尾崎世界観がヨシタケ作品を好きな理由は「シンプルにかわいい」。ジャンルが異なる二人の“創作論”を聞いた【ヨシタケシンスケ×尾崎世界観 対談インタビュー後編】
公開日:2025/3/7
ヨシタケシンスケさん最新作『そういうゲーム』の刊行を記念し、作品のファンだという尾崎世界観さんとの対談インタビューが実現。後編では、お二人の「創作論」について話を聞いた。

尾崎世界観(以下、尾崎) 今作で、表紙以外に色をつけていないのは、何か理由があるんですか?
ヨシタケシンスケ(以下、ヨシタケ) そもそも僕、色を塗るのがものすごく苦手なんです。絵を考えるのも描くのも好きなんだけど、思い浮かぶ絵に色がついていないんですよ。だから配色を考えるのが全然、楽しくない。自分でもどうしてなのかよくわからないのですが、絵本には色がついていたほうがいいという想いから、これまではデザイナーさんに色をつけてもらっていました。ところが今回、初めて「色をつけなきゃいけない理由がないな」って思えたんです。
尾崎 色をつけなくてもいいと思えたら“かち”。
ヨシタケ そうそう! エドワード・ゴーリーみたいな絵本にしたいという想いもありましたけど、これでもいいよねって、絵本作家11年目にして、ようやく自分を説得できたことが何より嬉しかったです。
尾崎 曲をつくるうえでも興味があるのはメロディと歌詞までで、アレンジはメンバーと一緒に考えたり、丸投げしたりしています。感覚としては、それに近いものがあるかもしれませんね。
ヨシタケ ああ、そうかもしれません。フォーマットを思いついて、一人でニヤニヤしているときが、盛りあがりのピーク。
尾崎 世紀の大発明を見せたいわけじゃないんですよね。「こんなものがこの世にあったのか」ではなくて「言われてみれば、そこにはそれがあった!」と思わせるようなものをつくりたい。もう全部やりつくされて、誰もが知りつくしているであろうもののなかから「まだこれが残っていますよ」「こんな生き方がありますよ」というのを提示したいし、それに対して「やられた!」と思ってほしい。
ヨシタケ すごくよくわかります。僕が『もうぬげない』という絵本で、ボローニャ・ラガッツィ賞の特別賞を受賞したとき、いちばん嬉しかったのは「世界中のどの国でも子供たちの頭は大きく、引っかかって脱げなくなる。大昔から変わらない、誰もが知っていたことを、絵本にしようと思ったのはあなたが初めてです」と言われたこと。そういう、誰もが見たことがあるのに、誰も存在に気づいていないものが、世の中にまだまだたくさんあるはずなんです。

――そういう発見をものにするために、意識していることはありますか?
尾崎 常に自分を客観視してツッコミを入れていくというのは大事かなと思いますね。世の中の出来事に対しても、あたりまえのような顔をして流れていくものを疑うというか。違和感を見逃さずに、やっぱり適宜、ツッコミを入れるまなざしを持つ。ある程度は周りに「なるほど」と思ってもらわなきゃいけないから、その違和感をどれくらいの強度でつつけばいいのかを探りながらやっています。世間と同じように「あたりまえ」だと思う感覚、ひねくれた物の見方でツッコミを入れる感覚、その両方が必要なんだと思います。
ヨシタケ 材料は全部、自分のなかにあるんですよね。僕はふだんから、持ち歩いている手帳に気づいたことはなんでもイラストと文字で書き残していくのですが、そのあれこれも含めて手持ちの材料からどれを選んで、どんなふうにお弁当箱に詰めたら、みんなが「意外な組み合わせだけど食べてみたい」と思ってくれるかなあと考えています。最後、三角形にあいた角に何を埋めたらいいのか、見つけ出すのに時間がとてもかかるのだけど「これだ!」というものが上手にはまった瞬間が、いちばん楽しい。
尾崎 それはお弁当にベタな材料の組み合わせが存在するからこそ成立するんですよね。みんなが「それが定番でいちばんいいよね」というのをわかっているからこそ、ちょっとだけズレた、絶妙な珍しさを演出することができる。
ヨシタケ そうなんですよ。見たこともない、珍しいものだけを詰めても、誰も興味を惹かれない。
尾崎 『もうぬげない』は、まさしくそんな作品だと思います。あと、服が引っかかっている自分を、子どもたちは見ることができないんですよね。その姿を絵本を通して確認できるおもしろさもあるし、誰かが見ていてくれるんだという実感も湧く。自分はずっと、どうせ誰も気にしてくれないんだと思いながら生きてきたし、いまだにそういうところがあるけれど、『もうぬげない』を読んで「やっぱり、誰かに見られているかもしれない」と思えたんです。だからちゃんとしないとなって。
ヨシタケ 知り合いじゃないけど、見ている人がいるという実感を与えるのも、表現の大事な役目かなあと思います。それは、人が勇気づけられるときの、大本でもあるような気がするから。自分のことじゃなくても、そういう感情があるよね、そういう視点はあるよね、って気づかせてくれるだけで、ほっとできる。
尾崎 あと、ヨシタケさんの絵はシンプルにかわいいですよね。実を言うと、何かを見てかわいいと思うことがほとんどなくて。このあいだも男友達が「これかわいいよね」と言っていて、「それってどういう感覚なの?」と聞いたくらい、ピンとこない。でも、ヨシタケさんの絵はかわいいなあと思うんですよ。とくに『おしっこちょっぴりもれたろう』が好きなんですけど、丸くなっていてほしいところがちゃんと丸くなっていて、フォルムが最高にいい。
ヨシタケ ああ、嬉しい。僕も、好きだと思えるフォルムがあんまりないので、できるだけ自分がかわいいと思えるものを形にするようにしているんです。僕の絵は線が少ないので、ちょっとズレるだけで印象がまるで変わってきてしまうんですよね。理想の形や質感、表情をちゃんと表現できたときは、高揚します。
尾崎 線が少ないというのはつまり、音楽で言うと音数が少ないということですよね。それは、ごまかしがきかない。
ヨシタケ そうなんですよ。だから、下書きのほうがかわいかったとよく言われてしまう(笑)。下書きのほうがリラックスしているから、理想にも近づきやすいんですよね。最近は、けっこうたくさんの人に見られるかもしれないと思うと、線が硬くなってしまう。今回の絵本は思い入れも強いからちゃんと描こう、と思うと全然かわいくなくなってしまう。それはたぶん僕に限った話ではなくて、ラフを一生懸命書くと本番で超えられなくなるから、あえていいかげんに書いて、いちばんいい絵を描くための余白を残しておくという方もいらっしゃいます。
尾崎 音楽も同じです。「デモのほうがよかった」と言われることがよくあって。今はスタジオに行かずに家で録っても、機器の性能がいいから、レコーディングスタジオで録るのと比べても遜色ないクオリティのものができあがるんですよ。そうかと思えば、安いスタジオで録って音が割れた状態なのに、なんか迫力があっていい感じに聴こえたり。マイクチェックのテイクゼロが、いちばん何も考えずに太い声で歌えていたり。そういう、完璧じゃない良さもあります。

――先ほどのお弁当の話に戻りますが、お二人は〆切が迫っているのに、最後の「三角」がどうしても埋まらないとき、どうするんですか。
ヨシタケ 隙間を空けたままで出します。そこ、あえて空いているのよくない?って(笑)。入れられなかっただけなのに、あたかもそれが持ち味であるかのように見せかける。ライブ中に歌詞を忘れたからマイクを観客に向けて歌ってもらう、みたいなことも、プロだからこそなせる機転のきかせ方だと思っていて。8割できているときに、足りない2割を逆に強みにする方法を考えることが、僕が絵本でも描き続けている「工夫」の一つなのかなと思います。
尾崎 それはすごいですね。そんな勇気はなくて、埋まるまで待ってもらうと思います(笑)。〆切をのばすのはよくないことだし、本当に申し訳ないけれど、求められている限りは10割を提出したくなってしまう。
ヨシタケ 僕はクオリティを下げてでも〆切を守る派なので(笑)。注文したポテトがなかなか出てこないときに、店員が「出来立てをお持ちしますので少々お待ちください」という一言を言えるかどうか。ミスをミスとして悟らせないテクニックを磨くことが好きなんです。
尾崎 そういうスタンスが、作家の個性として現れたりもしますよね。
ヨシタケ そうなんですよ。けっきょく、自分がやりたいようにやるしかないし、もっというとそれしかできない。作家性というのは、そこにしか現れないような気がしています。僕はエゴサーチしない派で、尾崎さんはする派。恋愛モノが苦手派、得意派。その積み重ねが作品につながっていくし、どういうものを生み出しても受け止めてくれる懐の深さが表現の世界にはある。そして、根っこの部分で「思いついた瞬間がいちばん楽しいよね」「自信があるときほど人に見せるのはドキドキするよね」って想いが通じていて、同じ世界に生きていられるのも、いいところだなあと思います。
尾崎 ジャンルも違うし、いちばん遠そうで、でも近い部分がたくさんある。そんなヨシタケさんが、新しい連載(※)でどんなイラストを描いてくださるのか、今からとても楽しみです。
ヨシタケ 僕も、お互いの距離感を探りながら、連載そのものが育っていくのを、とても楽しみにしています。
※「尾崎世界観の書かなかったこと日記」(2025年3月6日発売『ダ・ヴィンチ』4月号より連載開始)
取材・文=立花もも、写真=川口宗道
ヨシタケシンスケ
1973年、神奈川県生まれ。2013年に刊行した絵本デビュー作『りんごかもしれない』で第6回MOE絵本屋さん大賞第1位、『りゆうがあります』で第8回同賞第1位、『もうぬげない』で第9回同賞第1位の三冠に輝く。著書に『なつみはなんにでもなれる』、子育てエッセイ『ヨチヨチ父―とまどう日々―』など多数。
尾崎世界観
1984年、東京都生まれ。ロックバンド・クリープハイプのボーカル・ギターを務める。2012年、『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。16年に半自伝的小説『祐介』を上梓し、執筆活動でも活躍。著書に『苦汁100%』、『苦汁200%』、『泣きたくなるほど嬉しい日々に』『母影』『転の声』がある。2020年に『母影』、2024年に『転の声』が芥川賞候補作に選出された。
<衣装>
・Tシャツ参考商品(MIMIC SHIMOKITAZAWA / Instagram:@mimic_shimokitazawa)
・スラックス ¥14.300(放課後の思い出/090-8592-7117)