警察小説は今 “訟務課”が熱い! 『守護者の傷』『県警の守護神』刊行記念対談 堂場瞬一×水村 舟

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/6

堂場瞬一さんが2024年2月に刊行した『守護者の傷』。巡査部長の水沼加穂留と転職組の元弁護士・新崎大也が、違法捜査の有無をめぐり、組織の暗部に切り込む骨太警察小説です。2人が所属する“訟務課”は、警察が訴えられた民事裁判の対応をする部署。警察内でも知られざる存在だというこの課にフォーカスした小説がもう1冊、時を同じくして刊行されました。第2回警察小説新人賞を受賞した水村舟さんの『県警の守護神 警務部監察課訟務係』です。警察小説の大ベテランと期待の新鋭が共に注目する“訟務課”とは? 堂場さんと水村さんの対談をお届けします。

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聞き手・構成/タカザワケンジ

『守護者の傷』『県警の守護神』刊行記念対談
堂場瞬一×水村 舟

今までと違う警察小説

水村:私は堂場先生の小説の大ファンで、作品を読ませていただいています。今回の『守護者の傷』は今までの警察小説とは少し違うなと思ったんです。

堂場:女性が主人公ということもあるし、たしかにちょっとふだんとは違う感じですね。
 3年前に『刑事の枷』が出たあとに、次をどうするかという話になって訟務係を書こうか、と。取材もしたんですけど、諸事情あって中断していたんです。本当は去年出るはずでした。
 ほかに書かれていないから訟務係にしようと思ったんですが、いつもの警察小説とはだいぶ勝手が違うんですよね。ふだんは事件を追ってアクティブに動いてる刑事たちを書いていますが、訟務係って受け身じゃないですか。警察が訴えられた時に出番が来るのが訟務係。そこが他の警察小説にはない感じなんでしょうね。



堂場瞬一氏

水村:『守護者の傷』で印象的だったのが、主人公が捜査一課の刑事を取り調べする場面です。主人公の水沼加穂留が刑事を取り調べるが、逆にやり込められてしまう。あの場面はリアルにこういうことがあるんじゃないかと思いました。

堂場:捜査一課の刑事は捜査畑のエリート。プライドが高いし、現場の人から話を聞くのは相当大変だろうなと思いますね。捜査一課員は、ふだんから犯罪者を取り調べるような仕事をしているわけだから、調べられるほうになったらあれほど面倒な人たちはいない……というのはあくまで想像ですが。

水村:『守護者の傷』に限りませんが、先生の書くクセのある刑事や、プライドのある刑事にリアリティがあります。こういう刑事たちは自分にはまだ書けないなあ、と思います。見習いたいですね。



水村 舟氏

誰にも書かれていなかったはずの訟務係

堂場:訟務係で小説を書こうと思ったら、ネタはいくらでもありますよね。警察は常に裁判を抱えているから。ただ問題は、ストレートに裁判ネタをやっても面白くない。警察小説自体が、リアルに近づけば近づくほどつまんなくなるっていう問題がある。

水村:そうですか。堂場先生の作品はリアルだと感じますが面白いですよね。

堂場:かなり作ってますよ。捜査の現場は地道な作業の積み重ね。本当にやってることを書いたら、聞き込みの話だけで一冊終わっちゃう。急に大きなヒントも出てこないし、どんでん返しもない。捜査でどんでん返しがあったら大変なことになりますから。

水村:そうですね、たしかに。

堂場:リアルな警察は地味でつまらない。それをどうやってお話として成立させていくか。毎度毎度悩むところですね。
 訟務係となると裁判だから、さらに地味。たとえば、スピード違反の取り締まりを受けた時の警察官の態度が気に食わないからって、金持ちが変な訴えを起こす。で、そいつが途中で殺されちゃうとかね。やっぱりそこは殺されないと物語として展開しなくなります。

――堂場さんが『守護者の傷』をお書きになったのは、訟務係の中に物語が眠ってるという感じがしたからですか。

堂場:いや、しなかったですね。警察小説をいろいろ書いてるから、誰も書いていないところで書こうと。そういういう気持ちは常にあるんです。それで訟務係は誰にも書かれていないと思ったんですが、水村さんの小説とほぼ同時に出ることになって驚きました。あとは教養課の柔道の選手ぐらいしかないですね、書かれていないネタは。

水村:なるほど。それも面白そうですよね。

堂場:面白くなるかなあ。警察小説だかスポーツ小説だかわからなくなるでしょう(笑)。

――警察とスポーツ。堂場さんは両方得意な分野ですね。

堂場:ごっちゃにして失敗するパターンですね。まあ、でも警察には本当にメダリストとかいるわけだから、その人が引退して、今度は教える側になって――みたいなことって考えつくんだけど、たぶん書きません(笑)。

対照的な「弁護士資格を持った警察官」

――堂場さんの『守護者の傷』と水村さんの『県警の守護神 警務部監察課訟務係』は、訟務係だけでなく、女性警察官が主人公、警察内弁護士が登場するという設定も共通しています。しかし、弁護士資格を持った警察官・新崎大也と荒城勇樹は対照的なキャラクターですね。荒城は警察を守るためにはあらゆる手を使おうとする。新崎はなぜ警察に入ったのかが謎の人物です。

堂場:新崎はいろいろ個人的な事情のほうに振りました。荒城はかなり変わったキャラクターだよね。主人公の桐嶋千隼にあそこまでツンケンしなくてもって思ったけど(笑)。

水村:訟務係が取り組む訴訟が地味なので、振り切った人を出さないと物語が作れないと思ったんです。どんな手を使ってもいいから警察を勝たせるんだ、みたいな。荒城のキャラが決まったら、それとは逆に、青臭いけどまっすぐな人がいなくちゃということで女性警察官の千隼を作り、それでやっと物語が立ち上がりました。

堂場:千隼と荒城、それに拳銃発砲事件を起こすリオ。『県警の守護神』は、この主要3登場人物のキャラの背景がキツいですよね。ハードモードですよ、かなり。

水村:そうかもしれないですね。『守護者の傷』の主人公の加穂留は、別の意味で面白いキャラクターですよね。やる気があるのかないのかわからない。つかみどころがなくて。

堂場:やる気ないんだろうな、本当に。

水村:えっ、ないんですか!?

堂場:僕の小説によく出てくるのが、希望の部署に行けないで今のところに来ちゃった人。やる気をなかなか出せない人ですよね。現実にもそういう人はいるから、読者が感情移入できるようにそういう設定にしているんです。しかも加穂留は30歳。これからのキャリアを考えると崖っぷちなんですよ。

水村:どこか別の部署に異動したけれど、異動した部署でも訴訟が起きて、そうすると訟務課経験者として頼られるみたいなことになり、巻き込まれていく。そういう続きを考えました。

堂場:なるほど。ヘルプに入る立場として訴訟に関わるわけですね。それもありかもしれない。
 異動で思い出したけど、みんな勘違いしてることがあって、警察で同じ部署にずーっといるっておかしいんです。ごくたまに捜査一課一筋30年っていう人がいるけど、それは極めて稀。出世すれば必ず異動します。だから、「器」が同じで人がどんどん入れ替わっていくというのが警察の本来の姿なんですよね。
 それを一番リアルに書いたのは僕の『ラストライン』。人事異動をちゃんと描いています。

「小説に呑み込まれる」体験

――水村さんは堂場さんの作品の愛読者とのことですが、お好きな作品は?

水村:たくさんあるんですが、最近のものでは、朝比奈由宇が活躍する「ボーダーズ」シリーズが好きですね。

堂場:あれは永遠に続けられるシリーズですね。さっき言った「器」を書いているから。たぶん5冊ぐらい書くとメンバーが全部入れ替わる。それでまた新しいことができる。

水村:入れ替わっちゃうんですか? 朝比奈も? ちょっとショックです。「ボーダーズ」で一つお聞きしたいんですが、警察車両がランドクルーザーとバイクのKTMとルノーメガーヌじゃないですか。メガーヌが入っているのはどうしてですか。

堂場:誰が集めたんだっていう不思議な趣味だよね。メガーヌは僕が好きなだけです。

水村:そうなんですか。ランクルとKTMはわかるんです。でもメガーヌはないなって。

堂場:普通はクラウンだよね、あそこは。

水村:ですよね。作品には愛車を出さないんですか。

堂場:なんとなく自分が乗っている車は出したくないんです。出すならちょっと変わった車を出したい。メガーヌは街中で見ないから出してみようと思ったんです。

水村:警察車両だと、要人警護のパトカーも黒くてカッコよかったりするんですよね。小説にどんな車を出そうかと考えるのも楽しそうです。

堂場:楽しいですよ。でも、そのうちに地獄が来るから。

水村:地獄ですか!?

堂場:作品に呑み込まれることがあるんですよ。僕も1回だけあります。『Killers』は書き終えてから3時間ぐらい記憶がないんです。なぜか知らないけどいつの間にか原宿にいた。理由はよくわからない。でも、お腹いっぱいだったから飯は食ったんだろう……。あれは作品に呑み込まれました。小説を書いているとそういう時も来ますよ。

水村:怖いような、楽しみのような。いつかそういう日が来るまで書き続けたいと思います。

『県警の守護神』メインの対談は小説丸で!

作品紹介

守護者の傷
著者:堂場 瞬一
発売日:2024年02月26日

「警察官を勝たせる。それが、おまえの仕事だ」圧巻の法廷×警察小説!
「違法捜査は本当にあったのか?」水沼加穂留(みずぬまかおる)は神奈川県警の巡査部長。捜査一課への配属希望は通らぬまま三十歳までキャリアを重ね、春の異動で「訟務課」へ。警察が訴えられた民事裁判の対応をする部署だ。ほどなくして外部からも新人の新崎大也(しんざきだいや)がやって来る。淡々として同僚と関わらない彼だが、実は弁護士の資格を持つらしい。なぜ弁護士が警察職員に? そんな折、強盗犯グループへの違法捜査を問う裁判が発生し、加穂留と新崎が担当することに。威圧的な取り調べはなかったという捜査一課の言葉を信じ、彼らを守ろうと公判にのぞむ加穂留。しかし法廷で、関与した警察官の「嘘」が暴露され――。

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県警の守護神 警務部監察課訟務係
著:水村 舟
発売日:2024年01月22日

警察×民事訴訟、小説界に新ジャンル誕生!
この新人がデビューしたら、私の立場が危なくなるんじゃないか、と思うくらい評価した。
ーー今野敏氏

〈訟務係〉という着眼点は、埋もれさせるにはあまりに惜しい。
ーー月村了衛氏

本作を嚆矢として〈訟務係モノ〉とでもいった新ジャンルが切り拓かれていくことを願っている。
ーー長岡弘樹氏

嘘すら駆使して、正義を貫く。
警察×民事訴訟 警察小説界に新たなジャンルが誕生!
選考委員驚愕の第二回警察小説新人賞受賞作。

「俺たちは、警察官ひとりを護るのと同時に、警察組織を、ひいては国民を護っているんです」
バイクの自損事故現場で轢き逃げに遭った新人警察官の桐嶋千隼。病院で目を覚ますと、バイクの少年は死亡していた上、桐嶋はその責任を巡る訴訟を起こされてしまった。途方に暮れる桐嶋を訪れたのは、「県警の守護神」と呼ばれる弁護士資格を持つ異例の警察官・荒城。真実よりも勝利を求める強引なやり方に反発しつつも、訴訟に巻き込まれていく桐嶋だが、調査を進めるうち、訴訟は同日に起きた女性警察官発砲事案にも繋がっていきーー。

(小学館オフィシャルサイトより引用)
詳細:https://www.shogakukan.co.jp/books/09386705
特設サイトはこちら:https://dps.shogakukan.co.jp/kenkeinoshugoshin

プロフィール

堂場瞬一(どうば・しゅんいち)
1963年茨城県生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。新聞社勤務のかたわら小説を執筆し、2000年『8年』で小説すばる新人賞を受賞。「刑事・鳴沢了」「警視庁失踪課・高城賢吾」「アナザーフェイス」「捜査一課・澤村慶司」などのシリーズのほか、『誤断』『ルール』『複合捜査』『黒い紙』『十字の記憶』『約束の河』『刑事の枷』など著書多数。

水村 舟(みずむら・しゅう)
旧警察小説大賞をきっかけに執筆を開始。第2回警察小説新人賞を受賞した『県警の守護神 警務部監察課訟務係』でデビュー。