理想の女房/オズワルド伊藤の『一旦書かせて頂きます』㉓

小説・エッセイ

公開日:2021/10/22

オズワルド伊藤
撮影=島本絵梨佳

結婚に関して考えなければならないなと思ったことも、そろそろそんな年齢だなと思ったこともない。かといって結婚したくないなと思ったこともない。無意識。とにかく無意識だった。蟹食ってる時くらい意識の外のお話だったのだ。

ところが最近になって、彼女が出来たわけでも誰かと深く結婚について話をしたわけでもないのだが、どうやら現状関係はないにしても、自分の人生とそんなに遠いお話ではないことに気が付いたのである。

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まあまあ32歳にもなれば、当然周りの友人知人も独身の人間の方が少なくなっていって、自分もそれについて意識せざるを得なくなるのだろうが、結婚について少し考えるようになったのは、まともな給料がもらえるようになったからというのが1番大きいのかもしれない。

要は出来るようになったからだと思うのである。

相手もいないのにちゃんちゃらおかしいが、逆に言えば相手がいれば可能なのである。

もちろんそれに関して、金などなくとも可能であることや幸せになれる可能性も大いにあることではあるが、少なくとも上手くいかないに決まってると思わせる大きな要因の1つは消し去ることが出来た。だから意識の中に入ってきた。全く意識してなくとも、冷蔵庫あけてカレーが入ってたらカレー食べたくなるみたいなことな気がする。食えないと思っていたものが、自分次第ですぐにでも食えるみたいな。

そうなってくると、理想の女房なんて想像してみたりする。

今まではとにかくエロかったら愛していたが、これからは結婚を意識してしまうため色々と考えてしまう。無論エロくても愛せるのだが。

なんかこう言葉にして一言でまとめるの不可能だなと感じる。
エロいとかかわいいとか優しいとか面白いとか山ほど出てきてしまう。

というわけで、こんな感じの人まじ理想だわみたいな人を全力で想像してみた結果、以下の女性が見事グランプリを獲得したのでここに発表したいと思う。

 

俺には女房と高校2年生の息子がいる。

10年前に、ええいままよとローンを組み3人で一軒家に暮らしている。まだ小学生だった息子と、明るく優しい女房に囲まれて俺はとにかく幸せだった。

ただそれはもう10年も前の話。

現在の俺は、2年前に同僚から独立の誘いを受け、会社を辞め独立資金を丸投げした直後、同僚は行方不明になり、そのまま2年の間働きもせず僅かに残った貯金と女房のパート代だけで暮らしている。息子とはもう丸2年なにも喋ってねえなあ。

そんなある日、女房が隣の家のばあさんとベランダで話している声が聞こえてきた。

「あんたいつまであんなだらしない男の面倒見てるつもりなの?」

余計なお世話だばあさんよぅ。

「あんた器量もいいんだし、あんな男捨てちまって息子さん連れて誰か他のいい人探した方がいいんじゃない?」

黙れ黙れ。俺だって好きで働かねえわけじゃねえやい。ただ積み上げて来たもんが全部なくなって、もう立ち上がり方がわかんねえんだよ。

なんてことを言えた立場も気合いも金もなくなっちまった俺は、ただただあのいけすかねえばあさんの人をこけにした声に耳を傾けていた。

すると、長い間黙っていた女房がようやく小さく強く呟いた。

「あの人の力になりたいんです。あの人は私に力をくれたから」

もう、バカ女がよ。俺がお前になにしてやれてるってんだ。お前が選んだあの頃の俺なんてもう存在しちゃいねえんだよ。

涙が止まらなく、いっそあのおせっかいなばあさんに加勢しちまった方が楽になれるんじゃねえかなんて思った視線の先に、背中を向けたまま胡座をかきはじめた息子が、母親によく似た小さく強い声でこう言った。

「だってさ父さん。」

俺は次の日からハローワークに通い始めた。

 

みたいな人がいいまじで。

こんな理想の女房に出会えるかはさっぱりわからないが、1つだけわかっていることは、酒飲んじゃあ遅刻ばっかりしてる男には現状そんな女性の影すら見つけられないということである。

一旦辞めさせて頂きます。

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オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019、2020、2021ファイナリスト。


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