子育ては親のコントロール欲との戦い。適切な親子の距離とは? 村瀬幸浩氏×太田啓子氏対談

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公開日:2023/2/18

 子どもを守るために幼児期から家庭で伝えたい学びとして、ここ数年で注目が集まる“性教育”。「大事なのはわかるけど、何からどう伝えればいいの?」と正直十分な性教育を学ぶ機会に恵まれなかった親世代のほうが戸惑いが大きいのが現実です。

 日本一売れている性教育本「おうち性教育はじめます」シリーズの共著者・村瀬幸浩さんと、弁護士で『これからの男の子たちへ』(大月書店)が話題の太田啓子さんの対談が実現! 2022年12月に発売となった「おうち性教育はじめます」の最新作【思春期と家族編】から、思春期の親子関係について語っていただきました。

前編では、思春期以降、親がコントロール欲を手放し、親が変わっていくことの大切さについてのお話になりました。後編では思春期の子を持つ親に気をつけてほしい振る舞いの10か条をお伝えします。

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この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。

(取材・文=小泉なつみ)

おうち性教育はじめます
おうち性教育はじめます 思春期と家族編』(フクチマミ、村瀬幸浩/KADOKAWA)

『おうち性教育はじめます 思春期と家族編』を試し読み

――「思春期と家族編」と銘打った「おうち性教育はじめます」シリーズの第二弾では、家族も性教育を学び、アップデートしていく大切さが描かれています。

村瀬幸浩さん(以降、村瀬):ここでは僕なりに、思春期の子を持つ親が意識したい振る舞いを10個にまとめたので紹介します。

太田啓子さん(以降、太田):これ、壁に貼っておきたいですね。私が意識的にやろうとして、多分なんとかできている……のは「④大人が失敗や誤りを認め、謝る」だけですね。⑧もなんとか。それ以外は「ぎくっ」という感じも正直あります。

村瀬:大人が謝ることは、子どもの信頼に繋がります。学校の場も同じで、生徒に謝れない教師はダメ。子どもはね、大人が謝ればたいていのことは許してくれますよ。同じように、自慢ばっかりする教師・親もNG。むしろ過去の失敗や後悔を話してくれる大人を子どもは信頼するんです。

太田:強い側が謝ったり、弱さを見せたりしてくれるって大きいですよね。これができない男性がどんなに多いか。「③思春期の子どもは“なんでも話さない”」は、バウンダリーの話に通じるものですね。

――「バウンダリー」とは、コミュニケーションにおける心理的・物理的な境界線で、人と付き合う際の“距離感”と本の中で紹介されていました。

村瀬:親子であっても他者です。思春期の子どもが秘密を持つのは当たり前ですから、「なんでも親に話しなさい」なんて言い方は子どもに対する攻撃になります。子どもに対しても他者性を容認し、尊重することを心に留めておきたいですね。

太田:子どもが「話したくない」と「NO」の意思表示をしたら、親はその境界・バウンダリーを尊重する、ということですね。私自身、今でも人に「NO」と言うことが苦手なので、子ども時代からトレーニングしておきたかったです。

村瀬:「以心伝心」という言葉が日本にはあるように、「何もいちいち言わなくても」という空気がありますよね。その風土と「NO」という意思表示は相当に落差がある行為であって、これを日本の生活の中で位置付けるのは大変なことですよ。

それにね、「NO」と同時に、「YES」ってこともまた言えないでしょう。だから、曖昧な状況の中、その場その場の様子でアクションが始まって、気持ちだけ揺さぶられながらいろんなことが起きている気がするよね。

おうち性教育はじめます

おうち性教育はじめます

――子どもからの「NO!」を尊重したいと思いつつ、たとえば「学校に行きたくない」が毎日続いてしまうと、親としては判断に迷います。重い「NO!」に対して親はどう対応すればいいでしょうか。

村瀬:無理やり行かせるわけに行かないですからね、最終的には受け入れざるを得ないですよね。

太田:我が家も学校に行き渋るのが続いた時期があり、色々と葛藤がありました。

村瀬:子どもからしたら「嫌だ」という身体感覚があるだけで、詳しい説明をするだけの語彙もないんです。だから、親ができることといえば「行く気になったら声をかけてね」と言うくらい。子どもの気持ちがやわらいでいくのを待つしかないと思いますよ。

太田:本当に、コントロール欲との戦いですね。

村瀬:子どもの中にある「このままじゃ良くないよな」という気持ちを大事にして待つ、ということですかね。親はその気持ちがだんだん膨らんでくるのを待つ。待つのはしんどいでしょうけども、「NO!」の意思表示は子どもが自立への歩みを順調にしている証拠とも言えますよ。

――親への「NO!」や不機嫌をまとめて「反抗期」と捉えていましたが、実は「共同生活者としてのマナー違反」や「思春期特有の不安やいらだち」など、それぞれ別の理由がある、ということが書いてあって、対応の指針になりました。

太田:「共同生活者としてのマナー違反」という言葉はすごくしっくりきます。これも共同生活マナーと言っていいと思うんですけど、子どもがご飯のおかずに文句を言うと、「作ってくれた人に失礼だよ」と叱ります。将来誰かと共同生活して、作ってもらったときに、平気で文句を言うようになってほしくないので。

おうち性教育はじめます

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ただ、「また麻婆豆腐かよ!」も、私にかまってほしくてジャブを仕掛けている感じがあって。で、どういう気持ちなのかやりとりしようと話しかけても「うんこ!」とか変顔しか返ってこないというね……。小学校5年生の二男のほうですが、そういう個性なのでしょうが自分の気持ちをあまり言語化してくれないなあと気を揉むことが多いです。「さみしい」なのか、「ママが忙しすぎてつまらない」なのか、どういうことなの?と、感情を表す言葉って色々あるよね~今言ったもののなかにぴったりくるものあるかな~?みたいに伝えてみても、「うんこ!」で終わられてしまったりして。

編集A:うちも中学生の娘に言葉を尽くしても伝わらない感じがあって試行錯誤しています。

太田:気持ちの温度計とか、いろんな表情のイラストから今の気分を表現する絵を選ぶ方法があると知って、試しにと早速下の子に見せたら「この絵、キモい」と一蹴されてがっくり。忙しいなか一生懸命情報収集したのに……。

村瀬:今聞いてると、子どもの心を一つ一つ分かろうとして気にしすぎかなと思いましたよ。ご飯を食べて元気でいれば、多少の逸脱とか食い違いぐらいは目をつぶる。それをなんかいつもきちんと噛み合っていないと気が済まないっていうのは、大人の理屈が先行してる感じがしますね。

編集A:子どもを把握してコントロールしたい欲が出ちゃってますね。

村瀬:子どもの頃ってぐちゃぐちゃしていて、いつも気持ちの整理なんてついてなかったじゃない。だから、親も“どん”と受け止めて、「それなりに生きてるなら、ま、いっか」ぐらいでいいんじゃないでしょうかね。

「⑧食事と睡眠を確保できる安全基地であれ」と書きましたが、同時に、誰からも支配・干渉を受けずにいられるということも、安全基地の重要な要素ですよ。

おうち性教育はじめます

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――進路や偏差値によって周りから比べられることを親自身が気にしてしまうこともあります。

村瀬:親は子どもの人生を生きられないんだから、そんなものからは抜け出してほしいですね。私は子どもたちに対して「元気ならそれでヨシ」くらいだったから、彼らとの関係はずっとスムーズだと思いましたよ。

太田:親の成熟度が試されていると感じます。

村瀬:私が性教育の仕事をやりたいと決意したとき、家族会議を開いて、「性教育のことやりたいから高校の仕事を辞めたいんだけど、どうかな?」とみんなに意見を聞きました。息子も娘も、「お父さんのやりたいことをやったらいいよ」と応援してくれましてね。だから僕も、子どもたちがどんな進路や仕事を選んでも否定したことはないです。

太田:「⑦子どもを積極的に頼る」にも通じるお話ですね。しかしこの10か条って、多くが夫婦間にも通じますよね。私は妻側代理人をやることが多いので、男性のほうの例でお話ししてしまいますが、交際中はなんでもなかったのに、結婚届を出した瞬間にバウンダリーを越えて、「妻の時間は俺の時間」になってしまう男性がいます。そういう人にとっては妻の手足も自分の一部になっちゃっているから、妻から別れを切り出されると、自分の手足をもがれるような苦痛を感じるのだと思います。そんな傷つき方をするほど妻を自分の一部と捉えるような感覚自体が実は加害的なコミュニケーションを生んでいて、相手はそこに苦しんで離れたんだけど、そこには意識が及ばず、「理不尽に逃げられてしまった」という被害者意識が強い。

だからこそ、バウンダリーの尊重を親から子に伝えないといけないし、そこから他者性の容認がはじまるということを家族で意識したいですね。

村瀬:「⑨両親の関係性を子どもはインストールする」と書きましたが、両親がいる場合ですけども、思春期の子どもは“最も身近にいる大人の男性・女性”としてそれぞれの親を見るようになります。生理痛で苦しんでいるお母さんの横で平気でテレビを見ているようなお父さんだとしたら、子どもはその振る舞いを学び取るでしょう。

――「おうち性教育」シリーズや太田さんの著書『これからの男の子たちへ』が増刷を重ねるなど、今、性教育を学びたい方が増えている気がします。これは希望……ですよね?

太田:20年前からできていたら今もっとマシかもしれませんけど、まあ、気づいた時からやるしかないですからね。でも、「おうち性教育」の取り上げられ方や私の本への読者の感想などを見ていると結構、展開は早い気がしてるんですけどね。小学校の先生だって今、性別問わず「さん」と呼ぶように意識してる方が結構いると感じます。もう名簿も男女混合名簿が普通ですしね。

村瀬:私は子育てが終わった身ですが、皆さんは今まさに渦中にいます。不安や心配は尽きないでしょうが、コントロールするのではなく、子どもたちの意思を尊重して、その思いの後押しをしてあげること。そのためにも親は覚悟を持って「子別れ」の時期を迎え過ごしてほしいですね。

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村瀬幸浩
東京教育大学(現筑波大)卒業後、私立和光高等学校保健体育科教諭として25年間勤務。この間総合学習として「人間と性」を担当。1989年同校退職後、25年間一橋大学、津田塾大学等でセクソロジーを講義した。現在、一般社団法人“人間と性”教育研究協議会会員、日本思春期学会名誉会員。

太田啓子
弁護士。2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。

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