加藤シゲアキ「10年前の自分に言いたいです。あの時書き始めてくれてありがとう」『1と0と加藤シゲアキ』新刊発売インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2022/10/14

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』11月号からの転載になります。

 ジャニーズ事務所のアイドルグループ・NEWS のメンバーとして活動しながら、2012年1月に『ピンクとグレー』で作家デビューした、加藤シゲアキ。第6作『オルタネート』は文学賞を複数受賞し本誌「BOOK OF THE YEAR 2021」小説部門第1位に輝くなど、オルタナティブな(取り替え可能な)存在がいない無二の作家性を確立している。最新単行本『1と0と加藤シゲアキ』では、編者および著者を務めた。
「見たことのない本を作りたい、という思いがありました」
 無二の本を作ることになったきっかけは、編集者から10周年企画本の製作を打診されたことだ。

(取材・文=吉田大助)

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「作家で10周年って、本のオビで謳ったりそのテーマで受けた取材記事が出たりすることはあるけれども、大々的に仕掛けるようなことってまずないですよね。でも、ジャニーズって周年イベントをめちゃめちゃ大事にするんです。“周年で派手な祭りをせずしていつする?”という文化の中で育ってきたし、ファンの人たちが喜んでいる姿も目にしてきました。だから、やらないという選択はないな、と。どうせやるならば責任編集という立場で、企画出しから競作作家の選定から原稿チェックから、本作りの全ての工程に関わりたい。そうしたら、1年がかりの案件になりました(笑)」

 とにかく濃密。そして、カラフル。編著書ではあるが、加藤シゲアキの個性や作家性が炸裂している。

「ブックデザインも無茶苦茶やってほしいなと思って祖父江慎さん(+コズフィッシュ)にお願いしたんですが、こんなにギラギラな物体ができあがってくるとは思わなかった(笑)。見た瞬間に“何これ!?”ってなりますよね。近付いて確かめたくなるし、本をめくりたくなる」

1でもあり0でもある。それこそが渋谷である

 本書が示すのは、加藤シゲアキの過去・現在・未来。

 過去を振り返る超ロングインタビュー企画は、収録時間が7時間を超えたという。そもそも小説を書き出したきっかけは、メンバー脱退の話し合いをするためグループとしての活動が停止してしまい、「仕事が月に3日しかない。暇を持て余して、淀んでいって」という状態だったから。この「月に3日」という文言を始め、加藤の作家人生がここまで詳しく語られたことはかつてなかった。

「過去については振り返るのはこれで最後、ぐらいの勢いで語りました。一方で、既刊本の刊行当時に雑誌で受けたインタビューも5本再録されているんですよ。『ピンクとグレー』を出した時の、『ダ・ヴィンチ』さんの記事も入っています。当時の記事の内容と、ロングインタビューで語っていることとは微妙にズレがある。そこを照らし合わせていくのは、自分でもちょっと面白かったです」

 林真理子、朝井リョウとの対談記事も再録。「いま一番話したい相手」であるお笑い芸人・小説家の又吉直樹、劇作家の前川知大、映画監督の白石和彌の対談3連発は新録した。「演劇界の芥川賞」と言われる岸田國士戯曲賞にノミネートされた、戯曲『染、色』も書籍初収録されている。本人が特に胸を張るのは、競作企画だ。「渋谷と○○」というテーマを発案し、総勢8名に原稿執筆を依頼した。純文学作家、エンタメ作家、詩人に俳人……。

「このメンバーでアンソロジーが編まれることは、他ではまずないでしょうね。そこに僕らしさが出ているのかなという気もするし、10年間作家をやってきたからこそ繋がりもできたし信頼みたいなものも感じていただいて、みなさんに依頼を受けてもらえたんじゃないか。書き続けてきて良かったな、と改めて感じられる企画になりました」

 8つの作品は実に多種多様で、書き手の個性が感じられる。各作品の後ろに掲載された、加藤の筆による作品解説も魅力的で、当該作家の他の作品にも触れたくなるはずだ。

「みなさんが『渋谷と○○』というテーマの○○に何を選ぶのかはもちろん、渋谷という街のどの空間、どの時代を切り取るかに興味があったんです。8人が選んだ渋谷はものの見事にカブらなかったし、それぞれの作家性がよく出ていてどの作品も全部面白い!」

 競作企画の大トリを務めるのが、加藤にとって小説最新作となる書き下ろし短編「渋谷と一と〇と」だ。本の題名にもなっているこのフレーズは、どのように生まれたのだろう。

「10周年の10を分解して“一、〇”にしたんですが、デジタルの世界の二進法も表しています。これまでのコンピュータは“1か0か”の組み合わせで情報を処理していたんですが、次世代の量子コンピュータは“1でもあり0でもある”という単位を導入することによって、爆速で処理能力が上がったんですよ。その話を知った時に、“1か0か”の二元論で判断する時代はもう終わったんだなと思うのと同時に、なんか渋谷みたいだなって感じたんです。渋谷って1と0の間のグラデーションを大事にしているし、いろんなものが重なり合っている。例えば、LGBTの人たちに社会的権利を与える法律を定めたのは、渋谷区が一番最初ですよね」

 アイドルか作家か、ではなく、アイドルであり作家でもある。そしてそれ以外の創作活動も精力的に行う加藤シゲアキは、渋谷そのものなのかもしれない。

作家生活10周年に監督デビューしました

 実は、短編小説「渋谷と一と〇と」よりも先に書き上げていた作品がある。同タイトルのショートフィルムの脚本だ。脚本ももちろん本書に収録されている。完成した映像作品はYouTubeで無料公開中だ。

「マネージャーから“映画もやればいいじゃん?”と、無茶ぶりされたんですよ。“いや、大変すぎやしません?”と軽く抗議したんですけど、この本のテーマである加藤シゲアキの過去・現在・未来で言うと、分かりやすく未来を感じさせるようなチャレンジにもなる。脚本をやって予算の兼ね合いもあるから主演もやって、作家生活10周年だって言っているのに、監督デビューしました(苦笑)」

 コロナ禍の渋谷を舞台に、加藤本人を思わせる小説家とドッペルゲンガーが織りなす物語は、見返すたびに味わいが増していく。細部まで映画的感性が行き届いた、圧巻の完成度だ。一人二役を務めた映像作品と同名の短編小説は、物語の軸や人物設定こそ同じだが、内容は大きく異なる。その違いが面白い。

「自分の中に感覚としてある“映画的なもの”と“小説的なもの”を、脚本と小説に振り分けていったら自然とこうなったんです。先に映像作品を撮ってから小説を書いたんですが、フラストレーションが溜まっていたんでしょうね。映像作品では無理だけど小説なら渋谷で全力の鬼ごっこをしてもいいし、予算や制約を無視して何でも自由に表現できる。書きながら“小説、楽しー!!”ってなりました」

 宣誓、と題された前書きで加藤はこんな言葉を記している。本書は「未来へ踏み出すための書籍である」と。

「今しみじみ思っているのは、10年かけてようやく小説家になれたな、と。書きたいことがちゃんと書けるようになるには、それくらい時間がかかるものなんですよね。たぶん10年前に『ピンクとグレー』を書かなくても、その後に何かを書いていたと思うんです。書かない人生はなかったんだろうなと思う。ただ、10年前に書き出したからこそ2022年の今、自分は小説家ですと胸を張って言えるようになれた。あの時書き始めてくれてありがとう、と10年前の自分に言いたいです」

 

加藤シゲアキ
かとう・しげあき●1987年生まれ、大阪府出身。青山学院大学法学部卒。ジャニーズ事務所のアイドル「NEWS」のメンバーとして、2003年11月にCDデビュー。12年1月、『ピンクとグレー』で小説家デビュー。小説第6作『オルタネート』は吉川英治文学新人賞ほか文学賞各賞に輝いた。俳優としての最新出演作は、10/9よりスタートの『連続ドラマW シャイロックの子供たち』。

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