アインシュタイン河井ゆずるさん、旅ではあえて困るような状況に身を投じている!? 一人旅の醍醐味とおすすめ本を聞く「旅と本の話」

文芸・カルチャー

PR更新日:2023/3/1

河井ゆずるさん

 旅に行くと、文章に残したくなる。誰かの旅行記を読むとワクワクがとまらない…。「旅と本」って、なんでこんなに相性がいいんだろう? 一人旅が大好きという、お笑いコンビ・アインシュタインのツッコミ担当・河井ゆずるさん。おすすめの本から旅の魅力、さらには旅のエッセイ執筆の可能性まで? お話をうかがいました。

(取材・文=立花もも 撮影=川口宗道)

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元相方から薦められた一冊に心打たれて、同じバイトを探しました

――おすすめしていただいた辻内智貴さんの『青空のルーレット』(光文社文庫)、何かを目指している人には刺さるセリフがたくさんありますね。〈夢を叶える事よりも、夢を見る事で、人間は人間になれるんだっ〉とか。

青空のルーレット
青空のルーレット』(辻内智貴/光文社文庫)

河井ゆずるさん(以下、河井) そうなんですよ。僕はもともとそんなに本を読むタイプではなかったんですが、僕の元相方で、今はお笑いコンビ・アキナの山名(文和)が読書家で、当時、いろいろと薦めてくれたんですよね。『青空のルーレット』もそのうちの一冊で、小説家とかミュージシャンとかいろんな夢を追いながら窓拭きの仕事をする主人公たちに、めっちゃ心打たれまして。同じバイトがしたくて探したんですけど、見つからなくて残念やったなあ。

――だいぶ影響されましたね(笑)。

河井ゆずるさん

河井 影響されやすいんです(笑)。僕もコンビを組んだばかりでお金がなかったし、この先どうなるのかわからないけど夢を追い続ける、みたいな境遇に重なるところが多かったですしね。で、そのあと辻内さんの書いた『セイジ』(光文社文庫)という小説も読んで、一人暮らしの部屋でボロ泣きしたのを覚えています。

セイジ
セイジ』(辻内智貴/光文社文庫)

――国道沿いのさびれたドライブインで、大学生の主人公が不器用な店主・セイジに出会い、住み込みで働く日々を描く小説ですが、「人はなんのために生きているのか」を切々と訴えかけてきます。

河井 淡々としてるのが、また響くんですよね。で、そのまま物語が進むのかなと思いきや、オチがかなり衝撃的で……。読んだのは20年近く前ですけど、今でも心に突き刺さっています。とはいえ、ふだんからめちゃくちゃ本を読むってわけじゃないんですよ。表紙で気になった小説とか、好きな作家さんの読んでないやつを見かけたら、手にとるくらい。最後に読んだのも2年くらい前……道尾秀介さんの『雷神』(新潮社)じゃないかな。

――ちょうど、ダ・ヴィンチWebの「人間関係特集」で取材させていただいたとき「今、読んでいて、めちゃくちゃおもしろいんです!」って興奮していたのを覚えています。その後、ラジオで道尾さんと共演されたんですよね。

河井 好きな小説の作家さんに出会えるというのは役得というか、贅沢な経験ですよね。道尾さんの小説は、『雷神』をはじめヘヴィーなものが多いから、読んでいるときに著者の顔がちらつくと「あの優しくて物腰のやわらかい道尾さんが……?」と戸惑ってしまうので、ご本人のことは考えないようにしてますけど(笑)。対して、ご本人の声がそのまま聞こえてきそうな小説やな、と思ったのが、西加奈子さんの『漁港の肉子ちゃん』(幻冬舎文庫)。

漁港の肉子ちゃん
漁港の肉子ちゃん』(西加奈子/幻冬舎文庫)

――さんまさんのプロデュースでアニメ映画化されましたよね。

河井 僕も以前から大好きな小説で。実は、道尾さんとは、出会いの順序は逆なんですよ。笑い飯の哲夫さんと飲んでいる場に、西さんがいらっしゃったことがあって。当時の僕はテレビにも全然出ていなかったし、芸人として箸にも棒にも掛からない状態でしたが、そんな僕にもフラットに接してくださって、なんて明るくて気さくな人なんだろうと思った印象がそのまま『漁港の肉子ちゃん』には映し出されている。優しいんですよね、とにかく。西さんも、物語も。

――数ある西さんの作品のなかで、『漁港の肉子ちゃん』を読もうと思ったのはなぜだったのでしょう。

河井ゆずるさん

河井 ジャケ買いですね。まず表紙のカラフルさに目を惹かれて、「あ、西さんだ」と気づいて読んだという感じ。あと、タイトルから内容が全然想像できないのも、興味を惹かれたポイントです。魚なんか、肉なんか、わからないじゃないですか(笑)。で、読みはじめたら、小説を読み慣れていない僕にもすっと入ってくる文章で、さっきも言ったとおり、西さんの声で再生されるという贅沢体験を味わいながら、あっというまに読んでしまいました。主人公と、血の繋がらない母親である肉子ちゃんの、関係性がいいんですよねえ。

――遠慮のない関係に見えて、小さな隔たりのある主人公の心情が、さっぱりと描かれていくのがいいですよね。だからこそラストの、あの一言が効く。

河井 ああ、僕もめっちゃ泣きました。泣いて、まわりの人に薦めまくった記憶がある。『きいろいゾウ』(西 加奈子)とかも読んだけど、やっぱり一番印象に残っているのは『漁港の肉子ちゃん』やなあ。肉子ちゃんって、とにかくパワフルじゃないですか。喜怒哀楽のマイナスを全部吹き飛ばしていくような人。僕の母親もそういうタイプなんで、よけいに気持ちが入るところがあったのかもしれない。

初めて韓国に一人旅をして、こんなおもしろい経験をしてこなかったことを後悔

――そんなに読むほうじゃない、と言っていましたが、一冊の出会いをものすごく大事にされているんですね。一人旅をすることが多いということで、旅先で読んだ本で印象深いものはありますか?

河井 それが、旅先に本は持っていかないんですよ。旅先では、移動中も待ち時間も全部、そこで見聞きできることを逃したくないんですよね。旅行といえば海外に行くことが多いので、そういうときはとくに、国内でもできることはしたくない。

――じゃあ、ずっと周囲を観察している?

河井 ですね。電車を待っている人のマナーとか、時刻表示のデザインとか、漂ってくる匂いとか、つかみとれるものは全部つかんで帰りたい。僕、本を読みはじめたら、寸暇を惜しんで読みたくなるタイプなので、仕事の合間は移動時間もずっと本を開いているんです。一度に二つのことができないから、そうするとせっかく旅行にきたのに、本ばかり読んでいることになってしまうでしょう。それじゃ、家にいるのと変わらないですからね。そもそも、僕が一人旅しようと思いたったきっかけは、ネタづくりのためですし。

――それはアインシュタインのコンビネタではなく……。

河井 2015年から始めた、一人でやってるトークライブのためです。僕、何気ない日常をおもしろおかしく話すのが本当に苦手なんですよ。で、トークライブを毎月一回やろうと決めたはいいけれど、持ちネタだけじゃ3カ月もすれば尽きるぞ、というのが始めた当初からわかっていて。エピソードトークのストックを増やさなきゃと考えたときに「こないだ、はじめて海外旅行をしたんですよ」という入りを思いついた。それで、韓国に行ったのが一人旅のはじまり。

――息抜き、とかじゃないんですね。

河井 むしろ、がっつり仕事のため(笑)。でね、最初に韓国に行ったとき、めちゃくちゃ後悔したんですよ。何をって、35歳になってトークに追いつめられるまで、こんなおもしろい経験をしてこなかった自分に。大阪から飛行機で1時間半くらい飛んだだけで、言語も、匂いも、食べるものも、常識もまったく違う場所にたどりつけてしまうんや、と。それまで、修学旅行のオーストラリア以外で、日本から出たこともなかったんですよね。いつかどこか行けたらええなあ、くらいは思っていたけど、人間いつ死ぬかもわからへんのに、こんな景色を見ようとも思わずよくのうのうと生きてこられたな自分、と腹もたちました。

――それだけ、韓国旅行で得るものも大きかったんですね。

河井 1日で30キロぐらい歩いたんですよ。電車も乗りましたが、とにかく街を歩いていました。体力的にはしんどかったけど、行きたい場所を決めてきっちりスケジューリングしてまわるよりも、行き当たりばったりで旅をしたほうが自分は楽しめるんじゃないかな、と思ったので。

――思いがけないタイミングと場所で出会えたもののほうが、心に残りそうですよね。

河井 そうなんですよ。世界遺産の景色とか見たら、そりゃ感動するだろうけど「すごいなあ」で終わってしまう気がして。それよりも、その土地で生活している人の目線に立って、なんとなく見つけたカフェに入ってみたり、常連が溜まっているような店でごはんを食べたりしたほうが、発見があるような気がしました。だから僕、泊まるときもAirbnb(エアービーアンドビー/空き部屋を貸したい人と部屋を借りたい旅人を繋ぐWebサービス)を使うんです。ほんの少しでも、現地の人たちの生活を感じ取りたくて。

――ネタは、集まりましたか。

河井 そりゃあ、もう。お客さんは僕が失敗したり焦ったりした経験を話すほうが笑ってくれるので、あえて困るような状況に身を投じているところはありますけど。まったく望んでもいないのにニューヨークでは詐欺に引っ掛かりましたし、ヨーロッパでは飛行機の予約を間違えてあわや帰国できなくなるところでしたし。

――困るどころじゃない(笑)。

河井 ほんとですよ。2泊4日でニューヨーク行ったのに、着いてそうそう、タイムズスクエアで持ってた50ドルのうち40ドルをとられたから、缶ビールとホットドッグを食べて終わりました。本当はリバティ島にわたって自由の女神を見るつもりだったのに、遠目で眺めるだけになって。ロンドンとパリとミラノの弾丸ツアーを一人でやったときは、パリからミラノに行く飛行機の予約を間違えたんですよね。ミラノから日本に帰ってすぐ仕事をしなきゃいけなかったのに、その便に間に合わないかもしれないとなったときは、本気で焦ったなあ……。どうにか間に合う便の空きを見つけて滑り込んだんですけど、このチケットがまためちゃくちゃ高くてね。せっかく最安値の航空券を探してセッティングしてたのに。

――確かにその話、トークライブで委細をおもしろおかしく聞きたいです(笑)。

河井 ぜひ。与那国島で、日本最南端の美しい夕陽を一人で見て、どうしようもなくむなしくなった話とか、いろいろありますよ(笑)。グアムで恋人岬に一人で行ったときも、きつかったなあ……。カップルだらけのなかで、めっちゃ目立つんですよ。帰りのバスがくるまで4時間待ちと知ったときは、絶望しました。ビールを飲んでべろべろに酔っ払うしかなかった。

河井ゆずるさん

――そういうお話をエッセイとして書くのもおもしろそうですよね。文章を書くのは、お好きですか?

河井 うまいかどうかは別として、好きではあります。20歳のときから、6~7年、毎日日記をつけていた時期もありますし、お手紙を書くのも好きなんですよ。年賀状は出さなくなっちゃいましたけど、単独ライブでお花をいただいたらお礼状を書くとか、ちょっとしたときに一筆添えるようにはしています。文章というより、字を書くことが好きなんですよね。居酒屋でバイトしていたときは、メニューとか書くのも好きでしたし。

――じゃあ、習字とかも得意?

河井 そうですね。大人になってからも習おうと思ったことは何度かあるんですけど、けっきょく時間がなくて、やれていない。……ああ、でも、そういえば、知り合いのディレクターさんから正月、急にLINEが来たんですよ。霊視できる人と話していたときに僕の話が出て、僕は「書く」ことで変わると言っていたから、頭の片隅にとどめておいて、って。

――ええっ、すごい!

河井 とはいえ、人様に読んでいただける文章を書いたことがないので、おそれおおい感じですけど。でもそうですね、機会があれば、やってみたいなとは思いますね。

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