【note創作大賞受賞者インタビュー】感情を忘れないうちに描いた。著者・ナターシャさんと編集者が語る創作の道のり

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/22

 2021年11月15日~2022年2月6日に開催した「note創作大賞2022」。そのなかで優秀作品賞を受賞した、ナターシャさんの『死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない』(受賞時のタイトルは『芸人が死にかけて今後について悩む漫画』)が、2023年2月9日に単行本として刊行されました。

死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない
死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない』(ナターシャ/KADOKAWA)

 お笑いトリオ「ニュークレープ」のメンバーで著者のナターシャさんと、審査から本企画に参加し書籍化まで並走してきた担当編集に出版までのお話を伺いました。

(取材・文=望月リサ 写真=玉置敬大)

advertisement
死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない

本作品を試し読み

漫画家・水木しげるさんの創作方法を参考にして

——著書『死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない』は、ご自身の体験がもとになった創作漫画だとお聞きしました。

ナターシャさん(以下、ナターシャ):そうですね。この漫画は、芸人の主人公がバイト先に向かう途中の駅で、泥酔してホームから線路に落ちた男性を助けたことをきっかけに、自分の人生を見つめ直す作品です。実際に、自分がホームに落ちた人を助けるという出来事があって、それがベースになっています。

ナターシャさん
お笑いトリオ「ニュークレープ」のナターシャさん

——なぜご自身の体験を漫画にしたんですか?

ナターシャ:自分としても、トラウマになる出来事だったんです。この感情を忘れないうちに何かに描いておこうっていうのと、今やらないとずっとやらないなと思って。

吉見:ナターシャさんって、興味のあることがコロコロ変わる方なので、漫画は日々の備忘録的な感覚で描いていたんじゃないですかね。

吉見涼さん
担当編集の吉見涼

——多くの表現方法があるなかで、ブログなどではなく、漫画にした理由はなんですか?

ナターシャ:僕は文章で伝える能力がないんです。全然漢字を知らないんで、絵でカバーしようとしたんだと思います。ちょうどその頃、エッセイ漫画を読んでいたこともあって、僕もこれでお金がもらえたらいいな、という感じでした(笑)。それに漫画にしたことでコミックの出版とかのお話に繋がれば、最高のおまけだな、くらいの感覚で描き始めたんです。

——漫画を描き始めた頃、何か参考にしたものはありますか?

ナターシャ:漫画家・水木しげるさんの『総員玉砕せよ!』(講談社)という戦記漫画があって。そのあとがきで、この『総員玉砕せよ!』という物語は、90パーセントは事実だと書かれていて、そういう創作方法もあるんだと知りました。9割事実を描いて、1割だけ想像を入れると、すごいリアリティが出るとわかって。自分が描いた漫画も、水木さんの創作方法を参考にして、物語を考えました。

 9割にあたる事実の部分は、自分の経験を題材にした話が多いのですが、人から聞いた話や考え方も材料にしています。残りの1割は、人としゃべっていて話を盛ることがあるように「あの時、こうなったほうが面白いのになー」というポイントを、形にしたイメージです。

「続きが読みたくなる」が評価ポイントだった

——受賞が決まってから、書籍化に至るまでのことをお伺いしたいのですが。まず吉見さんとしては、ナターシャさんの作品のどこを評価しましたか?

吉見:大きくは2つあって、ひとつはシンプルに続きが読みたくなる内容であったこと。もうひとつは、絵柄は荒削りではあったけれど、プロの芸人さんが芸人の世界を描くところに面白さを感じました。実際に芸人をやっているからこそ描けるリアリティがあると思うので、そこを期待して授賞とさせていただきました。

ナターシャ:応募した段階では、話自体が完結していなくて。中途半端なところまでしか投稿してなかったので、どうかと思いましたけど……。

吉見:はい。なので、このまま本にするというイメージはあまりなくて、投稿作のエピソードを生かしつつ、新たにナターシャさんがどんなものを描きたいのかを聞き出しながら、まとめられればいいなと思っていました。

——プロの編集者が担当について、書籍化に向けて動くことになったわけですけれど、第三者の視点が入ったことでの変化や、気づきなどはありましたか?

ナターシャ:「ここの話は重複してるのでやめましょう」とか、客観的なアドバイスをいただけたのは、すごく助かりました。自分では思いつかない提案をされた部分も多くあって、そのときは「やるじゃないか」と(笑)。たとえば8話に、人気絶頂のなかで突如コンビを解散した同期のケンゴが、仕事で東京に来て主人公と話す場面があるんですけれど、そのシーンの続きが、最終話に少しだけ挟まれているんです。

ナターシャさん

 当初、僕はそこは描いてなかったんですが「ここでもう一回、あの話を引っ張ってこられませんか」と言われたときは、すごいなこの人、と思いましたね(笑)。

 ほかにも読者的な視点での指摘は、すごく助かりました。たとえば、このセリフは誰のものかわからないとか、逆に、吹き出しで誰が言っているかを描写しなくても伝わる、と指摘された箇所もありましたし。漫画に関する演出のノウハウは、僕はさっぱりわからないので、とても勉強になりました。

書きたいテーマが明確にあることが大切

——編集者の立場として、商業ベースにのせるにあたって足りないなと思った部分は、どんなところでしたか?

吉見:駅で死にかけた話とか、先輩芸人との別れの話とか、もともとエピソードはいくつかあったんですが、それぞれが繋がっていなかったんですね。なので、書籍化する上では、何かひとつ大きな軸を作りましょう、という話はさせてもらいました。何を軸に設定するかを最初に打ち合わせて、全話分の大まかな構成を一通り固めていきました。その軸というのが、“死にかけた体験を通して、主人公が芸人を続けるかどうかで悩む”という部分になりました。

——逆にナターシャさんの「ここはすごい」という部分はどこでした

吉見:編集者の立場からいろいろ提案はしますが、それを全部鵜呑みにせず、細かい部分にもしっかりとした意図をもっているところですかね。さすが普段からネタ作りをされているだけあるなと思いました。

——書籍化する上で加筆したエピソードもあると思いますが、どのように進めていきましたか?

吉見:ナターシャさんの描きたいことを描いてもらいたかったので、まずは描きたいエピソードをリストアップしてもらって、それを僕が入れ替えて、ナターシャさんに提案して、というやりとりを重ねていきました。

——ナターシャさんとやりとりを重ねる上で、意識していたことはありますか?

吉見:1話ごとにちゃんと物語が完結していく構成を心掛けていました。また、いずれ映像化のオファーが来たらいいなという淡い願望があり、その点も意識して編集しました。

ナターシャさん

大層な動機がなくても、行動してよかった

——note創作大賞に応募されたのは、コロナ禍の真っ只中。少なからずコロナは生活に影響を与える出来事だったと思いますが、ナターシャさんにとってはいかがでしょうか?

ナターシャ:僕のやりたいことが、絵を描いたり映像を作ったり、家でできることばかりなので、今までやろうと思いながらも、躊躇していたことに手をつけてみようと思いました。それで漫画を描いたのですが、一歩踏みだせば書籍化なんて話もあるんだなと驚きましたし、行動してよかったと思いました。

——書籍化するにあたり、ある夢が叶ったそうですが?

ナターシャ:そうなんです。前々からものすごく憧れていた鈴木成一デザイン室さんに装丁をお願いすることができました。僕、前に『失踪日記』(吾妻ひでお/イースト・プレス)というコミックの表紙(カバー)が気になって、誰が装丁をしているんだろう?って、確認をしたんです。そしたら鈴木成一デザイン室さんが担当されたとわかって。憧れていた事務所にダメ元で、僕も装丁をお願いしてもらったんです。そしたらお引き受けいただけると聞いて、本当に驚きましたね。

失踪日記
失踪日記』(吾妻ひでお/イースト・プレス)

ナターシャさん
ナターシャさん(左)、装丁を手がけた鈴木成一デザイン室の鈴木成一さん(右)

——あらためて、著書『死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない』を通じて、ナターシャさんが伝えたかったことはなんでしょう?

ナターシャ:以前、妹に「夢があって羨ましい」と言われたことがあるんです。僕はそこで悩んだことは一回もなくて。でもその話を周りにしてみたら、妹に共感する人が案外多いことに気づきました。

 漫画に登場する佐藤さんというキャラクターが、まさに「やりたいことがない人」なんです。実はこの佐藤さんは、「やりたいことが決まっていなくて、就活が大変だった」と話していた知り合いの会社員がモデルです。

 でも一方で、やりたいことがある人はある人でめっちゃ悩むし、しんどいんです。一番、それを言いたかったです。あとは何かをやめるのも続けるのも、そんな大層な動機じゃなくてもいいってことを書きたかったんですよね。

 何かを続けることって、その続ける理由を探す人が多いと思っていて。そんなものはいらなくて、ぼんやりした理由でも好きだから続ける、でいいんじゃないかと思うんです。逆に体を壊すほどでなくても、しんどかったらやめればいいとも思います。そういうことを伝えられたらなと思って描きました。

——就活で悩んでいる方などにも読んでもらえたらいいですね。

ナターシャ:はい。進路や自分の生き方に悩んでいる人に、ぜひ読んでほしいと思います。

——最後に書籍化を通じて、コンテストなどで作品を応募する際に大事だと思ったことがあれば、教えてください。

ナターシャ:作品のあらすじだけで人の興味を引くって、結構大事なんじゃないかと思います。

 note創作大賞の授賞式で、ある受賞作のあらすじがすごい気になって。僕、作者の方に話しかけましたもん。「毎日、ナンがちょっとずつデカなっていく話って、どんな話なんですか?」って(笑)。

吉見:僕も同じで、やっぱり「タイトルだけで興味をそそられる」「続きが読みたくなる」要素が一番大事なんじゃないかと思いますね。なのでまずは、自分の書きたいものを書く。そして、誰かひとりでも「なにこれ?」と思ってくれるような見せ方を工夫する、という主観と客観のバランスを意識されるといいんじゃないでしょうか。

——非常に参考になりました。本日はありがとうございました。

ナターシャさん

ナターシャ
浅井企画所属。お笑いトリオ「ニュークレープ」のメンバー。
『芸人が死にかけて今後について悩む漫画』でnote創作大賞2022優秀作品賞を受賞。
note:https://note.com/polanakata
Twitter:https://twitter.com/newcrepe_nata

吉見涼
KADOKAWAコミックエッセイ編集部所属。
コミックエッセイやセミフィクション、実用書を中心に編集を担当。
主な担当作は『じじ猫くらし』『がんばれ!コッペパンわに』『1分やせストレッチ』『母親を陰謀論で失った』(コミックエッセイとセミフィクションの新シリーズ「シリーズ立ち行かないわたしたち」)など。

あわせて読みたい