現役弁護士作家が放つ、青春リーガル・ミステリ!――『六法推理』五十嵐律人 文庫巻末解説【解説:千街晶之】

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/2

法律マシーン・古城と、女子大生で自称助手・戸賀のコンビが事件に挑む。
『六法推理』五十嵐律人

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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『六法推理』文庫巻末解説

解説
せんがい あきゆき(書評家) 

 二十八年間に六十五人。この数字が何を意味しているかがすぐにわかったひとは、相当な新人賞マニアである。
 実はこれは、一九九六年から二○二三年までのあいだに、メフィスト賞を受賞した作家の人数である(ただし、第六十五回受賞作のかねれいすけ『死んだ山田と教室』の刊行は二○二四年の予定)。一般の新人賞とは異なり、講談社文芸第三出版部の合議で決まるメフィスト賞は、年に何作授賞するという決まりがなく、そのため右記のような大人数がデビューしているわけだが、ミステリに限らないエンタテインメントの賞であるとはいえ、ミステリに含まれる受賞作が多めなのも事実だ。ここ十年ほどは、はやさかやぶさかいのうえもとかなゆうはるしおたにけんら、本格ミステリ系の有力な作家を輩出している。
 そんな作家のうちの一人が、第六十二回メフィスト賞受賞作『法廷遊戯』で二○二○年にデビューした五十嵐いがらしりつである。一九九○年に岩手県もりおか市に生まれた著者は、中学生の頃にひがしけいの小説にはまり、東北大学法学部に入学してからは法律を学んだ。『法廷遊戯』は司法試験合格後、裁判所事務官・書記官を務めていた時期に執筆した小説であり(メフィスト賞受賞後に司法修習を開始している)、ロースクールを舞台に、学生たちによる模擬裁判を描いた第一部と、実際の裁判を描いた第二部から成る前例のない法廷ミステリとして注目を集めた。
『法廷遊戯』刊行後に弁護士になったが、その傍らで執筆も続け、『不可逆少年』『原因において自由な物語』(ともに二○二一年)とコンスタントに長篇を発表してきた。『法廷遊戯』はミステリの年間ベストテン企画で軒並みベストテン入りし、また『原因において自由な物語』は第四十三回よしかわえい文学新人賞の候補になるなど、その実力は高く評価されている。
 そんな著者が短篇の書き手としても非凡であることを私が認識したのは、「小説 野性時代」二○二一年九月号に掲載された「六法推理」を読んだ時である。ざん大学法学部四年・じようゆきなりは、学内でトラブルを抱えた学生の話を聞き、法的な観点からアドバイスをする「無料法律相談所」(略称「ほうりつ」)を一人で運営している。この「無法律」に、経済学部三年のりんがやってくる。彼女が住むあやハイツの102号室は、三年前に女子大生がくびり自殺した事故物件。しかも、死ぬ直前に女子大生が産んだと思しき赤子は発見されなかった。その102号室で、最近になって赤子の泣き声が聞こえるなどの怪現象が起きているというのだ。何者かによる嫌がらせの可能性を疑った戸賀は、法律問題が絡んでいるのではとひらめいて「無法律」を頼ることにしたという。古城は戸賀とともに実際に愛子ハイツを訪れ、管理人や住人たちから事情を聞いた。そこから浮上したきようがくの真実とは……。
 本作を読んだ時、私はそのユニークな発想と、短篇ミステリとしての切れ味にうなると同時に、「無法律」という設定をこれ一作で使い捨てにするのはもったいないのでシリーズ化すればいいのではないか……と思った記憶がある。著者自身もそう思っていたようで、後にこの短篇を表題作とする連作に仕立て上げた。今、貴方あなたが手に取っている本書、『六法推理』(二○二二年四月、KADOKAWAから刊行)がそれだ。なお、表題作以外の作品はすべて書き下ろしである。
 本書は「六法推理」「情報刺青」「安楽椅子弁護」「親子不知」「卒業事変」という五つのエピソードと、各篇に挟まれた四つの「幕間」から成っている。表題作で依頼人として登場した戸賀夏倫は、「情報刺青」では押しかけ助手として「無法律」に出入りするようになっている。そしてコンビを組むかたちとなった二人は、リベンジポルノの流出、放火疑惑、毒親への対処といった案件についての依頼を受けることになる。全体のタッチは著者のそれまでの小説よりカジュアルな印象ながら、扱われている案件はかなり深刻だ。
 一般にミステリの世界で、作家自身の職業が反映されやすい分野は医療ミステリと法廷ミステリがそうへきであり、前者は医師、後者は弁護士または検事の経験者が執筆することが多い。著者もその一人ではあるものの、実はかなり独特のスタンスを持つ。わかばやしふみ編『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』(二○二三年)所収のインタヴューにおいて、著者は「簡単に申し上げると、海外ではいわゆる法廷での逆転劇が起こりやすい法制度になっているのですが、日本ではどんでん返しが起こりづらいようになっているんです」「起訴されて裁判が進んだ段階で新証拠が突きつけられて真相が引っくり返る、これはほぼ有り得ません。その前段階として証拠が検証されているわけですから、逆に裁判が引っくり返るような出来事が起こっては、司法の信頼性が揺らいでしまうんです。これは同僚の弁護士ともたまに話していることなんですが、「法廷ミステリにおけるどんでん返しって、日本の法制度に照らし合わせると実はあってはならないことなんだよね」と」「先ほど日本のリーガルスリラーについてやや分が悪いことを言ってしまいましたが、法廷ドラマではなく、それ以外の人間ドラマの部分を読んだ時に作家として学ぶべき点がある素晴らしい作品が多いと思います。そういう部分は範としつつ、やはり現実の法制度にのつとった小説を書いていきたいです」と述べている。実際、本書でも、法廷シーンは第三話「安楽椅子弁護」にしか出てこない。法廷という、フィクションの世界では劇的に描かれがちだが実際にはそうならない舞台を使わずに、いかにして法律問題を人々の実生活に寄り添ったかたちで描いていけるか──それが本書の試みなのだ。明らかに刑法に触れる案件や、死人が出るエピソードまであるので「日常の謎」とは言いづらいにせよ、狙いとしてはそこに近い。
 幕間で描かれるように、古城は父・母・兄がそれぞれ裁判官・弁護士・検察官という法曹一家に生まれたが、卒業間近でありながら未だ将来像をつかみきれず、モラトリアム状態の中にいる。また、彼の迷いはそれだけにとどまらない。学内で「血も涙もない法律独裁者」だの「感情を失った法律マシーン」だのといった評判を立てられている彼は、法律の知識をもとにロジックを構築する能力にけているが、そのため依頼人の望まない結論に達してかつとうとらわれたりもする。実像の彼は、決して独裁者でもマシーンでもないのだ。そんな古城の、人間の心理を洞察するのが苦手という弱点を補うのが、法律方面には素人しろうとながらも優れた洞察力・推理力を持つ戸賀の役割だ。二人が異なる結論を出し合うことで、この連作は多重解決ミステリの様相を呈している(あおさきゆうの「ノッキンオン・ロックドドア」シリーズ、よねざわのぶの「図書委員」シリーズ、たかの『友達以上探偵未満』、もんこうへいの『バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵』といった、役割分担があるダブル探偵ものの系譜に属しているとも言える)。そして、カンニング騒動に戸賀が巻き込まれる最終話「卒業事変」において、戸賀や各エピソードの関係者たちとの関係を通じて、古城が成長していたことが描かれるのである。
 著者は本書刊行後、『幻告』(二〇二二年)、『魔女の原罪』『真夜中法律事務所』および刑法の解説書『現役弁護士作家がネコと解説 にゃんこ刑法』(いずれも二○二三年)をじようしている。また、その後「小説 野性時代」には、本書の続篇にあたる短篇「密室法典」「今際言伝」「閉鎖官庁」が掲載されており、『密室法典』として二〇二四年四月に刊行予定である。優れた多重解決ミステリにしてユニークな青春小説でもある「無法律」シリーズのその後の展開を楽しみに待ちたい。

作品紹介・あらすじ

六法推理
著 者:五十嵐律人
発売日:2024年03月22日

現役弁護士作家が放つ、青春リーガル・ミステリ!
キャンパスの片隅で無料の法律相談所を開いている古城のもとに、経済学部の戸賀がやって来た。下宿先の怪現象に悩んでおりその正体を探ってほしいと言う。古城は事故物件の規制を踏まえて推理するが、戸賀と現場で話すうち、意外な犯人に辿り着く――。リベンジポルノ、毒親問題、カンニング騒動など学生を悩ます事件はおまかせあれ。法律マシーン・古城と、自称助手・戸賀のコンビが事件に挑む。

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