「仕事とは何か?」を通して 「人生とは何か?」を考える——ヨシタケシンスケ『おしごとそうだんセンター』【評者:吉田大助】

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/5

物語は。

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『おしごとそうだんセンター』ヨシタケシンスケ(集英社)

評者:吉田大助

 絵本作家として絶大な人気を誇るヨシタケシンスケの本が、「絵本」と聞いてイメージするものから逸脱し始めている。二〇一三年のデビュー作『りんごかもしれない』の頃からそうだったかもしれないのだが、最近の著作は本の形態自体にも変化がある。その最新進化形が、『おしごとそうだんセンター』だ。本書は「絵と文章で紡がれた物語」であり、「哲学」だ。
 左開きで本文全一二〇ページからなる本書は、物語パートと図鑑パート、二つのパートが交互に現れる構成が採用されている。最初に登場するのは、一ページが縦三段で区切られた物語パートだ。昔懐かしいタコ型フォルムの宇宙人が、「おしごとそうだんセンター」を訪れる。宇宙船が地球に落ちて記憶喪失状態になってしまった。自分を助けてくれた地球人からもらったアドバイスは、「とりあえず地球でしごとをみつけて生活してみなさいって」。そこでこの場所を訪れたと言うのだが……「あの、『しごと』ってなんですか?」。センターで働くお姉さんは、その問いかけに答える。
 絵本には、子供にも理解でき共感できるようにと心を砕くことで、訳知り顔の大人の論理(=正論)とは別の論理が導き出されていく、という特性がある。本書はさらに一歩、先を行く。センターのお姉さんは、地球のことを何も知らない宇宙人にも理解でき共感できるように、そしてやむを得ずこの地球で暮らしていくことになった宇宙人に希望を手渡せるようにと、言葉を紡ぐのだ。あらゆる地球人の心にも届くその言葉を受けて、宇宙人は「せっかくだからちょっとめずらしいしごとをしてみたいかなー」と、好奇心を動かす。そうであればとお姉さんはセンターのデータベースから引っ張ってきた仕事を、宇宙人に紹介する。
 その仕事がずらりと羅列されていくのが、「めずらしいおしごと」と題された図鑑パートだ。一つの仕事につき二ページで、まずは文字情報皆無の一枚絵が登場し、ページをめくると、その仕事の名前と共に簡単な業務紹介と追加コメント(一コママンガ)が現れる。この絵の仕事は何でしょう、とクイズのように楽しめるのだ。どれもこれも「奇想天外」を地で行く仕事ばかり。
 奇想を愛でる図鑑パートが一段落したところで、物語パートに戻る。「どうやってえらべばいいの?」、「なりたいおしごとになれなかったら?」、「向いているおしごと? たのしいおしごと?」、「もうないおしごと まだないおしごと」、「おしごとしてないときもある」、「じゃあ、どうしよう」。その合間合間にまた図鑑パートが挿入されていくのだが、仕事を選ぶ難しさや楽しさを巡る二つ目の物語パートが終わった直後、図鑑パートの一発目に登場する仕事のむちゃくちゃさには爆笑してしまった。図鑑パートそのものも面白いが、宇宙人とお姉さんの仕事を巡る問答の息抜きとなっているのだ。「絵と文章で紡がれた物語」だからこそできる、発明的な構成だ。
 本書は「仕事とは?」というワンテーマをさまざまに変奏しながら、「人生とは?」という問いを深めていく。そこに、哲学の感触が宿る。本書に記録されたさまざまなロジックに触れておくことで、例えば自分の子供に「仕事って?」と聞かれた時に、反応速度を上げることができるだろう。ぴったり同じ答えとはいかずとも、「人生って何?」に対する自分なりの答えを出すためのショートカットにもなるはずだ。そして何より、考えることそれ自体の楽しさが本書には詰め込まれている。
 図鑑パートの最後の仕事は、「ヒント屋」だった。その業務内容は〈未来へのヒント、夢へのヒント、しあわせへのヒントを一人一人にみつくろってくれる〉。自分の仕事はこれだ、というヨシタケシンスケの思いを感じた。

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『メメンとモリ』ヨシタケシンスケ(KADOKAWA)

「メメンとモリとちいさいおさら」「メメンとモリときたないゆきだるま」「メメンとモリとつまんないえいが」の全3編。お姉さんのメメンと弟のモリが、ごくごく小さな日常のできごとについて会話したことをきっかけに、人生の大きな問題について思考を巡らせる。〈「なんのために生きてるのか」のこたえは、まいにちちがっててもいいわよね〉。



『メメンとモリ』ヨシタケシンスケ(KADOKAWA)

(本記事は「小説 野性時代 2024年4月号」に掲載された内容を転載したものです)