華やか? 泥臭い? マンガ・小説から探る、出版のせかい【前編】

出版

2015/2/27

   

 いつの時代も、本好きの憧れの的なのが、出版業界だ。就活の時期となると、多くの学生たちが出版社を志望する。だが、出版社がどういう仕事をしているかと問うと、その実状はあまり理解されていないのも事実である。「コネがないと無理?」「会社に泊まり込みは当たり前?」「漫画編集者は漫画読み放題?」…。さまざまなイメージを持たれがちな出版業界への就職事情を、出版業界を描いた作品を元に前編・後編にわたって探ってみよう。

出版業界への就活を擬似体験できる三浦しをん氏の小説デビュー作

格闘する者に◯』(三浦しをん/新潮社)

 出版社への就職は狭き門。某出版社では、学生からのエントリー数が8000もあるにも関わらず、入社できるのは10人にも満たないというウワサもある。そんな出版社への就職活動の経験が具体的に取り上げられている作品といえば、三浦しをん氏の小説デビュー作『格闘する者に◯』だろう。

 マイペースな主人公・可南子は「漫画が大好き」という理由から出版業界を志望。可南子の就活は、合否結果が郵送されてくるなど、ネットが普及した現代の就活とは大分異なっているが、選考の雰囲気や就活生が感じる苦労は時代を経ても変わらない。たとえば、大学の校舎を借りて行なわれる筆記試験では、そこに集まる何千人もの学生の数に可南子は圧倒させられている。その筆記の内容も「雑学王を採用する気なのか?」というような不可思議な内容。現代でも出版社の筆記試験では、「以下のマツコデラックスに関する記述で正しいものを選べ」なんて問題が出題されたそうだから、実態は変わっていない。

 簡単な仕切りで区切られたブースでの落ち着かない面接。コネ採用への反発。三浦氏の出版業界への就活の結果は惨憺たるものだったというが、この作品は彼女の就活体験記といっても過言ではないかもしれない。

言葉に耳を傾け、言葉を編んでいく…地味でも楽しい辞書作りの仕事

舟を編む』(三浦しをん/光文社)

 三浦しをん氏といえば、デビュー作よりも、本屋大賞を受賞した『舟を編む』の方が名高いかもしれない。出版社というと、誰もが思い浮かべるのは、小説や漫画、雑誌の編集者の仕事が主だろうが、この本では、岩波書店や小学館の辞書編集部への取材を元に、辞書編集者の馬締光也たちが13年もの期間をかけて『広辞苑』や『大辞林』にならぶ規模の辞書を完成させるさまを描いている。

 辞書づくりの心臓となるのは、世の中に溢れている言葉の意味と用例をまとめた「用例採集カード」。一般的な言葉だけでなく、流行語や若者言葉も見つけ次第、いつでもどこでも登場人物たちはカードへと書き付けている。そして、既存の辞書からとった統計を参考に、編集方針に基づいて、独自の判断で辞書に載せるべき見出し語の選定を行い、現代人の感覚に合うような語釈を一つずつ考える。50名以上の監修者に語釈の執筆を依頼するが、文体の統一や他の項目との兼ね合いから、改変は編集者が行うし、編集者自身が独自に内容を執筆する場合も少なくはない。監修者が「自分が書いた語釈を改変するのは何事だ」とごねることもあるし、時間の流れで死語になってしまう言葉もある。約23万語の語釈を丁寧に考え抜いたり、選定した見出し語がすべて原稿に掲載出来ているのかを確認したり…。気の遠くなるような作業が連続するが、言葉への情熱が彼らを動かしている。

「名作」でも簡単には出版できない?大手出版社の現実と編集者の葛藤

クローバー・レイン』(大崎梢/ポプラ社)

 根気のいる仕事が多いのは、辞書編集に限った話ではない。大崎梢著『クローバー・レイン』は大手老舗出版社の若手文芸編集者・工藤彰彦の奮闘を描いた作品。彰彦は、ふとしたことから落ち目と言われている作家・家永嘉人の素晴らしい原稿を手にするが、なかなか出版することができない。編集長に掛け合うが、「確実に売れる作品が優先だ」と突っぱねられ、根気強く、原稿が出版できるように交渉を重ねていく。

 元々、原稿が本になるスパンは長い。作家と編集者との間でやりとりを重ねて改稿し、原稿が出来上がったところで、会議にかけ、出版にGOサインが出れば刊行スケジュールが組まれる。そこから校正作業や装丁案の折衝が始まり、最後は印刷所に預けられ、製本されて発売となる。しかし、会議で認められなければ出版できないし、その後も営業や書店のプッシュがなければ、ヒットはしない。ネームバリューのない名作を「売れる作品」にするために、何よりも根回しが不可欠だ。だが、それに時間をかけて原稿をキープし続けるのは小説家にとって、酷。うだつを上がらない作家からすれば、原稿を握られているのは、命を握られているも同然。優れた作品を少しでも早く世に出すために、編集者は根気強く四六時中奔走し続けるのだ。

経理部OLがいきなりファッション誌の編集長? 出版社は無茶振りだらけ?

編集ガール!』(大崎梢/ポプラ社)

 華やかな見えるファッション誌も、その制作段階は非常に地味な作業の積み重ねだ。『編集ガール!』は、出版社に勤めながら、編集の仕事に一切興味がなかった経理部の高沢久美子が独裁的な社長の命令で「ファッション誌として通用する出版社主体の通販雑誌」の編集長となる物語。編集経験もないのに編集長に任命されたり、素人集団が新刊雑誌を5カ月で立ち上げたりなど、現実ではありえない展開が続く。

 「ファッション誌」といっても、どのような企画を打ち出せば良いのだろうか。何百ページにも及ぶ雑誌の事細かな構成をどうするのか。モデル、スタイリスト、カメラマンなどのスタッフは一体どう集めるか。考えなければならないことは山ほどあるが、良いものを作るためだったら、時には今まで作ってきたものをリセットすることも決断せねばならない。最初は、編集経験がある恋人・加藤学に頼り切りだった久美子だったが、徐々にたくましく変化していく。編集の仕事は、主体的に動いた者こそが面白さを感じる仕事。仲間とともに細部へのこだわりを持つうちに、気が付けば、のめり込んでいってしまうものなのかもしれない。

寝食を忘れられる?週刊誌の仕事現場を描いた『働きマン』!

働きマン』(安野モヨコ/講談社)

 一口に「編集者」といっても、担当する分野によって仕事内容は全く異なる。安野モヨコ氏の『働きマン』では、週刊誌の編集者が主人公。週刊誌の仕事は、ネタ出しから誌面割り、取材、執筆まで多岐に渡る。発行部数60万部の週刊誌『JIDAI』の編集者で28歳の松方弘子は、30までに編集長になることを目標に仕事に没頭中。彼氏と会う時間もなく働き続ける日々に、「こんな生活で良いのだろうか」と悩むこともある。

 だが、ギリギリまで粘って誌面を作り上げた時の快感はたまらない。たとえば、外務大臣の機密費流用の内部告発の証言を受けて、その記事を仕上げている時など、自分も取材対象者も満足できる記事が思い浮かんだ時、彼女は働きマンとなる。「解説しよう!働きマンとなると、血中の男性ホルモンが増加して、通常の3倍の速さで仕事をするのだ。その間、寝食恋愛、衣食衛生の観念は消失する」。無我夢中で書き続ける。そんな瞬間を求めて弘子は仕事をしているのかもしれない。彼女を取り囲む、風俗・グルメ担当、スポーツコラム担当、スキャンダルを追う張り込み班などの個性的な仲間たち。雑誌は、各々の編集者の仕事への情熱が集まってできあがるということをこの漫画は教えてくれる。

 続く【後編】では、出版業界を取りまく仕事の中でも、漫画をめぐる仕事に迫ってみよう。

文=アサトーミナミ

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