「不良っぽいビッチなお姉さん」から抜け出したくて。『ニュートーキョーカモフラージュアワー』作者インタビュー

マンガ

公開日:2023/6/26

松本千秋さん

『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』(幻冬舎)でブレイク、Twitterなどでも話題のマンガ家・松本千秋さん。東京で暮らす男女のオムニバスコメディ『ニュートーキョーカモフラージュアワー』(松本千秋/少年画報社)の第5巻が2023年6月26日に発売されることを記念して、インタビューを行った。恋愛をテーマに選んだ理由は? 自分の発信をバズらせるコツは? 現代を生きる人の共感を呼ぶ、取材の様子をお届けしたい。

(取材・文=三田ゆき、撮影=後藤利江)

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■アピールのコツは「さらけ出すこと」

──『ニュートーキョーカモフラージュアワー』、ダ・ヴィンチWebでの連載も大きな反響がありました。

松本千秋(以下、松本) そんなに読んでいただけているなんて、私も最近まで知らなくて……誰かしらに当てはまる話を描いているつもりなので、「これ、友だちのことだ」「今の私の状態だ」と感じてくださった方が、別の誰かにリンクを送るなどして共有してくれたのかなと思います。

──「恋愛」という身近なテーマも、共感を得やすいですよね。恋愛をテーマにしようと思われたきっかけは?

松本 「絶対に恋の話を描こう」と考えてはいませんでした。「よく見ると恋愛じゃないかも?」というヒューマンドラマでもいいんじゃないかと思っていたのですが、青年誌(ヤングキング)に連載しているわりには女性から感想をいただくことが多くて。女性に読んでもらうなら、恋愛って人生においてすごく大きなテーマだと思うので、「それなら恋の話のほうがいいかな」と思うようになりました。

 もとはといえば、『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』という癖のあるマンガを描いていたときに、自分のTwitterのアカウントが「不良っぽいビッチなお姉さん」の雰囲気になってしまって……「これはやばい、このままじゃその界隈の人にしかフォローされない」「ふつうの女の子は、私のイメージを警戒してフォローしてくれないんじゃないか」と考えたことも、きっかけのひとつなんです。それで、Twitterでバズらせるために、ふつうのOLマンガを描いたんですよね。自分でプレゼンしなきゃと思って……売れたいので(笑)。

 ところが最近は、自分のアカウントで自分の描いたマンガを載せても、フォロワーには私のマンガを読んでくれている読者さんが多くて、あまりバズらなくなってきました。一方、誰かがそれを切り抜いて別のところで載せてくれると、私の知らないところでバズって広まる、という状態になっているみたいです。

松本千秋さん

──なるほど、最初はご自身でもアピールされていたのですね。クリエイターさんはもちろんのこと、最近は「やりたいことを周囲にアピールしていく」ことが大切だという意見もよく聞かれます。アピールが苦手な人に、なにかアドバイスはありますか?

松本 さらけ出すことが一番じゃないですかね。あとから保守的になるのはいいと思いますが、スタートダッシュから保守的になると、拡散は難しいと思います。「善人であれ」みたいな感覚を優先したり、クソリプや批難の声が怖いと思ったりで本当に言いたいところまでは言わず、70%くらいの気持ちを発信しても、発信力としては弱いんですよ。場合によっては少し盛って、120%くらいのノリでキャラを作って発信すると、「なんだコイツ」って注目してもらえると思います。私も初めは自分のアカウントにセックスのマンガばかり載せていましたが、途中から「OLのマンガも描けまっせ」ってまともな人間アピールをしましたし(笑)。最初はちょっと誤解されるような誇張をするとか、どぎついくらいの感じでいくのもいいと思います。悪目立ちもけっこう効果的ですよ(笑)。

松本千秋さん

■「どんなにつらくても、四六時中、そこらじゅうで同じことが起きてるんだよ」

──『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』は実録マンガでしたが、『ニュートーキョーカモフラージュアワー』に描かれている恋愛や感情は、ご自身が経験されたことなのでしょうか、それとも想像で描かれているのでしょうか。

松本 半分は想像……というか、「こういう友だちがいたな」「こういうバーの隣の席で、こんな会話してる人がいたな」と、共感したわけじゃないけれど、そういう人がいたという記憶から出てくるものですね。誰かひとりの人物を思い浮かべているというよりも、「そういうパターンの人間」というイメージです。「こういう人、何人か見たことあるな」っていう人のことは、印象に残りますしね。

 でも、私が20代のときにこのマンガを読んだとしても、ぜんぜんピンとこなかったと思うんですよ。30代になって過去を振り返ったとき、「あれってこういうことだったんだ」ってわかってきたものを描いているからです。たとえば、20代のときに浴びせられていたセクハラって、そのときは「これはセクハラだ」って理解できていないんですよね。でも30代になってくると、「あれ、めっちゃセクハラじゃん!」と思う。ちょっと引いた目で見ないと、分析できないものもあるのだと思います。そういう意味でも、自分でそのように宣伝してはいないのですが、アラサー向けマンガとして紹介されたり、アラサーの読者さんが感想をくれたりということになっているのかもしれませんね。

 自分の経験を振り返ると、恋愛って、つらいことのほうが多いなという気がします。けれど、私が『ニュートーキョーカモフラージュアワー』で一貫して言っているのは、「どんなにつらくても、四六時中、そこらじゅうで同じことが起きてるんだよ」ということ。自分にしかない感情をひとりぼっちで抱えていると思うとつらいけれど、恋愛で傷ついた感覚って、だいたいの人が似たようなものを経験している。だからこのマンガがあれば、「私もつらいけど、みんなつらいんだ」みたいに思ってもらえるかなと。「私だけじゃないんだ」と感じて、癒されてほしいなと思いますね。みなさんの感想を見ていると、「死んだ」とか「鬱入ったわ」と言ってくださる方がいますが、それも深く共感してくださっているからこそかなと考えています。

──反対に、「癒されたい」と思うことはありませんか?

松本 そういうときは、自分もコンテンツを作っているということを忘れて、NetflixやAmazonのPrime Video、YouTubeなんかを見ていますね。そういえばこのあいだ、あるYouTuberさんが、ふと「毎日なにを撮ろう、なにを撮ろうって悩んで追い詰められちゃうけど、そういうときはマンガとかを読んでリラックスしてる」って言われていて。私もマンガを描くときに苦悩することがあるけれど、そういうときはYouTubeを見ながらだらんとして、「脳みそが休まってありがたいなあ」と思っていたんですよ。その一方で、YouTuberさんたちはマンガを読んでリラックスしている……循環しているんだなって気がついて。私が作っているものが誰かの息抜きになっている、癒しになっていると思うと、うれしいですね。

松本千秋さん

■確固たる夢も、挫折もなかった。「でも、そのなんにもないところに、ちょっと幸せなことがあれば」

──これまでに、映像制作のお仕事や専業主婦、ホステスにイラストレーターと、たくさんのご職業を経験していらっしゃいます。マンガを描く仕事は楽しいですか?

松本 結局、楽しくなりましたね。実は、前職(広告系のイラスト業)がAIに奪われそうな仕事だったので、「このままじゃアカン、別の仕事を始めなきゃ!」と思って……ちょっと夢見過ぎかな、ハードル高すぎかなって思いながらも、「その仕事がマンガ家だったらいいのにな」ってチャレンジしてみたんです。マンガ家って大変そうなイメージがあったのですが、いざ始めてみると前職のほうが大変だったという(笑)。マンガ家になってみたら楽しいことのほうがたくさんあって、なってみてから「あ、コレ楽しいわ」と思いました。

──楽しいことや好きなこと、夢や目標を見つけるのも、なかなか難しいことです。どんな心がけや行動があれば、そういったものに出会えるのでしょう?

松本 うーん、実は私、「見つけるのは難しい」止まりなんですよ、本来は。確固たる夢を持ったことがないし、それゆえに、「夢が打ち砕かれる」っていう挫折を味わったこともない。マンガが大好きで何年もアシスタントをやっているとか、ネームが通らないっていう人もいらっしゃいますが、私はそんなこともなかったし……今、仕事が楽しいのは、本当にラッキーなことだと実感しています。だから、「夢は持ったほうがいいよ!」「こうすれば夢は叶うよ!」っていう結論にはつながらないんですよね。

 最近、マンガを読んでいて、もともと才能があってキラキラしている人間を描いたマンガが多いなと感じるんですよ。「土台がいいじゃん!」っていう人の話(笑)。それよりは、私の人生じゃないけれど、夢なんて見つからなくて、ふわふわと生きていくしかないケースのほうが圧倒的に多いと思うんです。でも私は、そのなんにもないところに、ちょっと幸せなことがあればいいんじゃないかなと思っていて、才能や秀でたもののない人たちの話を描いています。才能を持った人間の話がすごく多いところに、同じマンガとして参戦しても仕方ないですしね(笑)。

──今後、描きたいお話、チャレンジしてみたいことなどは?

松本 ホラーマンガを描きたいですね! 大好きなんですよ、ホラー。ヒトコワでもいいし、妖怪でもいいし……ファンタジーなんだけれどヒトコワが混じっているような、気持ちの悪いマンガも描いてみたいです。『ニュートーキョーカモフラージュアワー』をベースにスカウトをしていただくことが多いので、そういうオファーを受けたことはありませんが……「『人間を描く』ことをやりませんか」と言われて、人間か、妖怪じゃないのか……って(笑)。

 そんな中で、『ニュートーキョーカモフラージュアワー』は、得意分野をストレートに描けているという気がします。これまで生きてきて、いろんな人と恋愛をしているから描けるものだというか、経験値が生きているというか。「見つけられない」という苦しみを描きたいなと思いますし、そういうコンプレックスを持ちながら生きていくことについての感情を描くのは、好きですね。

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