THE ORAL CIGARETTES山中拓也の連載がスタート!「断髪式」/他がままに生かされて①

小説・エッセイ

更新日:2021/2/8

山中拓也初著書『他がままに生かされて』の刊行を記念した特別短期連載。2月は4回にわたり、本文から抜粋したエッセイを先行配信! 3月以降は本書のスピンオフ企画「僕を生かしてくれた人たち」を配信予定なので、乞うご期待。

山中拓也

断髪式

 僕は4~6歳の間、父親の仕事の都合でタイに住んでいた。自分の家にはお手伝いさんが住み込みで働いていて、幼稚園のプールに行くときも、アイスキャンディーを買うときもお手伝いさんと一緒。両親が仕事で忙しかったこともあり、この頃、一番長く一緒に時間を過ごしたのは間違いなくお手伝いさんだった。

 今の僕からは想像がつかないかもしれないが、小さいときの思い出といえばただひたすらに泣いて、泣いて、泣き続けた…という記憶しかない。「子どもの仕事は泣くことよ」と思う人もいるだろう。そうだとしたら、明らかに働きすぎている子どもだった。なにが悲しくて、そんなに泣いていたのか。今思えばその正体は《不安》だったのだろうという結論に落ち着いている。友だちと遊んでいても、一緒にいて落ち着くという感覚はないし、常に不安を抱えて過ごしていた。その不安に理由なんて別にない。ただただ、他人が苦手だった。だから、絶対的に安心できる時間は、家にいるときかお手伝いさんと一緒にいるときだけだった。

 その後、父親の転勤に伴って日本へ帰ることになるのだが、もちろんお手伝いさんはついてこない。その現実に気が付いたのは日本に着いて3日くらい経った頃。「ねぇ、おてつだいさんはどこなん?」と家族に聞くと「あの人はタイの人なんだから日本には来ないよ」という答えが返ってきた。衝撃的だったが、「またいつか会えるはず」と思っていたから、寂しさはそれほど感じてはいなかった。

 

 日本の小学校に通うようになっても泣き虫な性格は変わらない。母親の姿が見えなくなると途端にぐずぐずと泣きはじめ、飽きることなく一日中その状態が続くのだ。園長先生からもらった通知表には「これだけ何時間も泣けるのは根性でしかないので、この子は根性があると思います」という取って付けたようなコメントが書かれるくらいだった。

 すぐに泣く、というのは子ども目線で見るとどうやら面白いらしく、僕は小学1年生の頃、軽いいじめにあっていた。僕にだけ配布物が渡されない、という小さな嫌がらせだったが、効果は抜群。「どうして僕のだけないの…?」と悲しくなってすぐに泣く。すると、面白がった同級生が「うわ、すぐ泣くやん!」とはやし立ててさらに泣く、というループの中をぐるぐると回ることになった。学校行事のときも自分から声をかけられず、「誰かが声をかけてくれる」と思っていたら、結局一人ぼっちになって泣いたこともある。先生に「誰か、山中君のこと入れてあげて」とまわりに声をかけられるとみじめな気持ちになって悲しさは増し、涙が止まらなかった。誰かに声をかけてもらわないとなにもできない自分のことが心底嫌で、「なんの狂いもなく毎日が終わってほしい」、そう願い続けた幼少期だった。

 父は仕事で忙しく、ほぼ家にいることはなかったが、小学2年生のある日出張から帰ってきたタイミングで突然学校のことを聞かれた。

「お前、学校で上手くいってないのか?」
「上手くいってないこともないけど…」
「でもお前、ずっと泣いてんねやろ? そんな髪型してるから女の子みたいにピーピー泣くんや」

 そう言って、突然父に美容室へと連行され角刈りにされる始末。子どもの頃、僕の髪の毛はサラサラしていて「女の子みたいにきれいな髪の毛ね」と周囲の人に言われるたびに嬉しい気持ちになれた。大切なアイデンティティーのひとつだった。

「なんでこんなことすんねん‼」父親に泣きながら怒鳴り、角刈りになった自分の頭を見ては途方に暮れた。しかし、この父の行動は間違っていなかったのかもしれない。髪の毛を男の子っぽくしたら、それ以降「強くいなければ」という気持ちが働いてピタリと泣かなくなった。見た目の変化は性格の変化に繋がると言うことを思い知ったのはこのときだった。大人になった今でも、妖艶なシーンを撮りたいとき、セクシーな声を出したいとき、切ない所作を見せたいときにはその感情に合った気持ちになれる服を選んでいる。父親からの強引な断髪式が僕に教えてくれたことは、計り知れない。

 

 断髪式を終えたタイミングで、クラスに一人の男の子が転入してきた。この出会いも僕を強くしてくれた要因だ。いじめられっ子の僕を知らない唯一のクラスメイト。僕は、「この子となら一から関係を作れるかもしれない!」と直感で思った。その子はすごくやんちゃな男の子で、ふざけながら小突き合っていたらエスカレートして殴り合いのケンカに発展することもあった。そんな毎日を過ごしていたら、1年後僕はもう泣くことをやめ、殴られてもへこたれない《男の子》になっていた。

 いじめの中心人物だった男の子に、廊下ですれ違いざまにいきなり胸ぐらをつかまれたこともあったが、しれっと張り倒せるくらいにはなっていた。それからは、手のひらを返したように、いじめられることもなくなり、みんなが僕にすり寄ってきた。もちろんいじめられなくて嬉しいという気持ちも感じていたが、同時に人間の脆さも目の当たりにした。力で勝てないと思った人間のことはいじめないし、いじめている人の周囲で笑っている人は自分のことを守っているだけ。世の摂理を子どもながらに感じて、そこから僕はどこか冷めた目で世の中を見るようになってしまった。

<第2回に続く>

山中拓也●1991年、奈良県生まれ。ロックバンドTHE ORAL CIGARETTESのヴォーカル&ギターであり、楽曲の作詞作曲を担当。音楽はじめ、人間の本質を表すメッセージ性の強い言葉が多くの若者に支持されている。17年には初の武道館ライブ、18年には全国アリーナツアーを成功におさめ、19年には初主催野外イベント「PARASITE DEJAVU」を開催し、2日で約4万人を動員。20年4月に発売した最新アルバム『SUCK MY WORLD』は週間オリコンチャートで1位を獲得。