難しい学問も、伝え方次第でこんなに面白くなる──教育系YouTuber・ヨビノリたくみ×小説家・五十嵐律人対談

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/12

五十嵐律人、ヨビノリたくみ

 現役弁護士であり、小説家として活躍する五十嵐律人さん。2020年、『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞しデビューして以来、法律知識を生かしたリーガルミステリーで、人気を広げ続けている。

 そんな五十嵐さんの新作『幻告』(講談社)は、リーガルミステリーとタイムスリップを融合した作品。法廷劇として、タイムリープSFとして、親子の人間ドラマとして楽しめる、五十嵐さんの新境地を拓いた一作に仕上がっている。

『幻告』の刊行に合わせ、五十嵐さんと各界著名人の対談企画がスタート。新刊の話はもちろん、仕事に向き合う姿勢、生き方、ミステリーの醍醐味など、さまざまなテーマでトークを繰り広げていただこう。第3回は、YouTubeチャンネル「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」で授業動画を配信しているヨビノリたくみさん。法律や数学・物理など難しい学問を面白く伝える工夫、教育や読書の面白さについて語っていただいた。

(取材・文=野本由起 撮影=中 惠美子)

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法律は変わるのが当たり前。その考え方が面白いと思いました(五十嵐)

──たくみさんは、教育系YouTuberとして理系大学生に向けた授業動画を配信しています。この活動を始めたきっかけは?

ヨビノリたくみさん(以下、たくみ):僕が学生の頃は、大学生向けのわかりやすい授業がほとんどなかったんです。高校までは受験のための予備校、塾、参考書などが無数に用意されていましたが、大学になると先生に教わることしかできなくて。ただ、大学の先生は研究者であって、教育のプロではありません。だから、悲惨な授業もけっこう多く、挫折して授業に出なくなる大学生も少なくないんです。そこで何とかできないかと思って始めたのが、動画の配信です。大学院の博士課程まで進んだ時に、学生時代から続けていた予備校講師の経験と専門知識を生かして、理系の勉強動画を撮り始めました。

五十嵐律人さん(以下、五十嵐):僕は法学部出身なのですが、たくみさんの動画を拝見して驚いたんです。というのも、法学部は司法試験というもうひとつの受験があるので、予備校が充実しているので。

たくみ:ああ、なるほど。

五十嵐:司法試験のための参考書も多いので、大学の授業について行けない人は予備校や参考書を活用していました。ただ、それも市場があるからですよね。

たくみ:そうですね。理系の場合、そういった予備校や参考書は需要がなくて。だからこそ出遅れているのだと思います。でも、YouTubeができたことによって、これまではビジネスにならなかった理系向けのコンテンツもマネタイズできるようになりました。大学院生になって自由な時間が取れるようになったのと同時期にYouTubeが定着し始めたので、タイミングが良かったですね。

──五十嵐さんは弁護士として活動しつつ、法律を題材にしたミステリーを書いています。その背景には、法律の面白さを伝えたいという思いがあるそうです。“法教育”に興味を持ったきっかけを教えてください。

五十嵐:僕が法学部に進学したのは、高校の先生から「とりあえず法学部に行ってくれ」と言われたからなんです。

たくみ:そんな“法学部推し”があるんですね(笑)。

五十嵐:文系で一番潰しがきくからでしょうか。卒業後の進路は、公務員3割、民間企業3割、司法試験受験3割。どこかしらに行けるのでおすすめだと言われ、選んだんです。高校時代は法律に全然興味がなかったのですが、法学部に入って初めて法律の面白さに気づきました。法律ってあるのが当然ではなく、改正もするし廃止になることもあります。変わるのが当たり前という考え方が面白いなと思いました。

 また、最近いじめ問題について調べているのですが、学校でいじめが起きると、そのクラスでいじめがあるのかどうか先生方はイメージで議論します。でも、法律家にとっていじめは法的な評価なんです。いじめは物を隠された、悪口を言われたなど、ひとつひとつの行為の積み重ねです。それらの行為について事実かどうかひとつずつ認定すべきなのに、ふわっとした評価ばかりするからいつまで経っても解決に向かいません。法的な思考力があると問題解決に役立つので、こうした考え方を伝えたいと思っています。

たくみ:なるほど、ひとつひとつロジカルに考えるべきということですね。だんだん法律が面白くなってきました。

内容のわかりやすさよりも、話している人が楽しそうであることが重要(たくみ)

ヨビノリたくみ

五十嵐:ただ、自分はどれだけ面白いと思っていても、法律ってやっぱり難しいんです。そこで、小説を使って法律の面白さを伝えようと思いました。小説はエンターテインメントですよね。小説の中で事件が起き、それを法律で解決するとなれば、事件に興味を持った読者が「法律だったらこう解決できるんだ」「こういう思考もできるんだ」と飽きずに読んでくれるんじゃないかと思いました。

 とはいえ、昨日たくみさんが相対性理論を解説する動画を拝見したのですが、あんなに難しいことをわかりやすく伝えているのが本当にすごいなと思って。

たくみ:あ、うれしいです!

五十嵐:エンターテインメントとしてではなく、講座として教えているのにわかりやすくて面白い。たくみさんのように突き詰めれば、学問の面白さもストレートに伝わるんだなと思いました。

たくみ:「教え方がうまい先生は、たとえ話がうまい」とよくいいますよね。確かに小学校、中学校ではそうかもしれませんが、高校や大学のような高等教育になればなるほど、たとえ話はそこまで求められないように感じます。結局ふわふわしたままになってしまうので、僕はたとえ話をほとんど使わず、学問そのものの魅力を伝えることに力を入れています。

 でも、それだけでは楽しく見えないので、僕が意識しているのはとにかくめちゃくちゃ楽しそうに話すということ。5年間動画をアップし続けてわかったのですが、内容がわかりやすいかどうかよりも、話している人が楽しそうな動画のほうが再生回数が伸びるんです。

五十嵐:わかる気がします。

たくみ:高校時代、授業の影響を受けて進路を選択する学生っていますよね。でも、よくよく聞いてみると、その先生の授業がわかりやすかったわけではなくて。「先生が楽しそうだったから」という理由のほうが多い気がします。なので、楽しそうに話すことは常に意識していますね。

五十嵐:物事を噛み砕いて説明するのって、本当に難しくて。特に法律は社会的な事象を解決するために存在するので、学問として伝えようとすると無味乾燥になってしまうんです。

 例えば、国際法の理論で「国境付近のAさんが、国境の向こう側にいるBさんを拳銃で撃ちました。Bさんは命からがら飛行機で別の国に行き、そこで死亡しました。Aさんが拳銃を撃った国、Bさんが撃たれた国、Bさんが死亡した国、どの国の法律が適用されるでしょうか」という問題を学んだことがあるんですね。正直、その時は「そんなのあり得ない」と興味を持てませんでした。でも、最近ニュースを観ていたら、アメリカとメキシコの国境を越えようとした人がアメリカ側から撃たれた事件があり、それには興味が湧いたんです。

 法律を学問として教えようとすると荒唐無稽に聞こえるので、どうしても事件抜きでは語れません。だからこそ、小説が有効だなと思っていて。僕は法知識よりも法律の考え方を伝えたいという思いが強いので、それには小説というメディアが一番合っているように思います。

──たくみさんの動画は、基本的にひとりで授業を行う形式です。話し方やテンポなど、伝え方の工夫についても教えてください。

たくみ:僕はずっと予備校講師をしていたのですが、対面授業で受験生の笑いを取るのは簡単でした。というのも、受験生は笑いに飢えているので、ちょっとした雑談で信じられないくらい盛り上がるんです(笑)。だから、自分は面白いと勘違いしてしまうのですが、受験生以外を相手にすると笑いを取るのは非常に難しいんですよね。しかも、動画では生徒が目の前にいないので、リアクションなしで話さなければなりません。そのギャップを埋めるために、現在進行形で苦労しています。

 とはいえ、5年間続けているうちに、カメラの向こうに人が見えるようになりました。今は、学生が何人かいる想定の目線になっています。あとは、モニターに映った自分の顔ではなく、レンズをしっかり見て話すようにしています。というのも、モニターを見ていると、目線がズレるんですね。人間って視線に敏感なので、そのちょっとのズレが違和感として残ってしまいます。こういうちょっとしたことで、伝わり方が変わるんだなと日々実感しています。

五十嵐:動画視聴者の理解力は、どれくらいだと想定していますか?

たくみ:授業ごとに違いますね。ただ、いつもレベルを2段階下げるようにしています。例えば高校生向けの授業って、「高校3年生の7月なら、ここまでは学んでいるはず。じゃあ、その先の授業をしよう」とギリギリのラインを攻めがちなんですよね。そうすると、そこすら曖昧な子たちはその日の授業がわからなかったのか、それよりも前のところでつまずいているのかがわかりません。ですから、「うんうん、そんなのわかるよ」というところから始めて、「あれ、怪しくなってきたな」というところを意識させるようにしています。わからなかった頃の気持ちを取り戻すために、実家から学生時代のノートを持ってきて「あ、こんなところでつまずいていたんだ」と見直すことも。昔を思い出す努力は、常にしていますね。

自分の才能に限界を感じ、絶望する瞬間を描くのが好き(五十嵐)

五十嵐律人

──たくみさんは、五十嵐さんの新刊『幻告』を読んだそうですね。

たくみ:僕は法律の知識がなく、『逆転裁判』というゲームで裁判を知っているくらい(笑)。『幻告』では、弁護士でも検察官でもない裁判官や裁判所書記官という立場から裁判を見ることができ、とても勉強になりました。

 しかも、『幻告』では法廷ミステリーとタイムスリップを組み合わせています。最初は「なぜこのふたつを組み合わせたんだろう」と思いましたが、読んでみるとすごく相性が良いんですよね。間違った判決を下した時に、一番時間を巻き戻したいのは裁判官。そこに納得しましたし、まったく読んだことのない設定だったのでワクワクしながら読みました。

五十嵐:裁判官が自分の間違いに気づいた時、どうやってそれを認めるのか。現状の制度はなかなか変えられないので、タイムスリップによって「IF」の世界を描きました。

──たくみさんは、本を紹介するYouTubeチャンネル「ほんタメ」にも出演しています。よくミステリー小説を紹介していますが、どんなところにミステリーの面白さを感じますか?

たくみ:僕がミステリーに求めているのは、予想を裏切ってくれること。それを楽しみにして読んでいますね。人間関係では嫌ですが(笑)、裏切られるのが好きなんです。今回の『幻告』にも裏切られましたね。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、大きく3カ所で予想を裏切られました。

──五十嵐さんも受賞したメフィスト賞の受賞作がお好きだそうですね。

たくみ:そうですね。特に選んで読んでいるわけではないのですが、メフィスト賞作家の作品が好きです。個人的なイメージですが、メフィスト賞受賞作はチャレンジングな作品が多いですよね。それこそ、こちらの予想を大きく裏切ってくる作品、新しいどんでん返しを見せてくれる作品が多いので、僕的には大当たりばかり。「あ、小説ってまだこんなことができるんだ」と思わせてくれますし、そういう作品を探しながら生きています。

──五十嵐さんもたくみさんも、第1回メフィスト賞受賞作家・森博嗣さんがお好きだそうですね。五十嵐さんは尊敬している作家のひとりとして名前を挙げていますし、森さんと往復書簡をするWeb企画も行っていました。

五十嵐:メールでやりとりしたのですが、人生で一番緊張しました。編集部を通して森先生からメールが届くのですが、それを30分開けられなくて……。思い切ってメールを開いて返信すると、すごいスピードで返信が届くんですよ。文面もとても温かくて、しかも知的なんです。

たくみ:僕も森博嗣先生の『すべてがFになる』が大好きなんです。森先生の作品には、いろいろな天才が出てくるんですよね。普通、作中で描かれる天才はひとりかふたり。ふたりの場合は、天才同士がバチバチぶつかる展開が多いのですが、森作品の「S&M」シリーズは天才のレイヤーがはっきりしています。世の中に天才と呼ばれる人はたくさんいますが、実はその中にも階層があって一様ではない。それが面白いなと思いました。

五十嵐:しかも、そういった天才の思考や会話をきちんと描写しているんですよね。ただ実績だけ並べ立てて「この人は天才です」と示すのではなく、会話の中で「これは天才だな」と思わせてくれる。さらに、「こっちはもっと天才だな」と天才が天才を超えてくるんですよ。

たくみ:なかなか書けないですよね。

──五十嵐さんが小説を書く際にも、才能を裏テーマにされているそうです。

五十嵐:人が挫折するのは、自分の才能に限界を感じて「もう無理」となった瞬間だと思うんです。大人になる瞬間も同じ。自分には才能がなく普通の人間なんだと気づいた瞬間に、人は大人になるのだと思います。ですから、登場人物を高校生のような若者にしなくても、才能を扱うと大人世代でも若々しさ、青臭さを描けるんですね。それもあって、才能があると思っている人が絶望する瞬間を描くのが好きです。その一方で、才能という壁を乗り越えるために頑張ってる人、自分には特別な才能があると信じ続けている人も好きなのですが。

どんなに忙しくても1週間なら融通がきく。やりたいことはとりあえずやるのが大事(たくみ)

ヨビノリたくみ

──では、おふたりの仕事に対する向き合い方についてうかがいます。モチベーションの維持やタイムマネジメントで、意識していることはありますか?

たくみ:僕はすごいと思ったものに出会うと、作る側に回りたいと思ってしまうんです。例えば今は謎解きにハマっているので、自分でも作ってみたいなと思って。他にもラスベガスにポーカーをしに行くなど、とりあえずやりたいことをやっちゃうのでタイムマネジメントはできていません(笑)。実際、別のことを始めると動画の投稿頻度が下がりますしね。

五十嵐:優先順位を決めず、やりたいと思ったらそれをやるのでしょうか。

たくみ:どんなに忙しくても1週間なら融通がきくと思っているので、とりあえずやってみます。もちろん他の仕事が圧迫されますが、やってしまえば何とかなる。むしろ、やろうやろうと思いつつ、「やっぱりやめておこうかな」と考え続けている時のほうが大変です。動画投稿もそう。「炎上したらどうしよう」「友達に見られたら恥ずかしい」なんて思っていたら、最初の一歩は踏み出せません。YouTubeの配信を始めた人は、みんなそういう気持ちがあるんじゃないでしょうか。

 ただ、逆に1週間以上かかることはなかなかできません。例えば小説なんてものすごい時間がかかりますよね。リスキーではないかと思いますが、いかがでしょう。

五十嵐:僕の場合、逆に1週間で新しいアイデアを出すほうがキツイですね。小説はひとつアイデアを出せば、それを書き終えるまで次のアイデア出しを3カ月くらい引き延ばせる(笑)。アイデアさえ浮かべばあとはアウトプットするだけなのでラクなのですが、何かを考えている期間がつらいんですよね。だから、短編より長編のほうが書きやすいのかもしれません。

たくみ:長編のほうがラクって、僕にとっては新鮮な意見です。僕の場合、アイデアを考えている時間のほうが楽しいので。アイデアに肉付けするほうがストレスを感じます。

五十嵐:僕は、切り替えが超へたくそなんです。使っている頭が違うのか、同じ日に弁護士と作家の仕事を両方することができなくて。だから、曜日によって分けているんです。作家の日に小説を書いて、弁護士の日には弁護士をする。弁護士の日はアイデアが出ないので、作家の日に書いた原稿を推敲するくらいしかできません。

たくみ:“作家の日”っていう言い方がまずすごい(笑)。そんな綺麗に分けられるんですか?

五十嵐:作家専業になっても、生産性が上がる気がしないんですよね。インプットとアウトプットを分けることが大事だと思うので、弁護士の日はネタになりそうなことをインプットするつもりでいます。

たくみ:僕も勉強しないと動画を作れないので、インプットする日は設けていますね。1本の長編動画を作る際には、授業準備として約2カ月間勉強するんです。このテーマについて、この世で一番わかっているのが僕だろうと勘違いするくらいまで勉強する。そうでないと、動画の投稿なんてできません。理系分野は間違いにシビアなので、間違えた瞬間にあっという間に叩かれて信頼を失ってしまいますから。5年間続けられていることが奇跡のようです。

五十嵐:間違いがないか、ダブルチェックをする人はいるんですか?

たくみ:まず僕が動画を撮り、理系の大学院出身の編者者がチェックします。そのチェックが戻ってきたら、僕がもう2、3回チェックして、ようやく世に出します。外部に監修者がいるわけではなく、我々だけで完結させていますが、細心の注意を払っていますね。最悪なのは、動画ができあがった後に間違いに気づいたケース。泣きながらお蔵入りにします。

五十嵐:時間をかけて動画を作っているうえに、小説もたくさん読んでいるのがすごいです。

たくみ:すべての時間を動画制作に費やしているわけではないので、読めますよ。最近は謎解きのほかに、マーダーミステリー(殺人事件を題材にした体験型推理ゲーム)にもハマっているので、僕も何か作ってみたいなと思っています。ミステリー作家がシナリオを書いたらもっとすごいものができそうですが、一度プレイしたら終わりなので商業的に成立しづらいんですよね。ミステリー作家が書いた本気の作品を遊ぶというのも、僕の夢です。

五十嵐律人、ヨビノリたくみ

ヨビノリたくみ
大学レベルの数学、物理を主とした理系科目の授業動画を配信するYouTubeチャンネル『予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」』を運営。理系の高校生・大学生に向けた授業動画や様々な情報提供を行い、2022年8月現在のチャンネル登録者数は93万人。東京大学大学院を卒業し、6年続けた予備校講師の経験を生かした動画が人気を博している。

YouTube:https://www.youtube.com/c/yobinori

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