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騒音文化論―なぜ日本の街はこんなにうるさいのか (講談社プラスアルファ文庫)

騒音文化論―なぜ日本の街はこんなにうるさいのか (講談社プラスアルファ文庫)

騒音文化論―なぜ日本の街はこんなにうるさいのか (講談社プラスアルファ文庫)

作家
中島義道
出版社
講談社
発売日
2001-04
ISBN
9784062565110
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あらすじ

駅の構内放送、電車や新幹線内の放送、デパートやスーパーマーケットをはじめとする商業施設、商店街、個人商店、行政のスピーカから流れる放送、そして車からの警告音などなど。
街には機械音、肉声を問わず、スピーカーを通じて様々な音が流れている。
そうした音、騒がしい状況を日本人は何の抵抗もなく受け入れている。
だが、それに耐えられない人たちもいるのだ。
抵抗な受けれる人をマジョリティとするなら、耐えられない人はマイノリティとなる。闘う哲学者として問題提起をしてきた著者が、ここでは「騒音社会」で、静かな空間を求めると同時に、悪露に対する少数派の権利をどう考えるか、という問題について展開をしていく。
ことに音は単に数値で測定をして「大きい」というだけではなく、個人差や状況によって「嫌悪」を感じるものなのだ。
それは性的なマイノリティや、趣味や趣向の少数派差別にも通じるものだという。

騒音文化論―なぜ日本の街はこんなにうるさいのか (講談社プラスアルファ文庫) / 感想・レビュー

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テツ

街を歩いていると勝手に耳に入ってくる音の数々。BGMも呼び込みも注意喚起の放送も確かにうるさい。そうしたことについて克明かつ執拗に抗議する中島先生の姿は素晴らしい(ただの偏屈おじさんと紙一重な部分もあるけれど) 自分が不快に感じるコト&モノに対して感度を下げることなく、徹底的に不快さを抱きしめ掘り下げ分析し、どうして不快なのかと考え続けられることは感性のマジョリティにのみ与えられた特権なのかもしれませんね。

2019/08/28

Shunsuke

私も都心に引っ越してきたとき町の喧騒に嫌気がさし、著者と同じく耳栓とヘッドホンをしていたことがある。今では気にならなくなってしまったが(著者からは激しく嫌われる人種であろう)。音に関する話だけではなく、お節介なサインが無個性で無責任な日本人、につながる話は興味深かった。日本人は物質的に自然を破壊しても観念上の自然は傷つかないから構わない、という指摘は慧眼。

2015/10/21

キムチ27

11年前の本。それから時を経て「音の文化」は成熟しただろうか。「一見平和」のこの国のみならずアジア圏はどこも「喧しい」これも文化か・・ 音のみならず文化にはすべてマジョリティ、マイノリティの対立はあるもので、筆者の論法もどうかすると「うるさい」文化論かも。 しかし、政治に阿部氏が復活して、また「美しい日本、誇りある日本」と声高に言われると、確かに音でなく「主張」がうるさく感じる?!

2012/09/30

いたち野郎

著者の抗議は理詰めで徹底している、てのは、本書の総ページ343のうち、60が資料集だからね。当人が苛まれていることに、どれだけ熱意を?もって研究しているかがわかるのですが、その結果生まれた「日本人のからだ」という表現はユニークだね。この言葉がタイトルの「文化論」を形成していくわけですが。以前ウクライナ人にインタビューしたとき「日本は駅や街で情報・騒音が多すぎだろ」と言われたことがありますが、日本人がウクライナ行って「静かだね」と言わないような気もしていて、やはり著者の指摘は的確なのか、といま思ったところ。

2017/10/09

keiトモニ

管理放送・お節介放送・CM放送も心地よいものです。じっくり聴いていると、BGMほど心に響き、癒しになりますがね…。

2011/06/05

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