読みたい本がここにある

Facebook Twitter LINE はてブ Instagram Pinterest

らせん状想像力: 平成デモクラシー文学論

らせん状想像力: 平成デモクラシー文学論

らせん状想像力: 平成デモクラシー文学論

作家
福嶋亮大
出版社
新潮社
発売日
2020-09-28
ISBN
9784103535614
amazonで購入する Kindle版を購入する

らせん状想像力: 平成デモクラシー文学論 / 感想・レビュー

powerd by 読書メーター

そびえ立つ山々

同い年くらいの方。同じ時代を生きた人の文学評論。部分的にしか読んでないのだけど、 社会における文学の役割とか意味が低下して(別の何がその役割を担う)ただの娯楽になっていく、というのは薄々感じていた事。やはりそうなのだな。 本は好きだけど社会を理解する上で、本にばかり固執するのも違う。

2020/10/26

田中峰和

平成文学を大正文学の再来と捉えた著者の発想が面白い。大正期にはデモクラシーの運動があり、ユートピア文学があった。一方、平成期のデモクラシーはインターネットによって形成された。両時期に共通するのは大震災だが、後者にはディストピアとグローバリズムが唱えられた。二つの時代がらせんを描くように交差しているに感じるという。著者が平成期の代表作家として作品を評価分析するのは、村上春樹と村上龍。村上龍への思い入れは一ファンとも弟子ともいえるほど。村上龍の近作「MISSING」の評論を読み、作品を読んでみたくなった。

2021/01/29

梟木(きょうぼく)

平成という時代を特権化するのではなく、大正や昭和との相対化によってその特殊性を浮上させようという試み。抽出されるテーマや作品の選定は著者の関心に偏っている印象を与えるものの、九〇年~ゼロ年代を文学と共に過ごした読者なら馴染みのある作家の名前が大多数を占めており、カタログ的な楽しみもある。一〇年代の代表作は、良くも悪くも『コンビニ人間』になってしまうのか。一〇年代後半の純文学作家が第二次安倍政権を特権的な「悪」に仕立てることによってディストピア的想像力に傾斜していった流れは押さえておいてほしかったかな。

2021/01/21

村雨春陽

平成文学の特性を「病的な主人公」「デストピアとしての社会」に見出してしまうのはどうだろうか。同じことを芥川龍之介や神西清、梶井基次郎にも言えるのではなかろうか。また元少年Aの『絶歌』を論じながらその煙草を吸い生きようと決意する結末が三島由紀夫の『金閣寺』のパロディであること、何故か巧みな書き手であること、ダフネ君の怪しさに気が付かないことは杜撰。文芸批評の役割が文学作品に時代を見出してしまうことだという思い込みがなければ平成文学という括りは現れなかっただろう。所々達者だが、近代文学の捉え方が曖昧だ。

2020/11/03

chiro

平成という時代は経済において我国の閉塞感を助長させた時代であるとともに『失われた時代」として記憶されている。その時代背景を如実に表すであろう文学というジャンルがどういう作家たちによって彩られたのかについて述べられている。昭和の時代から平成を迎えた作家や平成の時代に現れた作家など出自は異なってもそこに何らかの傾向が現れていることは明らかで、それがどういう形で表出しているのかがよくわかる著作であった。読んだことのない作家についても評価が高いものがあり手にしてみたいと思う。

2021/02/16

感想・レビューをもっと見る