女性警官が巻き込まれた奇妙な銃撃事件。混迷する事件の真相とは?『花嫁をガードせよ! 花嫁シリーズ』赤川次郎 文庫巻末解説【解説:青木千恵】

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/1

大人気シリーズ第31弾!
『花嫁をガードせよ! 花嫁シリーズ』赤川次郎

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

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『花嫁をガードせよ! 花嫁シリーズ』文庫巻末解説

「花嫁」たちへのエール

解説
あお (書評家)

 今この本を手に取っておられるのは「読むこと」、読書が好きだったり、あかがわろうさんのファンだったりする方なのかなと思う。
 今回解説を担当している私も、子どもの頃から「読むこと」が好きだ。映画や美術ならば「観ること」だろうか。ここ数年はスポーツも好きで観ていて、誰かの「表現」に触れるのは楽しい。ただ二年ほど前に、会って話していた人が「本は読まないなあ」と言った。三十年ほど前に勤務先で、「小説は役に立たないから読まない」と言われたこともある。そう言ったときのその人の表情と声を覚えているのは、“未知との遭遇”のように私には驚きで、印象に残ったからかと思う。人はそれぞれだから、「私の好きなこと」に関心がない人はいて、小説や映画は生活必需品ではないのだろう。でも、前に言われたように、小説とは本当に役に立たないものだろうか?
 本書は、第一弾の『忙しい花嫁』が一九八三年にノベルスで刊行され、その雑誌連載から数えても四十年以上にわたって続く、「花嫁シリーズ」の第三十一弾である。毎回なんらかの形で「花嫁」が絡むのが、花嫁シリーズの特徴だ。好奇心おうせいな女子大生のつかがわが、愛犬のダックスフント、ドン・ファンとともに数々の事件に遭遇する。二人(?)のほか、亜由美の父のさだ、母のきよ、親友のかんさと、彼氏で大学准教授のたにやま殿とのなが部長刑事らが、シリーズを通した登場人物だ。どこかのんな人物たちのやり取りが抜けていて、くすっと笑わせながら事件の謎が解き明かされていくユーモアミステリーである。第一、二弾と、第三十弾『綱わたりの花嫁』(二〇一六年)が長編作だったほかは、中編二作をペアで収録するスタイルで刊行されており、第三十一弾の本書には、表題作の「花嫁をガードせよ!」と「花嫁は日曜日に走る」の二作が収められている。
 一編目の表題作は、保守党の国会議員、くらもとたいぞうが銃撃される事件から始まる。SPが付いていたのに、とつに蔵本をかばって撃たれたのは、M署交通課の警察官、西にしわきひとだった。居合わせた亜由美とドン・ファンの加勢で一命をとりとめた仁美は、夜に結婚式の日取りを決める予定だったが、それどころではなくなる。一方、取り押さえられた狙撃犯は、取り調べ中に自殺をしてしまう──。
 二編目の「花嫁は日曜日に走る」は、N女子高校陸上部のかなあさが、早朝のランニング中に突き飛ばされる事件から始まる。偶然通りかかった亜由美が谷山とともに川から救助すると、麻美は記憶をなくしていた。さらに、火事などの不審な事件が相次いで──。
 という二編が収められた本書は、二〇二四年の今読むとなお、赤川次郎さんの「社会を見る目」にうならされる一冊である。本書は二〇一七年十二月にジョイ・ノベルス(実業之日本社)で刊行され、二〇二〇年六月に実業之日本社文庫で文庫化された。今回は二次文庫だが、二〇二〇年以降に現実の社会で起きた出来事を考えると、どうもくせざるを得ない。現実の社会で、国際オリンピック委員会(IOC)総会がブエノスアイレスで開かれて、二〇二〇年オリンピック・パラリンピック夏季大会の開催地が東京に決定したのは、二〇一三年九月のことである。一九六四年以来、五十六年ぶりの東京開催に向けて準備が進められていたが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)が発生して、二〇二〇年三月に「一年延期」が決まった。そして長期化したコロナ禍の最中だった二〇二一年に、オリンピック・パラリンピックが開かれた。この経緯は記憶に新しいと思う。このような事態が起こる数年前に、赤川さんはオリンピックをモチーフにして「花嫁は日曜日に走る」に描いていたのだ。
 もうじき作家生活五十周年を迎える大家であるにもかかわらず、赤川さんの描く世界は常に新鮮だ。変化の激しい社会と並走、どころか、本書のように“その先”を行くような作品を生み出せるのはなぜだろうか。赤川作品の新鮮さについて、私は二つの理由を挙げたことがあるので、おさらいしたい。一つは、“旬”の題材が新作に盛り込まれていること。本書であれば、二〇二〇年の開催が予定されていたオリンピックである。もう一つは、移り変わる世の中にあってぶれない「確かな視座」だ。本書では、銃撃事件やオリンピックをめぐって右往左往する大人たちの姿に、主人公の亜由美が真っ直ぐな目を向けている。二編のいずれにも「政治家」が登場している。表題作は、与党の政治家ながら今の政権を正面から批判している、五十八歳の蔵本泰造。二編目は、元副首相で「スポーツ界のドン」と呼ばれる、八十歳のゆうひろまさだ。蔵本は、かばってくれた「花嫁」の仁美を、恩人として気にかける。一方、〈いくつになっても、若い女が好み〉の結城は、結婚を考える恋人がいる「花嫁」のかみ西にしみどりを気に入っている。〈今は何ごとも金です〉というある人物のセリフは、「今」を反映している。
 赤川作品の中でも「花嫁シリーズ」の魅力は、趣向を変えては「花嫁」という存在を物語に織り込んでいく赤川さんの手練てだれの技を、毎回楽しめる点だと思う。一つ一つの物語は万華鏡のようで、読み始めると、そこには「花嫁」がいる。世の中と事件にほんろうされてくるくる回り、人間模様の花が生まれる。
「花嫁」をモチーフにした物語は数多く、私が最近に観た「ガザの美容室」(二〇一五年、パレスチナ・フランス・カタール合作)という映画にも「花嫁」がいた。パレスチナ自治区ガザの小さな美容室を舞台にした物語で、美容室の中は女性ばかりだ。結婚を控えた「花嫁」のヘアメイク中に、外で戦闘が始まる。「花嫁」の周りにあるのは、不条理な社会だ。本書で殿永が〈政治が絡むと、理屈が通じないこともある〉と言っているが、日本の「花嫁」の周りにあるのはどんな社会なんだろう? 危うい傾向にも目を向けて、赤川さんは物語を紡いでいる。
 もう一つ、「ユーモア」もこのシリーズの魅力だ。〈まあね。──うちは、家族一人一人が独立してるの〉と、亜由美が麻美に言うように、塚川家の人たちのやり取りが楽しい。〈今でも、オリンピック開催に反対するけしからん奴らがおるのだからな〉と偉そうな、頑迷ろうでいわゆる“老害”な結城のような人物についても、〈トイレはどこだったかな〉のひと言などに、妄想を砕かれた男性のそこはかとない悲哀が感じられて、なんだかしい。赤川さんが描くのは、どの人にも温かい上質なユーモアで、ほっとする。
 この四十年、日本はどんなふうに変わってきただろう。「花嫁」とは、選ばれる存在なのだろうか? どの人にも好きなことがあり、好きな人がいて、それは自分で大事に選んでいくものなのではないだろうか。
〈それに、エリはもともとオリンピックに限らず、イベントに熱中するという性格ではないのだ。その点は麻美も同じである。/走ることが好きだから走る。──結果、優勝するかどうかはその時次第である〉
 イベントもまあ楽しいけれど、人生を豊かにするのは、自分に好きなことがある、それを日々楽しむという、日常的な喜びの方が大きいと思う。「私の好きなこと」は、他の人にとって関心を覚えない、具体的なものが得られるかわからない「役に立たないもの」かもしれない。ただ少なくとも私は、本を読んだり、映画を観たりすると楽しい。スポーツで負け試合を観た翌日も観に行って「来るとやっぱり楽しいな」と思ったりする。もっと読みたいと思うのは、麻美やエリが走りたいと思うのと似ている。「あなた」に欠かせない、好きなことはなんだろうか?
 麻美もエリも、「走ること」が好き。本書の「走る」場面には、これからを生きていく人たちへの、赤川さんのエール(応援)が込められているように思うのだ。

作品紹介・あらすじ

花嫁をガードせよ! 花嫁シリーズ
著 者:赤川次郎
発売日:2024年03月22日

女性警官が巻き込まれた奇妙な銃撃事件。混迷する事件の真相とは?

塚川亜由美の目の前で、国会議員の蔵本泰造が何者かに銃撃された。亜由美と愛犬ドン・ファンの活躍で犯人は逮捕されたが、その場に居合わせた警察官・西脇仁美が蔵本をかばい重傷を負ってしまう。動かないSPと呆然とする犯人の姿を不審に思った亜由美は、犯人が取調べ中に自殺したという知らせを聞き、事件の真相を追い始めるが……。混迷する事件の行方は?
表題作の他、「花嫁は日曜日に走る」を収録。大人気シリーズ第31弾!

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