大沢在昌、60歳にしてたどりついた「男女の真実」とは?20億円の車と過去の女を捜し出すハードボイルド小説『晩秋行』が文庫化!【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/6/11

大沢在昌氏の『晩秋行』が文庫化!
「大沢ハードボイルドの新境地」と言われた本作に込めた想いとは?
《以下のインタビューは単行本刊行時(2022年6月)の内容です》

「新宿鮫」シリーズを筆頭に、ハードボイルド小説を通して男の生きざまを描いてきた大沢在昌氏。新作『晩秋行』(双葉社)では、過去の女を忘れられない男の姿を、バブル期の幻影とともに描き出している。

 空前の好景気に浮かれていた時代、「土地ころがしの神様」と呼ばれた二見のもとで働いていた円堂。だが、やがてバブルは弾け、二見は多額の負債を抱えたまま行方をくらませてしまう。しかも、クラシックカー「フェラーリ250GTカリフォルニア・スパイダー」に、円堂の恋人だった君香を乗せて。

 それから約30年後、居酒屋店主へと転身した円堂のもとに、かつての盟友・中村から電話が入る。「赤のスパイダーを見た奴がいる」──サングラスの女が運転していたというその車は、二見のカリフォルニア・スパイダーか。そして、女の正体はかつての恋人・君香なのか。円堂は、目撃情報を頼りに那須に向かうが……。

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 20億円のクラシックカーをめぐる追走劇を描きつつ、女の面影を追う男の老境を描いた本作は、まさに大沢ハードボイルドの新境地。男の未練がましさ、情けなさをも描き切ったこの作品に込めた思いとは。

『晩秋行』
『晩秋行』大沢在昌/双葉社)

昔の女を忘れられない男の情けなさ、前に進む女のたくましさ

──『晩秋行』は、60代に差し掛かった男が、バブル崩壊とともに消えたクラシックカーと愛した女を追う物語です。この作品はどのようにして生まれたのでしょうか。

大沢在昌(以下、大沢):『週刊大衆』での連載だったのですが、前回の連載は激しいアクションシーンが多い小説だったので、今回はちょっと静かな話に。男性誌ということもあって、中年男性の悲哀を描こうと思いました。これまで僕の小説を読んできた人にとっては物足りないかもしれないけれど、「たまにはこういう小説もどうですか?」という思いでしたね。

 主人公は、刑事でもなければ元傭兵でもない、ただの居酒屋のオヤジです。いつまでたっても昔の女を忘れられない男の情けなさと、「次に行くわよ」という女性のたくましさを、銀座のスナック「マザー」のママ・委津子に赤裸々に語らせました。ふたりの会話は、書いていて楽しかったし、一番読んでほしいところです。

──円堂は、30年経った今も、自分のもとを去っていった君香という女性に未練があります。円堂をどのような人物と捉えていますか?

大沢:男なんて、みんなあんなものでしょう(笑)。自分を捨てていなくなった女性だろうが、自分が捨てた女性だろうが、時が経てばみんないい女に思えてくる。しかも自分から逃げておいて、「いや、いい女だったな。今だったら別れなかっただろうな」なんて都合よく考えるわけです。でも、向こうはとっくにお前のことなんか忘れてるから(笑)。66歳にして、やっとたどりつけた男女の真実ですね。

──以前の大沢さんだったら、こうは書かなかったのでは?

大沢:そうでしょうね。もっとロマンチックに書いていたと思う。でも、そろそろ現実を見ないといけない。「目を覚ませ。お前のことなんか、向こうはこれっぽっちも覚えてないぞ」と、自戒も込めて書きました。同年代の男性が読んだら、胸をかきむしられるんじゃないかな(笑)。

──失礼ながら、大沢さんも痛い目を見たことがあるのでしょうか……。

大沢:僕の人生、痛い目しか見てきてないから(笑)。集大成だと思ってくれていいですよ。委津子との会話は、ほぼ自分の経験から出てきた言葉。でも、いい思いもしたわけだし、もう満足しろってことですよ。

 あとは、若い女性から「わたしとの未来も考えて下さい」と言い寄られる場面では、「恋愛したとしても、それが何年つづく?」「10年も20年もはつづかない」と返しますよね。こんな冷静なことも、5年前の僕だったら言えなかっただろうね。「10年後の僕たち」なんてことは考えなかったから。

 それが60も半ばを過ぎると、「10年後なんてないね、君と僕は」となる。「付き合うことはできないけど、それ以外の関係でよければいいよ」っていう感じだね(笑)。

──いくつを境にそういう心境になったのでしょう。

大沢:60歳だろうね。僕は今、66歳。背広を着てネクタイして歩いている人は、僕より若いと考えていい。ひとつの角を曲がったなと思いますね。死まで秒読みだとは思わないけれど、サラリーマンなら第二の人生を迎えて「さあ、どうする?」という年齢。

 幸い、僕は小説家という職業柄、今でも世の中と関わり合っていられるけれどね。ただ、遊ぶにしたって限度があるし、体力の限界もあります。人より体力はあるけれど、それでも4、50代の頃に比べれば明らかに落ちている。そうは言っても、抗いたい自分、認めたくない自分がいるのも事実です。

 そんな中で、自分と同世代の主人公にほぼ初めて向き合ったわけです。小説を書く作業は自分の内側を覗き込むことだから、一体何が出てくるだろうと思ったら、男女の話が出てきた。それも面白かったですね。ついに僕も諦めの境地に達したのか、と。もうモテないってことを認めろよ、と。そういう気分でしたね。

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