実力/和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。③

小説・エッセイ

公開日:2021/3/16

人気お笑いコンビ・和牛の初エッセイ『和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。』。日常のひとコマから子どもの頃の思い出、劇場のことなど和牛節が全開! 本書から人気のエッセイを全6回でお届けします!

和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。
和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。』(和牛 水田信二、川西賢志郎/KADOKAWA)

実力 水田信二

 料理人の実力にも色々な種類があります。まず最低限、美味しく作れるという実力は絶対に必要です。しかし美味しい料理を作れる料理人ほど料理以外の実力も兼ね備えているものです。料理人というのは色々なものを見ていなければいけません。それも見てないようで見てるということが大事です。例えばカウンター席があるお店だと、お客さんがカウンター内の料理人を気にせず自分達の仕事の話、もしくはプライベートな話をできるよう配慮しなければなりません。

 仕事の話をしてそうな人達が急に小声で喋りだしたらそれとなく離れます。ただ離れるだけではダメです。離れた先に何か取りたかった物や作業があったかのようにして離れるのです。「あの店員さん、こっちの話聞いてて離れたな」となっては「基本的に聞かれてる」と思わせてしまいます。「この店、仕事の話はしにくいな」となるのです。

 男女のお客さんの場合も気をつけなければいけない瞬間はたくさんあります。男性が女性にキザな言葉をかけてそうな時は近づいてはダメです。気兼ねなく口説いていただきましょう。夢を語ってそうな時も近づいてはダメです。料理を食べ終わり、お酒もおそらくもうおかわりは注文されない、終電の時間も近づいてるとなったら要注意です。男性が女性にまだ帰したくない意思を伝えるかもしれません。場所を変えて飲み直そうと伝えるかもしれません。店員さんが近くで聞いてると男性は誘いにくいし、誘えたとしても女性は返事に躊躇するかもしれません。女性だってまだ帰りたくないかもしれないのに、あと1、2杯だけその男性と飲んでから帰りたいくらいに思ってるかもしれないのに「店員さんに聞かれてるのに、どこにでもついて行きそうな女の子だと思われたくないわ。本当に1、2杯で帰るつもりだもん!」と考えてしまうかもしれません。雰囲気のよくなった男女の終盤は要注意です。

 そして離れることが必ずしも正解にならない場合も。男性が料理やお酒について語ってる時は遠すぎず近すぎずの距離を保ち、喋ってる内容が正しかった場合「お詳しいんですね」と一言かけるのもアリでしょう。女性の前で自分の知識を褒められて気分がよくなることはあっても嫌な気になる男はまずいません。

 グラスを下げるタイミング、料理を出すタイミング、立っている時の距離感。料理が美味しい以外にも料理人の実力が垣間見える瞬間はたくさんあるのです。しかしそういう実力まで兼ね備えた料理人の下で働く後輩は大変です。もちろん自分の成長につながるという意味でいえば幸せですが、自分の仕事の未熟な部分を全て見透かされますから。まかないを担当する日なんて新人は前日から、いや前々日からドキドキします。自分の考えたレシピで自分が作った料理を親方や先輩方に食べてもらう、自分の今の実力を全て見られるようなものです。芸人で例えると、まだ1、2年目の若手芸人が、自分がおもしろいと思って見ていた先輩芸人さん達の前でお客さんがいない状態で新ネタを披露するようなものです。ゾッとするでしょう? まぁ98%スベりますよ。つまり、まかないもスベるということです。褒められるようなことはありません。優しいお店なら「ここはこうしたらいいんちゃうかな」なんてアドバイスもくれますけど、厳しいお店ならまかないに対して「いただきます」と「ごちそうさま」しか言ってくれません。でもそのまかないのなにがどう悪かったのかは先輩はみんなわかってるんです。僕が料理人だった時、まかないの炒め物にカレー粉を振っていたら背を向けたままの先輩から「カレー粉はちょっとにしとかなあかんで」と言われたことがあります。怖かったですよ。おそらく僕が食材や調味料を用意してる段階で、その時の僕の実力から「こいつはカレー粉を振りすぎるだろう」と予想し、尚且つ聞こえてくる音だけで料理の進行具合を把握し、その瞬間にカレー粉を振ってると確信したから「カレー粉はちょっとにしとかなあかんで」がでたわけです。まさに見てないようで見てるんです。怖いけど憧れますよね。こういう先輩になりたいと。

 僕は舞台袖で出番前の後輩の肩に糸クズがついてるのを見つけてなにも言わず取ってあげたら、その後輩が振り返って僕に「肩になにかつけたでしょ?」と言ってきました。これはね、見られたいように見られてないというやつです。一番カッコ悪いやつです。優しくて気の利く先輩だと思われたいのにしょうもないイタズラ好きな先輩だと思われてたんです。そしてそれを僕はね、今も覚えてるんです。気にしてないようで気にしてるんです。忘れないという実力です。芸人の実力にも色々あるんです。フフフ。フフフフフ。

和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。

<第4回に続く>