何十トンもの恐竜を持ち上げ、飛び去るとは、いかなる生物であろう。われわれは、互いに、青ざめた顔を見合わせるばかりだった」

「ホント、アオザメるぜ」

 ヤスは、再びカメラを、足跡に戻した。

「ちょっと、足跡がわかりにくいな」

「水でもかけてみるか」

 と、僕は提案した。

「前に、テレビで見たことがある。そうすれば、足跡ってのは、くっきり浮かび上がるんだ」

「手が、入らないようにしろよ」

 と、宇都宮が指摘する。

「お前さんの巨大な掌が画面に入っちまったら、台無しだ」

「大丈夫だよ」

 僕は、バギーに歩み寄り、水筒を取って来た。それを高くかかげ、画面の外から、水を足跡に注ぎ入れる。

「よくなった」

 と、カメラマンは嬉しそうに言った。

「これで、ばっちりだ」

 僕には、そうは思えなかった。確かに、多少わかりやすくはなったが、それは依然として、貧弱な鶏の足跡のように見えた。

「われわれは、地面の割れ目を覗き込んだ」

 と、宇都宮が言った。

「割れ目は深く、その中に、千古の秘密を隠し持っているかに見えた。と、その時、信じられないようなことが起こったのである」

 宇都宮は、いきなり、僕から水筒をひったくった。そして、頭を反らして、ごくごくと喉をうるおした。

「ここで、コマーシャルだ」

 と、弁解するように言う。

「信じられないようなことって、どんなことなの?」

 と、ヤスが興味深げに質問する。

 宇都宮は、疲れたような目で、小太りのカメラマンを眺めた。

「それは、これから考える」

「誰かが、割れ目にけつまずいて転ぶ、ってのはどうかな」

 と、僕が提案した。探検隊長は、僕のほうに、厳しい視線を送って来た。

「インパクトが弱すぎる」

「じゃあ、割れ目の中で、何かが光るってのは? 煙草の銀紙でも、撒いておけばいい。本物の煙草のね」

「そんなことが、信じられるだろうか」

 と、カメラマンが茶々を入れる。

「異星の砂漠地帯の中央で、煙草の銀紙が光るなんてことが」

「もういい」

 探検隊長は、かぶりを振った。

「いつものように、臨機応変で行こう」

「臨機応変って?」

 カメラマンが、困惑して首を傾げた。

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p>「行き当たりばったりってことだよ」

 と、僕は教えてやった。

「われわれは、割れ目の中を覗き込んだ」

 短い休憩を終えて、宇都宮が喋り始めたので、ヤスは、カメラを割れ目のほうに向け直した。

「すると、中から、不気味な風の音のようなものが聞こえ始めた」

「へええ」

「そればかりではない」

 絶叫せんばかりに、宇都宮は声を張り上げた。

「見ると、われわれの目の前で、割れ目が震え、動き始めているではないか!」

「あれ」

 と、ファインダーに顔を押しつけたヤスが、けげんそうに呟いた。

「あれ、ほんとだ」

「え?」

 宇都宮が、毒気を抜かれたように、地面を凝視した。

「お前、何かやったか?」

 と、この僕に質問する。

「別に」

 僕は、唾を飲み込んだ。

「それじゃ、これはどういうわけだ」

 と、宇都宮隊長がわめく。

「あの地割れ、本当に動いてるぞ」

 本当だった。地割れの線が、ゆっくりと、脈打つように震えている。僕たちは、用心深く、地割れのそばから後退した。

 ヤスは、思わぬところでプロ根性を発揮して、大事なカメラを抱えたままだ。

「何だ何だ」

 と、カメラマンは叫んだ。

「つまり、われわれは、本当に、信じられない事態に遭遇したってことだよ」

 馬鹿なことを言っている間にも、地割れは震え、次第に広がっていった。

 僕たちは、さらに後退した。後退しながら、割れ目の中を見た。

 何か、黄色いものが見えた。黄色くて、丸くて、濡れているような、光るものだ。

 それは、実に巨大で、割れ目いっぱいに広がっていた。

 そしてそいつは、急に、ぐるりと動いた。

「撮ったか?」

 と、宇都宮が訊いた。

「撮った」

 と、ヤスが答えた。

「うわあ」

 僕たち三人は、一斉に、バギーの中に転げ込んだ。ヤスが、あせりまくって、スターターボタンを押す。

「見たか」

「見た」

「あれは、ひょっとすると──」

「こんちくしょう」

 と、ヤスが叫んだ。

 バギーは、砂を跳ね飛ばしながら、つんのめるように走り出した。

「お前は、どう思ったか知らんが」

 やけに落ち着いた声で、宇都宮が言い出す。

「あれは、ばかでかい目玉だった」

「そう思う」

「ということは──あの割れ目は、目蓋の線だ。そして──」

 バギーが、大きくバウンドして、僕は、舌を噛みそうになった。

「割れ目の横にあったあれは、足跡なんかじゃない。地面に横たわった、横たわった、その、小山ほどもある化け物の、ああ、つまり、目尻の皺──そんなとこに水を垂らしたから、あいつ、目を覚ましたんだ」

「われわれは、信じられない光景を目撃した!」

 と、ヤケを起こしたように、宇都宮隊長が叫んだ。

「われわれが砂漠で発見したものは、恐竜の子供の足跡なんかではなかった。想像を絶する大恐竜の、そう、カラスの足跡だったのである!」

 バギーがまた、バウンドした。僕は、後ろから、何か地響きのような音が近づいて来るのに気づいた。

「伝説は、まさに真実だった」

 憑かれたように、宇都宮が続ける。

「リナーカスの巨大恐竜は、今も生き続けているのだ。そうでなければ、あの地響きは何だろう。われわれは、恐怖と戦慄を覚えながら、バギーの後方を振り返った!」

 僕たちは、恐怖を覚えながら、バギーの後方を振り返った。

 そして、見たのだ。

 実に戦慄すべき、驚異に満ちた、信じられないような光景を。

<第3回に続く>

●プロフィール
草上仁
1959年生まれ。1981年ハヤカワ・SFコンテスト佳作入賞。短篇『割れた甲冑』をSFマガジン1982年8月号に発表してデビュー。1989年に『くらげの日』、1997年に『ダイエットの方程式』で星雲賞日本短編部門受賞。1997年『東京開化えれきのからくり』でSFマガジン読者賞受賞。近年もSFマガジンに続々と作品を発表している。