トットちゃんのもうひとつのおはなし『トットちゃんの 15つぶの だいず』 松本春野さんインタビュー<前編>

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/25

女優・黒柳徹子さんの幼少期を描いた自伝的物語『窓ぎわのトットちゃん』に、まだ書かれていないおはなしがあることをご存じですか?

『トットちゃんの 15つぶの だいず』は、トットちゃんこと黒柳さんが毎年終戦記念日に開催している「ハートフルコンサート」で2022年に語ったエピソードを元に、児童文学作家の柏葉幸子さんが文を、『バスが来ましたよ』などで人気の松本春野さんが絵を描いた、新作絵本です。松本さんは、『窓ぎわのトットちゃん』の挿絵に使われている作品を描いた、いわさきちひろさんのお孫さんでもあります。その松本春野さんに絵本の制作秘話を語っていただいた、ロングインタビュー<前編>です。

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トットちゃんの 15つぶの だいず

原案:黒柳徹子 文:柏葉幸子 絵:松本春野

出版社からの内容紹介

<とうとう、トットちゃんの一日の食べものは、だいずが15つぶだけになってしまいました。>

『窓ぎわのトットちゃん』では描かれなかった、トットちゃんのもうひとつのお話を絵本にしました。

女優の黒柳徹子さんが自分自身の小学生時代をえがいた『窓ぎわのトットちゃん』。世界で2500万部以上のベストセラーとなり、「トットちゃん」と「トモエ学園」は世界中の人から愛されています。

トットちゃんの小学校時代は、日本が戦争をはじめた時代でもありました。

だいすきなパパ。トモエ学園の楽しいお弁当の時間。あまい、あまいキャラメル。<家族そろって、安心で、うれしかった毎日>から、いろいろなものがなくなっていきます。

そして、ある日、とうとう一日の食べものが、炒った大豆15つぶだけになってしまいました。トットちゃんは、15つぶをいつ食べるか、悩みに悩んで……。

長年ユニセフ親善大使として活動されている黒柳徹子さんの原点ともなる、トットちゃんの等身大の戦争体験です。

語りかけるような文章を書いてくれたのは、数々の賞に輝く児童文学作家の柏葉幸子さん。ジブリの「千と千尋の神隠し」に大きな影響をあたえた作品『霧のむこうのふしぎな町』など、魅力的なファンタジーを次々に生み出しています。

絵を手がけたのは、やさしい画風が人気の絵本作家・松本春野さん。「トットちゃん」といえば、いわさきちひろの絵を思い出しますが、松本さんは、いわさきちひろのお孫さんにあたります。大のちひろファンでもある黒柳徹子さんが、「かわいい!」と喜んでくれた令和のトットちゃんになりました。

戦争を描いてはいますが、小さいお子さんにも安心して読んであげられるように配慮してあります。いつも前向きで一生懸命なトットちゃんとはじめて出会うのにもぴったりな1冊です。

*読んであげるなら5歳くらいから
*ひとりで読むなら小学校低学年から
*すべての漢字にふりがなつき

コンサートで語られた戦争のエピソードを絵本に

『窓ぎわのトットちゃん』は、ユニセフ親善大使である黒柳徹子さんが実際に通っていた、ユニークで楽しい小学校「トモエ学園」で過ごした日々を、子どもの目線で綴ったおはなしです。

窓ぎわのトットちゃん

著者:黒柳徹子

出版社からの内容紹介

「きみは、ほんとうは、いい子なんだよ!」。小林宗作先生は、トットちゃんを見かけると、いつもそういった。「そうです。私は、いい子です!」 そのたびにトットちゃんは、ニッコリして、とびはねながら答えた。――トモエ学園のユニークな教育とそこに学ぶ子供たちをいきいきと描いた感動の名作。

1981年3月に単行本初版が発売される前、講談社の月刊誌「若い女性」の連載時から、「挿絵はいわさきちひろさんの絵にしたい」という夢があった黒柳徹子さんは、いわさきちひろさんのご家族に了承を得て、毎月ちひろ美術館(当時はいわさきちひろ絵本美術館)に通って、自ら挿絵を選んだそうです。単行本の表紙に使われている、飾りつきの帽子を被り、大きなボタンのコートと深紅の手袋を身につけておすまし顔で座るおかっぱ髪の女の子は、トットちゃんのイメージそのもの。まるでおはなしに合わせて描いたように、ぴったりの絵でした。

それから42年。『窓ぎわのトットちゃん』は世界の20を越える言語に翻訳され、2500万部を超える大ベストセラー作となり、今も世界中の人に愛されています。2014年に絵本になったときも、いわさきちひろさんの絵が使われています。

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絵本 窓ぎわのトットちゃん 1・2巻セット

文:黒柳徹子 絵:いわさきちひろ

出版社からの内容紹介

トットちゃんは、小学校一年なのに、学校を退学になった。一年生で!
黒柳徹子の自伝的大ベストセラーを低学年向け絵本に再編集。

今回の『絵本 窓ぎわのトットちゃん』は、
「トットちゃんは、小学校一年なのに、学校を退学になった。一年生で!!」
という衝撃的な始まりです。
ママが新しい学校を一生懸命探した結果、「トットちゃんが気に入ったので」通うことになったのは、自由が丘のトモエ学園でした。電車を教室に使ったり、授業は好きな科目から勉強したり、昼休みは校長先生を奪い合って話を聞いてもらったり、とにかく何もかもがユニークな学校で、トットちゃんは情操豊かに、たくましく育っていきます。
学校にはそれぞれ自分の木があって、病弱な泰明ちゃんを、必死で自分の木に登らせ“ご招待”したこと、しかし彼は、やがて病気が悪くなって死んでしまったこと、障害児の高橋君が勝てるようなプログラムができていた運動会のことなど、子どものトットちゃんの心に刻まれたその時その時が、鮮やかに描かれていきます。
やがて戦争がトモエ学園に、トットちゃんの生活にも影を落とします。大岡山駅のキャラメルの自動販売機からキャラメルが出なくなり、パパがヴァイオリンで軍歌を弾きに行くか悩み、そして、とうとうトモエ学園は空襲で焼けてしまうのです。
黒柳さん自身が退学の事実を知ったのは、成人してからだそうです。そんなことは全然知らなかったトットちゃんは、どんなことを考えて、どんなことを感じて、毎日を思いっきり暮らしていたか、同じ年齢の子どもたちに、ぜひ読んでほしいと思います。2015年は終戦70年。戦争のことを考えるよすがにもなる絵本です。

世界的大ベストセラーである『窓ぎわのトットちゃん』が長らく映像化されなかったのは、いわさきさんの絵のイメージと、読者ひとりひとりが胸に抱いている“トットちゃん像”を大切にしたいという、黒柳さんの想いからでした。ですから、新エピソードとはいえ“トットちゃん”を描くのは、作家にとっても出版社にとっても、かなりのチャレンジだったことでしょう。

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そこで、絵本の企画のはじまりから、松本春野さんにお話をうかがいました。

「これは絶対に私が描かなければならない」───使命感と覚悟

───絵本が企画されたのは、黒柳徹子さんが「戦争を忘れないように」と、毎年終戦記念日に開催している、音楽と語りの催し「ハートフルコンサート」がきっかけだったそうですね。

松本:はい。2022年8月15日に行われた「ユニセフ親善大使 黒柳徹子徹子のハートフルコンサート2022」で、「戦争の最後のほうでは、一日の食べものが大豆15つぶだけだった」というエピソードを黒柳徹子さんがお話しになって。それを聞いた担当編集さんが、小さい子どもでもわかるような絵本にしたいと思ったのがはじまりでした。

───松本さんは、『トットちゃんの 15つぶの だいず』の絵を依頼されたときに、どんな気持ちになりましたか?

松本:『窓ぎわのトットちゃん』の絵は、絶対にいわさきちひろがいいという黒柳徹子さんの強い想いを子どものころからよく知っていたので、依頼をいただいた当初はすごく迷いがありました。黒柳徹子さんにとって大切な、宝物のような幼少期の思い出であり、世界で2500万部も売れている本のイメージを、自分がもう一度描いてよいのだろうかと、恐怖に近いくらいの葛藤がありました。

トットちゃんの絵を新しく描くということの重みを感じ、そのプレッシャーを超える使命を抱いて筆をとったことが、お話から伝わってきました

───やはり重荷というか。

松本:でも一方で、黒柳徹子さんがお元気なうちに『窓ぎわのトットちゃん』では書き切れなかった戦争体験を絵本にして残す意義は、すごく大きなものだと感じていました。「これを自分がやらないで、だれがやるんだ」という思いもあったんです。担当編集は、いわさきちひろの本と美術館を担当しているので、その重みを共有できているという信頼もありました。それが去年の年末です。

───そうすると、スケジュールはかなりタイトでしたよね。

松本:それを進める力を与えてくれたのが、柏葉幸子先生のすばらしい原稿でした。子どもそのものを体現するような希望やエネルギーの塊であるトットちゃんが、短い文章の中のちょっとした語尾や、文章の流れに宿っていて。その上、絵で語れる部分を残した、絵描きにも配慮してある文章をいただいたんです。もともと今回の絵本では、今までの戦争絵本では描き切れていなかったかもしれない「平和への希望」をしっかり描けるのではないかという想いが私の中にありましたが、原稿を読んでそれが確信に変わりました。

───小学2年生のお嬢さんが、最初の読者さんだったそうですね。

松本:原稿が私宛に届いたときに、ちょうど娘が帰ってきたのでいっしょに読んでみました。すると、私が読み上げる言葉を聞きながら、娘が大粒の涙を流して、最後はしゃくりあげて泣いたんです。トットちゃんが1日15つぶの大豆でその日を過ごす様子を、必死で残りの大豆を数えながら聞いてくれたんですね。そして、最後のページでトットちゃんが生きているということに、何よりもホッとした様子で「ああよかった。トットちゃんは生きているんだよね」と言いました。

私にとって戦争というものは遠いものであったけれど、さらに縁遠くて、戦争なんて想像もできないくらいの世代の娘にもトットちゃんの想いがきちんと伝わる、そしてたった32ページの物語の中で、「生きる」ということがどれだけ大変で大切なことなのかが、文章だけでも十分に伝わる作品なんだということがわかり、私の確信はさらに強くなりました。だから「これは絶対に描かなければいけない」と思ったんです。

───ご自身の想いを、お嬢さんがさらに後押ししてくれたのですね。

松本:そうですね。私にとって『窓ぎわのトットちゃん』は、祖母いわさきちひろの絵を使っているということ、そしてその絵を選びに毎週家を訪れてくれたという黒柳徹子さんへの思い出もあり、自分のファミリーヒストリーに組み込めるくらいの大きな作品でした。だから思い入れも強くて。ですから私には、『トットちゃんの 15つぶの だいず』のテキストをもっと膨らませる絵を描く使命がある、黒柳徹子さんがお元気なうちにやらなければいけないと思い、すぐにラフを描き始めました。約10日ほどで、ほぼ完成形のラフを描きおえたんです。

───そのスピードで描けたというのは、やはり原稿を読んだ感動と、使命感に突き動かされたからでしょうか。

松本:はい、絶対にこれを世に出さなければという思いが強かったので、筆はすごく速く進みました。でも心のどこかで、黒柳徹子さんがいわさきちひろの絵を心から愛していて、その中に自分の幼少期の思い出を託していることも知っていたので、やっぱりずっと怖かったです。

そうしたら、ラフを見た黒柳徹子さんがすぐに私に電話をくださって、「春野ちゃん、すっごいかわいい!」と言ってくれたんです。私が「ちひろおばあちゃんに描いてもらいたかったね」と言うと、「そんなことないわよ。春野ちゃんの絵、いいじゃない。本当にこの絵がかわいいのよ」と言ってくださって……その言葉を黒柳徹子さんの口から聞けるうちに、この絵本を描けたのがなによりも幸せでした。

今の暮らしと過去の戦争は地続きであることを絵で伝えたかった

───現在ロシアによるウクライナ侵攻が起きていて、平和への関心が高まっているからこそ、今、出版する意味がある絵本だと思いました。戦争はすごく遠い過去のものでも、遠い国のできごとでもないということが、トットちゃんを通して伝わってきます。

松本:やっぱり“トットちゃん”というキャラクターが特別なんですよね。『窓ぎわのトットちゃん』が、日本だけではなく世界中で、世代を越えて読まれているのは、“トットちゃん”が読む人だれとでも友達になれる女の子だから。そのトットちゃんが戦争を生き抜く姿を見て、「これは自分のお友達のおはなしなんだ」と思って読んでもらえるのではないかと思いました。

なによりも大切だと思ったのは、今の自分たちの暮らしと地続きであるように感じられる絵にすることでした。戦争は80年以上前の出来事ですから、日本の生活様式がどうしても今とはだいぶ違ったものとして描かれることが多くなります。高畑勲監督の『火垂るの墓』や片渕須直監督の『この世界の片隅に』も、土間や畳のある日本家屋が描かれています。でも「遠い昔のおばあさんのはなしね」で終わらないようにしたかったのです。ですから、この絵本では今と異なる生活様式の方に意識がいってしまうようなものは、あえて描かないようにしました。幸い、トットちゃんのお家は洋風な暮らしぶりだったので、今の子どもたちもよく知っている暮らしを描けたのではないかと思います。

戦争が始まる前、トットちゃんがどんな風に暮らしていたかを描いたシーン。テーブルやソファ、本棚やピアノなど、部屋にあるものは見慣れたものばかり。ペットが室内にいる様子も、今ならごく当たり前になっているお家が多く、時代を感じさせません

 

松本:学校で過ごしている子どもたちの様子も、身近に感じられるように心がけました。不安なときは不安な表情を、安心してくつろいでいるときはしっかりくつろいだ様子を、うれしいときは思いっきり笑った顔を、しっかりひとつひとつ描く。子どもは緊張すると身体が強ばりますが、そこから解放されたら思い切り伸びをするでしょうし、そこでホッとした表情も出てくると思うんです。だからそこを描く。そして、みんながよく知っている青空を描く。そうすることで「平和な日々をどうやったら守っていけるんだろうか」という風に、意識が想像に向かっていってくれるといいなと思いました。

───この絵本では、トットちゃんがいつも笑顔であることが印象的です。戦争中なのに、こんなに笑っていていいのかなと感じるくらい(笑)。だから読み終わったときに、温かさを感じたんです。その温かさの源は、平和や子どもにとっての幸せ。それを守らなければいけない、戦争になるとそれが失われてしまうんだということがすごく伝わってきて。戦争の悲惨さや悲しみが前面に出た作品は、怖さや悲しみの方が強く残りますが、この絵本は読後感がまったく違いました。

松本:戦争を体験された方は、戦争に対する実感を描きこんでいたと思うんです。では、私たち戦争を知らない世代が作る戦争の絵本とはなんだろうと考えたときに、今知っている平和を描くことで、戦争というものを表現できるのではと思ったのです。それができたのは、トットちゃんが通っていたトモエ学園が、特殊な場所だったから。戦時中は、多くの子どもたちが学校で軍国教育を受けたようですが、トモエ学園の子どもたちは、最後まで軍国教育を受けなかったんです。戦時中を代表する風景ではないかもしれませんが、確実に今の子どもたちに伝わる子どもの姿が描けるという意味では、トットちゃんの子ども時代はぴったりでした。

───トモエ学園のお弁当スタイルは『窓ぎわのトットちゃん』でも書かれていますが、こんな風に具体的な絵になったのは初めてですね。

みんなで地べたに座ってお弁当を食べる描写は、絵本用にアレンジしたもの。『窓ぎわのトットちゃん』では、講堂に机と椅子を丸く並べて食べたという描写がありましたが、それを忠実に描くと絵としての要素が多すぎて、小林先生がみんなのお弁当を覗きこむ様子が描けないと相談したら、黒柳徹子さんは「いいんじゃない、こっちの方が楽しそうよ」と言ってくださったそう

 

松本:トットちゃんといったら「海のもの山のもの」。みんなあの場面を自分のものとして読みますよね。この楽しいシーンの絵を描くことができるなんて、こんな幸せなことがあるかなと思っています。戦争の絵本は、戦争を知らない子どもたちが戦争を知るための題材としての役割もあるので、きちんと描く必要があります。「防空壕」という言葉と、ただ暗闇の中に人がいる様子の絵だけでは、「防空壕」を知らない子どもたちにはわけがわかりません。だからどういう場所にどんな風に人がいたのかが、なんとなくわかるような絵を描く必要があります。そういったいろいろな情報を知らせるための要素も入ってくる中で、明るい子であるトットちゃんらしさを描けるシーンは、すごく限られていました。

でも、電車の中で我慢できなくて、大豆を入れた封筒に手を突っこんで食べてしまうという仕草や、座席に座って足をぶらぶらさせている様子から、お行儀よく座っていない子であるということもわかる。トットちゃんはとっても伸び伸びと育ってきた子で、きちんとしなくちゃいけないとか、誰かに怒られると思っている子は、こんな風な態度で電車に乗らないんですよね。文字の説明がなくても、こういうちょっとした仕草を描くことで、トットちゃんらしさが表現できる。限られたところを描き逃さないということの連続が、トットちゃんというキャラクターを読み手が捉える重要な場面になってくるんです。黒柳徹子さんも「この足をぶらぶらさせているところが本当にかわいい」と言って、色校正の紙にも「かわいい」と直筆で書いて戻してくださいました。

トットちゃんの自由さがよく現れた、電車内のシーン。小さなころから黒柳徹子さんを「テレビのおばちゃん」と呼んで親しくしていた松本さんは、自分の中の黒柳徹子さんのイメージと『窓ぎわのトットちゃん』で書かれているエピソードの印象を合わせて「きっとこんな風だったんだろうな」と想像しながら描いたそう

 

松本:子どもにとって「15つぶの大豆」は、すごく想像しやすい。トットちゃんが大好きなキャラメルがなくなって、大豆しか食べるものがないという対比だけで、どれだけ物がない時代だったかというのがわかると思います。やっぱり、今の子どもたちが知っているものを描くのが、本当に大事。ここで、すいとん100グラムと言われたら、よくわからなくなってしまいますよね。15つぶという数も絶妙で、学校に行く前に3つぶ食べちゃってだいじょうぶかな、夜ご飯の分の大豆は残るのかなと、読者はハラハラしながらトットちゃんを見守り、心配しながら読めるんです。

こういうエピソードを語れるのが、黒柳徹子さんのすごさなんだなと。黒柳徹子さんが子どもの心をしっかり持ったまま大人になったからこそ、子どもの目で見ていた世界を鮮明に覚えているというか、記憶として残っている。だからこそ、子どもに伝わる物語を書けるし、語り続けることができているんだなと感じました。

子どもらしさを描けば描くほど悲しさが襲ってくる───それが戦争

───他にも、トットちゃんらしさを描いたシーンがありましたら教えてください。

松本:子どもの明るさ、持っているエネルギーを描くことが大きなテーマだったので、描く要素、情報量をわざと減らしています。警報解除のサイレンが鳴って、子どもたちが防空壕から出てくるシーンも、人物と空だけにしました。
こんなに辛い状況の中で唯一最高に幸せなシーンを描けるのが、子どもの想像の世界だけです。トットちゃんがキャラメルの自販機の前で過ごす場面では、トットちゃんが唯一現実から逃れて、あまいキャラメルの味を想像して、最高に幸せな数分間を味わうところなので、絶対的にファンタジーのページにしようと思いました。

 

松本:子どもたちは、キャラメルの甘さや食べたときの幸せをしっているからこそ、きっとここでトットちゃんと同じ表情になりながら文を読むと思うんです。だから次のページで、トットちゃんが一つぶくらいキャラメルが残っているかもしれないと思って自動販売機を思い切り揺らす、その辛さが伝わってくれたら。そして、「キャラメルひとつさえ手には入らないって、どういうことなんだろう」と、ここで、戦争というものを感じてくれたらいいなと思います。

───どうしても諦めきれないというところが、トットちゃんらしいんですよね。

松本:そうなんです。全身を使って、顔を真っ赤にさせて自動販売機を揺らす姿は、『窓ぎわのトットちゃん』の「大冒険」を思いながら描きました。そのエピソードの中で、トットちゃんは泰明ちゃんという小児麻痺のお友達を自分の木に招待して、登らせます。自由に動けない泰明ちゃんを木に登らせるのはトットちゃんが思っていた以上に大変で、汗だくになって髪が肌に張りついて、それでも必死で泰明ちゃんを担ぎ上げて、まさに命がけで木に登らせる。あのシーンを読んだ時に、きっとこのシーンのトットちゃんも、髪の毛べったべたになりながら必死で揺すったんだろうなって。そうやって子どもらしい子どもの姿を、戦時中のものとして描けば描くほど、悲しさが襲ってくる。それが戦争なんですね。

───トットちゃんと同じ子どもの目線だけでなく、親の目線で読んでも胸が締めつけられるようでした。

松本:私も柏葉幸子先生も、この絵本を母親の視線で読みました。トットちゃんのお母さんがどんな思いで封筒に15つぶの大豆を入れて、我が子を朝学校に送り出すのか。いつ空襲があるのかわからず、いつ生き別れになってもおかしくないという状況で、小学校2年生の子どもに1日分の食料を託す。それがたった15つぶの大豆で……。きっと、お母さんが食べる分はもっと少ないかもしれない。そんなシーンを描くときは、本当に辛かったです。このときのお母さんの表情は、私が20代だったときには描けなかったなと思いますね。

今、私自身も子育てしているからこそ、母親の責任をどれほど実感したかわかりません。女性として自分の人生を背負いながら、子どもの人生も背負って生きる。その中で、トットちゃんのお母さんがどんな思いで大豆を煎って、封筒に詰めたのか。それを我が子に渡すときの表情は、たぶん悲しくて泣きながらではなく、子どもを不安にさせないように、でもあらゆる事態を想定しながら渡すわけですよね。その表情を、私はすごく緊張しながら描きました。

───夜の分の大豆まで持たせるというのは、子どもだけでなく、自分の身にもなにが起きるのかわからない状況ということですよね。そんなときに、子どもを送り出す気持ちを想像すると辛いです。

松本:そうですよね。おはなしを読んでいくと、いろいろな疑問が湧いてくると思います。戦争で危険な時期なのに、なぜ子どもたちは学校に行っていたのか。この時期は女性も軍事工場に駆り出されていたので、学校は託児所の役目もありました。だから女性は母親だけでなく、労働者としての役割も担っていて。これはどの時代でも、多くの人が抱えている状況と重なるのかもしれません。

いかがでしたか?

<前編>では主に絵本の制作ついて、松本春野さんに語っていただきました。<後編>は、黒柳徹子さんとの交流、そしてトットちゃんへの想いなどをたっぷりと語っていただきましたので、ご期待ください!

<後編>の公開は、2023年7月31日です。

聞き手:秋山朋恵(絵本ナビ)
構成・文:中村美奈子(絵本ナビ)
撮影:嶋田礼奈(講談社)
撮影協力:ちひろ美術館・東京

トットちゃんの 15つぶの だいず

原案:黒柳徹子 文:柏葉幸子 絵:松本春野

みどころ

もし、一日の食べものがだいず15つぶだけになってしまったら……。

この絵本は、トットちゃんの戦争体験を、トットちゃんの目線で語ったおはなしです。戦争がはじまるとどんどん食べるものがなくなり、トットちゃんは、たった15つぶのだいずで一日を過ごすことになります。
この絵本で描かれる、これまでの戦争絵本と違う大きな特徴を2つ挙げてご紹介します。

1つめは、「一日の食べものがだいず15つぶ」という子どもたちが感覚として掴みやすい表現がなされていること。学校へつくまでに3つぶ食べてしまって残り12つぶになったこと、防空壕の中で不安な気持ちから残りのだいずを全部食べちゃおうか、がまんしようかと気持ちをいったりきたりさせるトットちゃんの姿。子どもたちは、だいずが残り何つぶかということを真剣に数えながら、トットちゃんの気持ちに心を添わせて読んでいくことでしょう。

2つめは、トットちゃんの笑顔です。
これまで、戦争の絵本で描かれる子どもたちに笑顔の場面はほとんどありませんでした。もちろん戦時下のつらい状況の中ですから、暗い顔をしていたり泣いていたりするのが当たり前といえば当たり前なのですが、でもきっとその中でも子どもたちの中にはわずかな喜びがあったり、ホッとする瞬間があったり、笑顔になることもあったと思うのです。お話の中で、トットちゃんは読者である私たちにたくさんの表情を見せてくれます。それは子どもそのものを全身で表現しているようなエネルギー溢れるトットちゃんだからこそ実現したことかもしれません。感情豊かなトットちゃんの戦争体験だからこそ、よりリアルに迫ってくるものがあります。平和で安心だった毎日の生活に戦争が入り込んできて、さまざま感情を動かしながら戦争を生き抜いていくトットちゃんを、子どもたちは、友だちのように感じて読みながら、お話に没頭していくことでしょう。

そんなトットちゃんの明るさやひたむきさによって、あたたかい世界が展開していく『トットちゃんの 15つぶの だいず』。そのあたたかさの源は、平和や子どもにとっての幸せであり、だからこそ、その幸せを守らなければいけない、戦争になるとそれが失われてしまうという現実の悲しさが一層伝わるのです。ただこのおはなしは、戦争の悲惨さだけを伝えるのでは終わりません。読み進めた先に現れる最後のページは、子どもたちにも大人にも、大きな希望を見せてくれます。同時に、今の暮らしと過去の戦争が地続きであることも教えてくれるのです。

女優の黒柳徹子さんが自分自身の小学生時代を描き、大ベストセラーとなった『窓ぎわのトットちゃん』。そのもうひとつのおはなしとして『トットちゃんの 15つぶの だいず』が誕生しました。子どもたちに語りかけるような親しみやすい文章を書かれたのは、児童文学作家の柏葉幸子さん。ジブリの「千と千尋の神隠し」に大きな影響をあたえた『霧のむこうのふしぎな町』など、魅力的なファンタジーを次々に生み出されており、子どもから大人までたくさんのファンがいらっしゃいます。

絵を手がけたのは、絵本『バスが来ましたよ』など、やさしい絵が人気の絵本作家、松本春野さん。いわさきちひろさんの孫でもある松本春野さんは、トットちゃんへの深い理解と愛情をもって、新たなトットちゃんを生み出して下さいました。松本春野さんは絵本ナビのインタビューで、たくさんの「自分といっしょだ」を見つけてほしいとメッセージを寄せてくれました。

トットちゃんの戦争体験を自分のことのように感じながら想像し、平和を考える大きな一歩に……。
親子で一緒に、たくさん会話しながら読んでみてください。

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