女子の死活問題/『運動音痴は卒業しない』郡司りか⑤

小説・エッセイ

公開日:2020/8/15

 好きの基準ってなんでしょうか。

 小学3年生のとき、友達が持ってきた筆箱がピンクでクマちゃんでどちらかといえば可愛いものだとしたら、女子はみんな「可愛い!」と言いました。

 けれど私は、

「うーん、可愛い…かもしれん、一般的には。たぶん。けどほんまに可愛いんかな? クマってリアルにしたら可愛くないし襲ってくるし、背景ピンクやし水玉が紫色やし、これは私基準で可愛いん?どうなん?」

 と、クマちゃんとピンクが好みかどうかジャッジにやたら時間がかかるうえに、一般的には可愛いかな程度の生半可で伝えることを自分に許さず、なかなか言葉が出ないのです。

 もっと簡単に言えたらいいのに、「本当にそうだ」と思っていないと口に出せないという面倒な小学生です。どちらかといえば私が可愛くない。

 そうこうしているうちにベルトコンベアは流れて、次の友達が「可愛い!」と言う順番になります。

 結局、可愛いって言ってない。

 同意ができないというのは女子にとって死活問題です。女子は同意をして仲間を作るから。(私調べ)

 こんな面倒な友達が流行りの遊びもできなかったらどうしようもない。

「りかちゃんも踊ってみてや。」

 昨日まで仲良くお絵かきをしていた友達が全員ダンスを始めました。(悲劇)

 当時流行っていた小さなアイドル、ミニモニ。に感化され、休み時間になるとクラスの女子はチェックのスカートで元気に歌って踊るのです。

 そのダンスがどんなものだったか思い出せないけど、とりあえず言われるままにやってみよう。

。。。

 次の日から、私以外のクラスの女子はダンスに勤しみました。

 昨日はいわばテストだったのです。

「りかちゃんちょっと変やけど、ダンスができるんやったらこれからも一緒に遊ぼう。」

 で、結果は言わずもがな。

 …まあ一応言っておくと、踊るどころか一回転もできずに両足が絡まりそのまま後ろに倒れ、いつか妹が床に投げ捨てたポポちゃん(幼児用ぬいぐるみ)の格好で天井見つめてフリーズしました。忘れもしない小3夏。

 ということで、休み時間は国語の教科書を読んで過ごすことになったのです。

。。。

 次の日から、図書室で本を借りました。

 国語の教科書にも飽きたし見栄を張りたいので、難しそうな分厚い本を借りては教室で読みます。

 本を読みながら思いました。

「もしかするとミニモニ。も友達も、まるで自分の体が自分の思う通りに動くなんて、夢のようなことが当たり前なんじゃないか。」

 それがなぜ自分は当たり前にできないのか。

 できないことは本当に悪いことだろうか?

。。。

「小さなモモにできたこと、それはほかでもありません。あいての話を聞くことでした。」(p23抜粋)

 今もしその頃の私に会えたなら、「モモ」ミヒャエル・エンデを贈りたいです。

 浮浪児で帰る場所のないモモは、あいての話を聞くことだけで自分の新しい居場所を作ります。モモにとっては唯一の特技であり、その他に特別得意なことはないのです。

 けれどモモの周りに、あいての話を聞ける人ばかりがいたとしたら、モモの特技は目立つものではなかったと思います。

 それなら、自分のいる場所によって特技というのは変化するのかもしれない。

 もし世界中の人が私並みに運動音痴だったら…考えただけでヤバイ世界だ。

 けれど、少なくとも私はテレビに出ていないと思います。

 それよりも、もしそんな世界になったら、まず危険防止策として路上でのスキップ禁止令を出したい。

<第6回に続く>

プロフィール
1992年、大阪府生まれ。高校在学中に神奈川県立横浜立野高校に転校し、「運動音痴のための体育祭を作る」というスローガンを掲げて生徒会長選に立候補し、当選。特別支援学校教諭、メガネ店員を経て、自主映画を企画・上映するNPO法人「ハートオブミラクル」の広報・理事を務める。
写真:三浦奈々