映画『水は海に向かって流れる』公開記念! 原作者・田島列島×ピース・又吉直樹スペシャル対談――「映像化されたことでグッときたシーン」

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PR公開日:2023/6/17

田島列島さん、又吉直樹さん

 2023年6月9日より全国で公開となった映画『水は海に向かって流れる』。マンガ好きで自身のYouTubeチャンネルでも原作ファンであることを公言しているピース・又吉直樹さんと、原作者である田島列島さんとの対談が実現。本作についてはもちろん、自身の作品の映画化のことや、お互いリスペクトしている作家同士として創作活動について語り合っていただいた。なお、この対談の本編はYouTubeで公開されているので併せて楽しんでいただきたい。

取材・文=立花もも

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又吉「他のどの作品とも重ならない群像劇」

又吉直樹さん(以下、又吉):マンガ好きの芸人と情報交換するなかで、『水は海に向かって流れる』がめちゃくちゃおもしろいという噂を聞いて。すぐに買って読んでみたら、確かにめちゃくちゃおもしろかった。僕、自分でもコントや小説を書くので、次の場面がどうくるのか想像するのが好きなんですよ。当たることも多いんですが、田島先生の作品はいつも先が読めない。感情もセリフもど真ん中ストレートではなく、かといって変化球すぎもしない、絶妙にズレたところからやってくるんですよね。その刺激が心地よくて、どんどん次を読みたくなってしまう。

田島列島さん(以下、田島):ありがとうございます。YouTubeでも、些細なセリフからものすごく深い解釈をしてくださっているのを拝見して、嬉しかったです。

又吉:これってどういう意味なんやろう、って考えたくなるセリフが多かったんですよね。次はどうなるんやろう、って展開が気になりながら、この作品ってあんまり一気読みができないというか、じっくり、ゆったり、登場人物たちと同じ時の流れに任せて読みたい、という気持ちにさせられたんですけど、それは、セリフのひとつひとつに余韻が感じられるからでもあって。すべてのセリフに深読みするわけじゃないけど「なんか、ええなあ」「これって、こういうことなんかなあ」ってじっくり味わいたくなってしまう。そんな作品、そう多くはないので、僕も読んでいて嬉しかったです。

田島:ありがたい……。

又吉:シェアハウスという設定も、それじたいは珍しいものではないのに、直達と榊さんの関係をはじめ、他のどの作品とも重ならない群像劇が描かれているなあと思いました。そもそもどうしてシェアハウスにしようと思ったんですか?

田島:『子供はわかってあげない』という作品を連載しているとき、「田島列島に住みたい」とファンレターに書いてくださった方がいて、じゃあ次は長屋ものにしようと思ったんです。担当さんが少年マンガ誌に異動したので、だったらラブコメかなあ、長屋でラブコメだったら、年上のお姉さんと一つ屋根の下がいいよな、と思ったんですが……普通に考えて、少年が年上のお姉さんと同居する環境って、親が許さないじゃないですか。

又吉:そうですね(笑)。

田島:親がだいぶ型破りな性格をしているか、あるいはそうせざるをえなくなる状況を生み出さなきゃいけない。それで、高校進学を機に居候させてもらうことになったおじさんが、実はシェアハウスに住んでいたということにしたんです。

又吉:そこで出会った榊さんが、直達にとって思いもよらぬ因縁を抱えた相手だったわけですが……。榊さんって、消化しきれないものを抱えながら生きているということを、周りにほとんど見せない人じゃないですか。自分ひとりの心に留めて、積極的には語ろうとしない。だからといって、無表情に閉じているというわけでもなく、折に触れて複雑な感情が入り混じった表情を見せる。そんな榊さんらしさを、広瀬すずさんは絶妙のさりげなさで演じていらっしゃいましたね。

田島:そうですね。榊さんの感情を任せるのがこの方でよかった、と私も思いました。複雑ではあるけれど、派手な設定ではないので、ご本人も苦悩していらっしゃったようですが……個人的に、せっかく映画化されるのであれば、出てくれた方の転機になるようなものであってほしいと思っているので、新しい広瀬さんの姿を見られたのが、嬉しかったです。

又吉:結果を見ればすごくいい映画でしたけど、映画化されると決まったとき、不安はなかったですか?

田島:うーん。まあでも、マンガとして世に出ている時点で、私のやるべきことは終わっていますし、あとはどうなろうとお任せでいいかな、って。又吉さんの場合は、不安でしたか?

又吉:不安というより心配でしたかね。どうせやるからにはおもしろいものになってほしいし、「どうなるんやろう」とそわそわはしていました。ただ僕も、映像化されるときは全部お任せで、原作から大きく展開を変えられたとしても、かまわないんです。実写化が原作のコスプレである必要はありませんからね。おもしろくなっていれば、それでいい。

田島:読む人ごとに受けとるものは違うでしょうし、人それぞれの正解があるから、何かを押し付けようって気にはなれないですよね。

又吉:広瀬さんの演技と同じで、さりげなく表現できるのがいちばんいいですよね。自分の演技はあんまり、できている感じはしないけど(笑)。

田島:『火花』に描かれていた優しさは、すごくさりげなくて、好きでした。お笑いばかりやっていた先輩が、視野が狭くなるあまりおっぱいを作ってしまって、どうしようもないなと思いながらも泣きながら主人公がそれを受け止めるシーンとか……。間違ってしまった人に対する肯定感が描かれていて。『人間』も、最後の章に希望が感じられて私はとても好きだったんですけれど、あの作品はやはり『人間失格』をやろうとされていたんですよね。

田島「自分では描けないシーンにグッときた」

田島:又吉さんは、小説のテーマはどんなふうに決めていますか。書きたいものがあって書くのか、それとも仕事としてお題を出されて書いているのか。

又吉:必要に迫られて書いてはいますけど、テーマは自分で決めていますね。『人間』は、おっしゃるとおり、これまでの人生でいちばん読んできた『人間失格』を下敷きにしていて、失格している人も含めてみんな人間なんだってことを自分なりに書いてみたかったんです。最後の章だけは、『人間失格』から離れて、あらゆる価値観から解放された人を描きたい、と思っていましたけれど。田島先生はいかがですか?

田島:私は書きたいものがなくて……。打ち合わせをしていても、いつも担当さんがしゃべっているのを私がずっと聞いているだけ。聞いているうちに、なんか描けそうな感じがしてくることもあるんですけど、結局何もできないまま時間が経ってしまうことも多いですね。いま連載している『みちかとまり』は、一コマ目は火から始めよう、と思いついてようやく描きはじめられたんです。『子供はわかってあげない』と『水は海に向かって流れる』が似ているという指摘があって、それは両方とも水で始まるからなんじゃないか、だったら逆でいってみるか、と思ったんですが、辿りつくのに1年半かかってしまった。又吉さんは、アイディアに詰まったときはどうしますか?

又吉:歩くか、湯船につかるか、ですね。最初に流れを作れば、登場人物が自然としゃべってくれるタイプではあるんですが、それがピタッと止まってしまうときがあるんですよね。穴埋め問題のようにしっくりくる言葉の正解を見つけ出さなくてはならないのか、それとも物語を展開させるために何か発明を起こさなくてはならないのか、それは状況によって異なりますが、たいていの場合、ただ時間を置くだけでは解決しない。歩き回ったり頭から読み直したりしながら、いつも絞り出しています。

田島:私も歩き回ることは多いですね。あとは、ネームに詰まるといつもノートに書きつけます。「ハラハラドキドキさせないといけない」とか「美しいものが見たいんだよ、私は!」とか。

又吉:めっちゃいいですね、それ。

田島:だいたいそのふたつが欠けているんですよね、詰まるときは。美しいっていっても、それは情景に限らなくて、主人公がもがき苦しんでいる姿は、映画を観ていてもたまらない気持ちになるんですよ。

又吉:僕は登場人物の心境と風景ががっちりハマった瞬間に触れると、たまらない気持ちになりますね。昔、夜中の公園でひとりベンチに座っていたら、カップルが別れ話をしていたんですよ。夏だから蚊がいっぱいいて、けっこうな言い争いをしているのに、ふたりともときどき、ぱちんぱちんと手足を叩いている。よりにもよって今それ?っていう、感情と状況が不一致の瞬間というのも、それはそれでリアルで好きなんですけど、フィクションで触れるからには「今、この瞬間は、この夕暮れじゃなきゃあかんかった」みたいな合致が違和感なく描かれたときに、グッときます。

田島:それでいうと、映画『水は海に向かって流れる』で描かれた、シャンパンゴールドの雨はシチュエーションにものすごく合っていて、好きでした。直達が一生懸命川べりを走る姿も、もどかしくも美しいものがあって、自分では描かないけどめちゃくちゃグッときましたね。若者が全力で走っているだけで、なんだか胸がいっぱいになります(笑)。

又吉:人間の体を通すからこそ伝わるものってありますよね。原作のラストは川べりじゃなくてベランダで、あれも僕的には最高の合致を見せたシーンなので、すごく好きなんですけどね。ちょっとずつ表現が異なるところはあれど、原作で好きだったセリフもいい塩梅で再現されていて、嬉しかったです。

田島:ありがとうございます。今日はお話ができてとても楽しかったです。

映画『水は海に向かって流れる』

映画『水は海に向かって流れる』場面写真

TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー中
広瀬すず 大西利空 高良健吾 戸塚純貴 當真あみ/勝村政信 北村有起哉 坂井真紀 生瀬勝久
監督:前田 哲『そして、バトンは渡された』 原作:田島列島「水は海に向かって流れる」(講談社「少年マガジン KCDX」刊) 主題歌:スピッツ「ときめきpart1」(Polydor Records)
©2023 映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 ©田島列島/講談社