摂食障害、アルコール依存症、薬物依存症、リストカット… なぜ繰り返してしまうのか?/「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました⑩

暮らし

公開日:2020/7/25

復職後再発率ゼロの心療内科の先生に、”うつ”についてのあれこれを聞いてみました。「こころの病気」や「うつ病」、「いかに、うつを治すか」などについて学びながら、回復していくプロセスをわかりやすくリアルに伝えます。

『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らずに、うつを治す方法」を聞いてみました』(亀廣聡、夏川立也:著/日本実業出版社)

なぜ飲酒、自傷、ドラッグを繰り返すのか?

 亀仙人のホワイトボードを使った診察というか、レクチャーと言ったほうが正しいような話は続きます。

「不安やあせり、イライラした感情は、なんとかしたいと思うのが普通だよね」

「そりゃそうですね」

「だからそういうときに、とくに若い女の子はガバッと食べて、食べたものを吐くみたいなことをするんだよ。そして気分が瞬間的にスッキリするという体験をすると、それが習慣になる。そういう人が精神科を受診すると『摂食障害』と診断される」

「その病名、聞いたことあります」

「問題は、『摂食障害』という診断名は、その行動をとらえてそう表しているだけで、根本的な問題が明らかになっていないということなんだ」

(原因が双極性障害による不安やあせりからくるものなら、たしかにそうです)

「食べて吐く代わりにお酒やドラッグに依存してしまう人もいる。しばらくの間、不安やあせりを忘れることができるからね」

「そういう人たちは、『アルコール依存症』や『薬物依存症』と診断されるってことですね」

「他にも、通勤途中に猛烈な不安やあせりに襲われて、その原因をカギのかけ忘れだと思ったとしたらどうする?」

「家に確認に帰るでしょうか」

「だよね。帰って確認してみると、ちゃんとカギがかかっている。よかったと思ってまた出勤するんだけど、駅まで行くとまた不安になって確認に帰ってしまうんだ」

「どうして、そんなことになるんでしょうか」

「カギのかけ忘れが不安の原因ではないからだよ。カギのかけ忘れが不安の原因だったら、一度確認するとその不安は消えるはずだよね。でも、また不安が出てくる。また家に帰る。やっぱりカギはかかっていた。また駅に行く。でもまた不安になる……何度も家と駅を往復しているうちに仕事に行けなくなってしまうケースもあるんだ」

「考えるだけでつらそうですね」

「そういう人が精神科を受診すると『強迫神経症』や『強迫性障害』と診断される」

「う~ん……」

「リストカットに代表される自傷行為をする人もいる。それは『痛い!』と感じた瞬間、脳がその痛さをコントロールしようとして、快楽物質のドーパミンや脳内麻薬とも言われるβエンドルフィンが放出される。血が出る……収まってくる……自分が浄化されたような気持ちになるんだ。だから、自傷行為で血を見ることが病みつきになる」

「そういう人は、どういう診断になるんでしょうか?」

「おそらく『パーソナリティ障害』という診断になるね。このパーソナリティ障害は自傷行為をすることで周囲を操作しようとしていることもあれば、誰にも言わずにただひたすら手首を切って、その痛みに1人で耐えているような人もいるんだ」

「なんとも言いようがないです……。ゾッとしますけど、実際に聞いたことがあります」

「みんな、混合状態がつらくて、それを打ち消すために自分でなんとか解決しようと思っているんだ。依存症と呼ばれるものはほぼそうだけど、一時的に不安が軽減されるだけで、行動をやめるとまたすぐに不安が出てくる。つまり、また症状が現れる。そしてまた同じ行動を繰り返してしまう」

「そうやって、ハマっていくんですね」

「残念なことに、そういった行動はどんどんと強化されてしまうんだ。そんな依存の仕組みや、依存による精神的・身体的・社会的な弊害、それに依存からの離脱後の禁断症状についても、しっかりと知ってもらう必要がある」

 亀仙人のレクチャーは、たしかに筋が通っていて納得できます。私の真剣な眼差しに応えるかのように、亀仙人は続けます。

「混合状態がつらくて不安を訴える人に、精神科医がその不安にだけ焦点をあてて話を聞けば『不安神経症』という病名になって、抗不安薬を与えるという治療になる」

「うつではないのに、うつだと診断されるのと同じですね」

「そうだよ。表層の症状だけをとらえて本質が全然見えていないんだ。本質を見るためには、30分やそこらの初診では絶対に不可能だと断言するよ」

「なるほど……」

「双極性障害なのに、そう名づけてもらえず、苦しみながら病気と戦い続けている人が、どれだけいるのかと思うだけで、押しつぶされそうになる」

 亀仙人は遠くを見ながら言います。

「どこを見てるんですか?」

「え? ……遠くだよ」

「遠くってどこですか?」

「未来かな」

(見えないでしょ……)

 

 遠くを見たまま固まっている亀仙人をさておいて、私はつぶやきます。

「要するに、多くの症状は根本を見れば、双極性障害でくくることができるってことですね……」

 そんなつぶやきに反応するかのように、亀仙人はこちらに向き直って言います。

「そうなんだ。不安や焦燥から逃れたくてお酒を飲むって誰にでもあるでしょ」

 その言葉に私はうなずきます。

「たしかに、居酒屋やカラオケでストレス発散なんて誰でもしますよね」

「みんなストレスからくる不安やあせりから逃れるために、さまざまな行動をとっているんだ。そういうのを『セルフメディケーション』といって、よいものを『グッドセルフメディケーション』、悪いものを『バッドセルフメディケーション』と名づけることにしよう」

「『グッドセルフメディケーション』と『バッドセルフメディケーション』ですか……ちょっと長いですね」

「そこ?」

「なんだか言いにくいです……」

「じゃ、『グッド』と『バッド』ということにしておこう」

「今度は、短っ!」

「要するに問題は、程度と、『グッド』か『バッド』かに尽きるんだ」

「お酒でストレス発散自体は『バッド』ではないけれど、度を越すと周囲に迷惑をかけることになって『バッド』ですもんね」

「お酒ではなく、それがドラッグだと法律違反で『バッド』だしね。問題は『バッド』のほうが即効性があって刺激的かつ魅力的だということ」

(たしかにそうだ……)

「だからどんどんハマっていってしまうわけだけれど、持続性がないし、違法だったり、人に迷惑をかけたりして人間関係をどんどんと壊してしまうものもある。逆に『グッド』の場合、即効性はなくても持続性があるんだ。うちのクリニックでは、時間をかけて、この『グッドセルフメディケーション』というのを教えていくんだ」

「そうなんですね」

「またゆっくりと話すけれど、たとえば呼吸法とかだとお金がかからないし、誰にも迷惑をかけない。それにどこでもできるしね」

 そう言いながら、亀仙人はガサゴソやってまたコアラのマーチをひとつ取り出します。絵柄を確認しながら「これもまたレアだなぁ……」とつぶやいて、私に手渡します。

 受け取って見ると、盲腸コアラです。お腹に傷のあるコアラが泣いています。かわいいコアラの痛々しい姿が、少しだけ今の自分と重なりました。私は躊躇なく口に放り込んで噛み締めながら、思いました。

(亀仙人、なんか変わっているけど、頼りになりそう……)

続きは本書でお楽しみください。