尾上菊之助さんが選んだ1冊は?「日常の中で見逃してしまう自然の息吹や、人の心の豊かさを思い出させてくれる一冊」

あの人と本の話 and more

公開日:2023/2/14

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年3月号からの転載になります。

尾上菊之助さん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、尾上菊之助さん。

(取材・文=倉田モトキ 写真=booro)

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「風光明媚な写真とともに、著者が思う、いつまでも残しておきたい日本人の心の在り方が短いエッセイの形で綴られている。そこに魅力を感じ、思わず手にとった一冊です」

 作者は長らく奈良の春日大社で神主職を務めていた岡本彰夫氏。〝人間にとっての本当の幸せとは何か〟を説いた、現代人に向けた指南書だ。

「最近、仕事のご縁で子供と一緒に白神山地に行く機会が増えたんです。自然の中に身を置くと、山があり、多くの生き物がいて、当たり前のように命の営みが行われていることに気づく。時間の流れが速い日常の中にいると季節の移り変わりすら感じず、心がおざなりになってしまいますが、何気ないものから命の息吹を感じるという古来受け継がれる日本人らしさや、そんな時間こそが生活を豊かにしていく大切さを、この本で改めて教えられました」

 とかく人は、パワースポットのような特別な場所やものに惹かれる。が、「大事なのは、そこで何を得るか」。

「この著書の中でも〝京の雅〟に対して、奈良は〝鄙〟だと語っている。これは卑下しているのではなく、簡素で素朴という別の良さがあるという意味で。私もいつかそれを感じに、奈良を訪れてみたいと思いました」

 古き良き精神を現代に伝承していく─。それは歌舞伎にも通じることだ。菊之助さんが今回立ち上げた『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』にも同じ思いが宿っている。

「幼少期からゲームが好きで、コロナ禍の3年前に久々にプレーをしたのが構想のきっかけでした。当時は不要不急や自粛という言葉のもと、世界的にこのまま文化がなくなってしまうのではないかと危機を感じて。そうした中、ゲームのヒロインであるユウナと、彼女を支えるティーダを始めとする仲間が、互いに成長し合いながら強大な敵に立ち向かう姿は、このコロナ禍への強いメッセージになるのではと思ったんです」

 菊之助さんが制作にあたって大事にしたのは3つのこと。

「八犬伝でいうところの仁義礼智信という5つの心、登場人物たちがそれぞれ抱える葛藤、そして普遍性。特にどの時代において多種多様な親子の関係性は3組の父子を通してじっくり描く予定です。また、歌舞伎は観るほどに深みを感じる文化ですが、決して高尚なものではなく、先人たちも工夫を重ねて入り口を広げる演目を多く作ってくださいました。今回も、この作品を通じて歌舞伎を身近に思っていただけたら幸いです」

ヘアメイク:高草木剛(VANITÉS) スタイリスト:カワサキタカフミ

おのえ・きくのすけ●1977年8月1日、東京都生まれ。96 年、『弁天娘女男白浪』ほかで五代目尾上菊之助を襲名。立役・女方として幅広い演目で活躍。自身が発案した歌舞伎作品に『NINAGWA十二夜』『風の谷のナウシカ』などがある。歌舞伎のみならず、ドラマ、映画等で数々の話題作にも出演。

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舞台 木下グループpresents『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』

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企画:尾上菊之助 脚本:八津弘幸 演出:金谷かほり、尾上菊之助 出演:尾上菊之助、中村獅童、尾上松也、中村綿之助、坂東彌十郎、中村歌六ほか 3月4日(土)〜4月12日(水)IHIステージアラウンド東京にて開催
●ゲーム界に新たな金字塔を打ち建てた同名作を歌舞伎化。世界を脅かす“シン”を倒すべく旅に出た少女・ユウナと、旅先で出会った少年・ティーダら仲間たち。人気のエピソードを前・後編に分け、大長編歌舞伎として描く壮大な舞台。