高杉真宙「本当に大変な仕事だ……!」99%の人は、開示請求を拒否? 超話題のリーガル漫画『しょせん他人事ですから』の清水弁護士と語る

マンガ

更新日:2022/10/18

しょせん他人事ですから とある弁護士の本音の仕事』(左藤真通:原作、富士屋カツヒト:作画/白泉社)は、ネット炎上・SNSトラブルを題材にした、弁護士が主人公の人気コミック。リアルを追求したという本作は、ネットトラブルを専門とする現役弁護士の清水陽平氏が監修している。また、昨今ますます有名人への誹謗中傷が問題になっている。そこで、無類のマンガ好きで知られる俳優・高杉真宙さんと清水弁護士の対談を実施。コミックの魅力や、ネットトラブルの実態、SNSとの付き合い方など、弁護士と俳優というそれぞれの世界で活躍する2人にお話を伺った。

(取材・文=立花もも 撮影=干川修)

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高杉真宙さん(以下、高杉) タイトルは『しょせん他人事ですから』ですけど、ネット上の誹謗中傷って、僕みたいな役者や、人前に出る仕事をしている人間にとってみたら、まったく他人事じゃない。でも実際、自分がそういう出来事に巻き込まれることはなかったので、どういう過程で開示請求が行われて、和解の協議がされるのかなど、一つひとつ丁寧に描かれていくのが、すごくおもしろかったです。勉強にもなりました。1巻では、誹謗中傷でブログが炎上してしまった主婦が、とくにひどい相手を開示請求して訴える……という話ですが、一冊でひとつの案件をじっくり描いているのもよかったです。登場人物の立場になって、追体験するように読めました。

しょせん他人事ですから とある弁護士の本音の仕事
しょせん他人事ですから とある弁護士の本音の仕事』(左藤真通:原作、富士屋カツヒト:作画/白泉社)

清水陽平さん(以下、清水) 実際、私が関わっている案件も、おおむねマンガに描かれたような感じなので、かなりリアルだと思います。弁護士仲間からいちばん共感されたのは、1巻の冒頭、無料相談にやってくる人たちの姿でしたけど(笑)。

――明確な権利侵害のない悪口を理由に訴えようとするとか、炎上したから何とかしてほしいと言いながら詳細は「調べるのがそっちの仕事でしょ」と怒るとか、自分の言いたいことを自分にしかわからない言葉でまくしたてるとか……。

清水 ものすごく多いんですよ。もちろんご本人たちは真剣なので、その気持ちを否定するつもりはないのですが、どういう経緯で訴えたいと思ったのか、その結果どういう着地点を見いだしたいのか、それはご自身でしっかりと考え、語っていただかなくてはこちらも動けませんからね。

高杉 これが日常的に起きているなんて、弁護士さんって、本当に大変なお仕事ですね……。そんななかで主人公の弁護士・保田は、タイトルにもある「しょせん他人事」という精神を大事にしているじゃないですか。僕は、そこがいちばん好きです。今回は、訴える側だったけど、状況によっては訴えられる側……誹謗中傷をした側につかなきゃいけないことも、きっとあるはず。どんな仕事も誠実に尽くすのは前提としても、気持ちの上で寄り添えない相手に向き合わなきゃいけないのは、しんどいですよね。他人事、と一線を引くことで自分を守ることも大事なんだろうなと思いました。

清水 最初に取材していただいたとき、弁護士は「しょせん他人事」という意識をもって仕事しないといけないとお伝えしたら、マンガ家さんがすごく衝撃を受けていらっしゃって。ドラマなどの影響で、弁護士というのは依頼者に心から寄り添うものだ、というイメージが強いですけど、実際は必ずしもそういうわけじゃない、というかむしろ、依頼者と一体化してはいけないと僕は思っているんです。当事者と同じ目線に立って物事をとらえるのは、見失うものも多く、依頼者にとっていちばんいい解決へと導くことができなくなってしまう。おっしゃるとおり、一線を引いて客観的な視点に立つことが必要なんです。それができなければ、代理人として立つ意味がなくなりますからね。

――それは弁護士になった当初から心掛けていたことですか?

清水 どうだったかなあ。誰かからそう教えてもらったような気もしますが、経験を重ねるうちにその意識が明確になっていったんじゃないでしょうか。もともとの性格が、ナチュラルに一線を引くタイプだった、というのもあると思いますけど(笑)。

高杉 僕も、同じタイプです(笑)。でも、匿名でなんだって書き込むことのできる今の時代には、とくに必要とされることなんじゃないかという気がします。僕は、SNSを活用するのが本当に苦手なんですけど、コメントの類はちゃんと見ていて。なかには好意的ではないものも、もちろんありますが、僕に向けられた言葉は、余すところなく全部見よう、と思っているんですよね。そのうえで、話半分で聞こう、って。

――真剣にみなさんと向き合ったうえで、一線を引いて受け止めすぎないようにする。

高杉 そうです。そんな言葉にふりまわされないぞ、と、若干エネルギーに変えている部分もある(笑)。

清水 批評の範囲内だったらその対応でもかまわないと思いますが、うっかり炎上の中心に立たされてしまったり、あまりに激しい悪意を向けられたりしたときは、全部を見ると精神を病んでしまうので、気をつけてくださいね。マンガにもありましたが、自分では冷静なつもりでも、ネガティブな言葉を見ているだけで、情緒が乱されてしまうものなので。

高杉 確かにそうですね……。ほどほどにするようにします。

清水 ネット上のトラブルは、年々、右肩上がりに増えていますし、過激なものも多いですからね。開示請求のほとんどは、東京地裁の民事9部(保全部)で行われるんですが、去年は894件にものぼっていて、これは4年前に比べるとほぼ倍の数なんですよ。今年はもっと、増えているかもしれない。

高杉 1巻で印象的だったのが、訴えられた女性が裁判所で謝罪の言葉を口にする場面。泣いて「すみません」とは言っていたけれど、ストレスがたまっていたからとか、全部何かのせいにしていて、「私は悪くない」という本音が透けて見えるから、全然その言葉が頭に入ってこない。そんな彼女を見つめる保田さんの表情もすごく好きだったんですけど、そういう人たちの「私は悪くない」がひっくりかえって、心の底から反省する瞬間ってあるんですか?

清水 ないですね。

高杉 やっぱり……。

清水 全員ではありませんけどね。たいていの人は、言葉と態度ではしおらしく頭を下げるものの、「なんで自分だけが」という思いが拭いきれない。書き込んでいたのは自分だけじゃないのに、とかね。これも作中にありましたが、後悔はしても反省はしない。だから、このマンガの女性みたいに、せっかく和解したのに慰謝料を踏み倒そうとするんです。自分の生活に実害が及んで初めて「あんなことしなきゃよかった」と思っているだけで、相手を傷つけたことに対する申し訳なさは、薄いから。

高杉 そういうところも含めて、このマンガは生々しく迫ってきたんですよね。僕、家でよくゲームをするんですけど、ボイスチャットで知らない人としゃべる機会も多いんですよ。そこでもけっこうな罵詈雑言が飛び交うことがあって。幸い、僕自身に悪意が向けられたことはないんですけど、肉声のやりとりでさえこんなにもひどいことが言えるんだから、相手の存在を実感できない文字のやりとりなら、なおさらだろうなと思います。直に接することのない人を、生身の人間として認識することができず、相手の気持ちを想像してコミュニケーションをとることもできない。どうしてそんなことが起きるのだろう、どうすれば少しでも傷つく人を減らせるんだろうと、マンガを読んで改めて感じました。

清水 教育、だと僕は思いますね。思いやりを持ちましょう、相手の気持ちになって考えましょう、というのは小学校の低学年で学ぶようなことですが、対面だけでなく、ネットの世界でも当たり前にそれができるようにしなくてはいけないのだろうなあ、と。

高杉 匿名、というだけで、それができなくなってしまうのも不思議ですよね。

清水 たいていの人は、誹謗中傷をしているという自覚がないんですよね。ただの意見だから、と気軽に書き込んでしまう。でも、もし本当にそれが悪いことではないと思っているなら、面と向かっても言えるはずなので、開示請求されることにもなんら問題はないじゃないですか。でも、99%の人は、開示請求を拒否するんです。

――拒否された場合は……。

清水 裁判所に話を持っていくしかなくなるので、より大事になるだけです。ダ・ヴィンチWebの読者がそのような状況に陥ることはないと信じたいですが、もし開示請求を受けることがあったら、素直に同意して謝罪するのがいちばんだと思いますよ。開示請求されている時点で弁護士が間に入っている、ということは、誹謗中傷を受けた側はお金を払ってでもどうにかしたいと思っている。そしてかかった費用分は相手から回収したいと思うものなので、長引けば長引くほど、請求される額も高くなります。それに、最初に謝罪を拒否した相手があとからしおらしく謝ってきても「お金を払いたくないからでしょ」と訴えた側は思いますよね。それでは許せるものも許せなくなるでしょう。

高杉 ネットを使える年齢層を引き上げたら、問題も少なくなるでしょうか。

清水 それが、けっこう30~40代の方のトラブルも多いので……。多いのが、アニメなどエンタメ作品のファン同士が揉めるケースですね。同じ作品が好きでも、推しているキャラクターが違うと、そのコミュニティの中でファン同士が対立して、中傷が始まってしまうんですよ。

高杉 そんなことが……。現実に出会える範囲でしか人と交流できなかった時代と違って、ふれあえる世界が広がったぶん、問題も起きやすくなってしまうんですね。僕はSNSで人と交流することがないので、思いもよらぬ出会いを得られるというのは、羨ましくもあるんですが。

清水 使い方さえ間違えなければ、情報収集もできるし、日常では接点のない人とも交流できるし、楽しいことのほうが多いと思うので、平和にみなさんが交流できる世界を築いてほしいですね。ただまあ、この仕事をしていて、媒体が変わったところで、人の本質って変わらないんだなとも思うので……。もともと私は、ある種の企業コンサルの仕事をしていて、ネットの掲示板にあれこれ書かれたのを何とかしたい、と相談を受けたことがきっかけで、ネット関係の案件を専門にするようになったのですが、ゴシップ好きの人たちというのは、いつの時代も一定数、いるんですよ。ネットの誹謗中傷も、かつては井戸端会議で噂されていたことが、目に見える場で行われるようになっただけですしね。

高杉 なるほど。

清水 訴えられた人が、なんで自分だけ、と思ってしまうのもある意味では自然なことで、誹謗中傷の一線を越える人と越えない人に、大きな違いはないんですよ。何度もくりかえし粘着して書き込んでいるようなケースだと、権利侵害をしている、つまり違法行為とみなされる可能性が高いのですが、どこまでがセーフかなんて明確なラインが決められているわけではないですし、今訴えられていないからといって、自分のふるまいに問題ないというわけではない。

――先ほど、誹謗中傷をしている意識がない、というお話もありましたが、2巻ではまさに「意見をつぶやいただけ」「リツイートしただけ」の相手も訴えようとする芸能人が依頼人として登場しますね。

高杉 むしろ僕は、そっちをちゃんと読んだほうがいいかもしれない(笑)。でも、明確なラインがないからこそ、「しょせん他人事」という精神が大事になってくるのかもしれませんね。やっぱり、自分は自分、他人は他人、と割り切って過ごすことって、すごく大事だと思うんですよ。もちろん、他人と自分を比べることで、もっと頑張ろうとか、ポジティブな原動力になることもあるけど、比べないほうがメリットも大きいというか、心身ともに健康的に過ごせる気がします。どうせ比較するなら、自分だけと向き合った状態で見えてくるいいところと悪いところを比べて、どうすればもっとよくなっていくかを考えたほうが建設的ですし。

清水 そうですね。あとは、どうしても冷静に自分を見つめられないときは、他人事としてとらえてくれる人に判断をゆだねるというのもひとつの手だと思います。たとえば、嫌がらせの一環で懲戒請求をされるなど、僕自身が訴えられることも、ときどきあるんですが……。

高杉 本当に大変な仕事だ……!

清水 その対処は、自分では行わないようにしています。事情を知りすぎていると冷静に文書を書けない、ということもありますし。そういうときは、他の弁護士に代理人として間に立ってもらうようにするんです。保田ほどオブラートに包まない弁護士はそうそういませんが、厳しくても、他人事として冷静に対処してくれる人を味方につけて、自分がどうしたいのかを考えるということは、ネット上のトラブルにかかわらず、大事なことなんじゃないかと思います。

高杉 保田さんのスタンスで、どんなふうにほかの案件も解決していくのか、2巻以降も楽しみにしています!

※紙のコミック2巻は、10月28日発売!

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