鈴木涼美が女の人生のアレコレを読み解く「めめSHEやつら」が『ダ・ヴィンチ』で連載開始!

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公開日:2023/8/4

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年9月号(8/4発売)からの転載になります。

 『AV女優の社会学』で鮮烈なデビューを果たし、舌鋒鋭く世俗のアレコレを読み解き、近年は小説が連続で芥川賞候補になるなど大注目の作家・鈴木涼美さんの連載「めめSHEやつら」が『ダ・ヴィンチ』でスタート!
 さまざまなカルチャー作品から、女の人生を優しく鋭く見つめる連載第1回を、特別全文公開します。

ピッキーな彼女の事情

 二十九歳で西麻布在住でワインの分かるふりなどし始めた頃の私は、口ではもう来年で三十歳だわヤバイよね二十代とは肌の弾力が違うよね、と言いつつ心の中ではハタチのことも四十路のことも思いっきり見下していた、と言うと言いすぎだけど少なくとも誰かに劣るなんて微塵も思っていなくて、要は自分への客観的評価など気にしないほど面白可笑しく生きていた。で、十九、二十歳のガキに対してもアラフォーのオバサンに対しても結構辛辣なことを言っていたわけで、自信過剰の二十九歳だった私の一言一言がアラフォーというかリアル四十歳のワタシにブスブス突き刺さっている。

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 たとえば十年とちょっと前、欧州系航空会社に就職した同い年の友人と久しぶりに八重洲のカフェでお茶していた時のこと。友人の先輩でやたらと合コンに誘ってくる当時四十一歳女性、通称オミエさんの話題が出た。二十代の頃はさぞモテてセレブな贅沢しまくったんだろうなという顔立ちで、しかし四十代になったにしては結構なフレッシュさを醸し出しているというか、要はすごい若作りな厚化粧姉さんであった。ちなみにオミエさんというのは当然彼女の本名に「お」と敬称を付けた、悪意ある愛称なのだけど、その昭和な響きと「見栄」を張る彼女の性質が絶妙に組み合わさって大変しっくりくるネーミングであった。と、つい今でも上から目線で話してしまうが、そんなオミエさんに対して放った言葉を思い出すとそれらはオミエさんの胴体を突き抜けて今の私のコメカミを打ち抜くわけである。

「オミエさん、こないだ言ってた商社の五歳年下男子、一回会っただけで切ったらしいよ」

「え、今度ロンドン駐在から日本に戻るって言ってた? オミエさん、もうすぐ契約切れるから日本在住の人と結婚して日本で再就職したがってたよね? 条件合致じゃない」

「でしょ。オミエさんも前のめりで食事に行ったわけよ。それで当日、予約の取りづらいお寿司屋さん取りましたってメールが来たんだって」

「うん」

「それだけ。予約が取りづらいってわざわざ言ってくるのが恩着せがましくて嫌だったんだって。そんな細かいことで男切るような立場? だって彼なんて二十代のピッチピチな子と結婚しようと思えばいくらでもできるのに奇跡的にオミエさんがいいって言ってんのにさ。ありがたみとか考えてほしいよ」

「なんというか、やっぱり『スチュワーデス物語』をリアルタイムで見てるCAって自分は高嶺の花だっていう意識が抜けないのかなぁ」

「うん、水中の救助訓練でハイレグの水着着てたし。男の選り好みばっかりして、そのわりに結婚したーいって言い続けてるのってなんかね。ああはなりたくないな」

「自分を客観視できなくなるの怖いよね、もし四十になって私が高飛車なこと言ってたらちゃんと注意してね」

 ちなみにこの友人も私も今年四十歳、元気に独身、年々男に見切りをつけるのが早くなっている。そもそも男の好みって徐々に先鋭化されていくので若い時なら行ってたかも、というお誘いも割と簡単に断る。ズキュンと命中。

めめSHEやつら イラスト:新井すみこ
イラスト:新井すみこ

 だって。若い時に絶対合わないし酷い男だし早く別れた方がいいよってみんなが思ってるのになかなか別れず、せっかく別れてもまた戻ってまた別れてを繰り返して時間を浪費してる女いたじゃないですか。結局三年以上無駄になって嫌いあって別れるくせに。というか我々も大いにそんな経験をしたわけである。ちょっとでも合わないだろうな、とかこの人と長く一緒にいるのは無理だな、とか思ったら、早く見切りをつけないと相手にも悪いし、私だってそのうち嫌になる相手とご飯食べるくらいなら家でドラマでも見たい。恋愛相談の仕事が来ると八割「別れちゃえばいいじゃない」で終わらせ、そんな相談来なくても、『あなたがしてくれなくても』なんかで夫婦の悩みの機微など見ながら「別れればいいのにー」と独り言を言って一人で寝ている。

 そんなわけで『セックス・アンド・ザ・シティ』のリブート版『AND JUST LIKE THAT…』でサリタ・チョウドリー演じるシーマとその担当美容師との会話には考えさせられた。シーマは成功した不動産ブローカーでリムジンでマンハッタンを回遊するインド系女性。主人公キャリーの家の売買を担当したことで意気投合、大人の事情でリブート版では未だ姿を見せない独身代表サマンサがいない分、リブート版から登場した貴重な独身キャラでもある。インド系の両親は毎年お見合いを勧めてくるが、自分で選ぶ!と頑ななシーマがブルックリンでお茶をしていたところにイイ男が現れ、しばらく最高のセックスと贅沢な時間を味わう。

 しかしバツイチの彼がいまだに元妻の家に居候していることが発覚。しかもランチの会計を元妻がしているのを見てしまい、プライドも高いし目は肥えてるしお金も持っているシーマは、彼ってたかり屋?と、数秒で見切りをつけて立ち去る。そんなシーマをゲイの美容師は、「あんたはピッキーすぎるのよ」と一蹴する。「相手を見限るのが早すぎて別れる口実を自ら作っている。だから独身なんだよ」。

 自信満々のシーマもその言葉にはカチンともグサッとも来たようで、怒って美容室を飛び出したものの、あとで反省してバツイチ色男と再びデートするわけである。一瞬息を吹き返した男はたしかに私が見切りをつけてきたどの男よりもイケメンだけど、案の定おカネの相談をされて、シーマは椅子を蹴って立ち去る。ああよかった。だって。キャリア積んで男を選べる立場にたどり着いた途端に、選り好みしすぎなんて言われるのは不条理じゃないですか。

 しかしかつての私みたいな性格の悪い二十代の辛辣な視線を経由すると、美容師の言葉は無視できない。若い頃はとっとと見切りをつければいい男になかなか見切りをつけられず、年を取ったら飲み込めばいいようなことで簡単に見切りをつけてしまうのが問題であるなら、見切りってどこがちょうど良いバランスなのでしょうか。懐の深さと自尊心とどっちが大切? 未練たらしいのと選り好みしすぎなのはどちらがダメ女? 

 少なくともどうやら、選べる立場になることと、実際に選べるかどうかというのは違うということらしい。特に若さという、誰しも平等に目減りしていくものが強みになるようなこんな世の中の恋愛市場では。ポイズン。

鈴木涼美
すずき・すずみ●1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学在学中にAVデビュー。東京大学大学院での修士論文が『「AV女優」の社会学』として書籍化。日本経済新聞社記者を経て、現在はフリーの文筆家。『娼婦の本棚』『往復書簡 限界から始まる』(上野千鶴子との共著)など著書多数。小説に『ギフテッド』『グレイスレス』(共に芥川賞候補)『浮き身』がある。