【京極夏彦特集】寄稿&インタビュー「拝啓、京極夏彦様」/朝霧カフカさん

文芸・カルチャー

更新日:2023/9/15

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年10月号からの転載です。

 京極夏彦とはどのような人物なのだろうか。それは京極ワールドを楽しむ私たちにとって、永遠の謎である――! 京極夏彦さんと共に作品を作り上げた方々、またご親交のある作家の皆さまに、京極さんとの思い出や京極作品の魅力について伺いました。今回は朝霧カフカさんです。

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 もしあなたが京極夏彦になりたいと考えたことのある、ごく一般的な成人日本語話者だったとしよう。そんな動機を持つ人は滅多にいない、とあなたが考えているとしたら、その見識の狭さを私は非難せざるをえない。

 私の推測では、護国寺駅(講談社のある駅)のホームで石を二個投げたら、どちらかの石は京極夏彦志望者に当たる。その程度には、京極夏彦になりたいというのはありふれた感情である。

 私もかつてそうだった。

 忘れもしない、大学二年生の時、『姑獲鳥の夏』を読んだ時のことである。

 目眩がした。こんな小説は読んだことがないと私は思った。その小説への具体的な賞賛は他の寄稿者に譲るとして、それからの私は京極世界にどっぷりとはまり込んだ。ファミレスで文庫版『絡新婦の理』を読んでいたら、いつの間にか昼が夜になっていたこともある(ファミレスに長っ尻するとどうなるかご存知だろうか? あなたの席の横の窓だけ、ブラインドが下げられたままになるのだ。あなたが邪魔だから)。

 さて、これを読むあなたが私のような、京極夏彦志望者であると仮定して話を進める。京極夏彦になるのは可能だろうか?

 なくはない。もちろん。未来は常に不確定で、可能性はあなたに開かれている。しかし、「根拠はないけどまあなれるでしょ」くらいに軽く思っているとしたら、私はあなたの見識の狭さを非難せざるをえない。私は渾身の力であなたに石を二個投げるであろう。

 私は本物の京極夏彦先生に会って話したことのある、そこそこ珍しい成人日本語話者のひとりである。その経験からいって、京極夏彦という現象は、この日本に起きたある種の異常気象である。

 極端なショートスリーパーであるとか、自著にて見開きやページの終わりで必ず「。」をつけて文章が終わるようにしているとか(まじかよ)、京極夏彦みたいな人を取りこぼさないようにするためにメフィスト賞が創設されたとか、そういった有名な超人エピソードはウェブ上の各種メディアを参照いただけばいいとして、ここでは私が直接肌で感じた、京極夏彦の特徴を語っていきたいと思う。そしてこの文章が、「私も京極夏彦になりたい」と願う、日本の紳士淑女の皆様の一助となれば幸いである。

 まず、雰囲気が怖い。口を開くより前の京極先生は、なんだかわからないけど異様に怖い。忘れもしない、鼎談のためにカフェで打ち合わせした時、のっそりと現れた京極先生は、先に来て待っていた五人をあわせたよりも存在感があった。私は小さく悲鳴をあげた(ご本人に聞こえなかったことを祈る)。

 申し遅れたが、私は『文豪ストレイドッグス』という漫画の話作りを担当している(作画は春河35先生)。この漫画は太宰や芥川といった実在の文豪の名を冠したキャラクターが登場する漫画である。この漫画の3巻に京極先生の推薦文を入れていただいたご縁で、先の鼎談が実現した。なお、鼎談の三人目は綾辻行人先生である(ひええ)。

『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人VS.京極夏彦』(朝霧カフカ:原作 泳与:漫画 春河35:キャラクター原案)
『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人VS.京極夏彦』で、京極さんは大量殺人を行う妖術師として登場!

 そんなわけで事前の打ち合わせをする運びとなったのだが、ひとこと口を開くと、京極先生は最初の外見的インパクトとは裏腹に、きわめて理知的な御仁であった。たいへん弁が立ち、話はするする呑み込みやすく、なんだか国語の先生と話しているみたいだった。というか、ばっさり言ってしまうと、「あの」京極堂と話しているみたいだった。作品と作者は別物だというが、京極夏彦先生はその希有な例外であると私は思う。

 そう、京極先生はまるで物語の登場人物のようである。先程の話に戻るが、私は太宰や芥川ではなく、京極夏彦・綾辻行人を登場人物にした物語を書いてほしいと角川から依頼されたことがある。そんな恐れ多いことしていいの? と大いに焦っているうちに、そのうちに辻村深月先生が「私も出たーい」と言ってきたので、私は退路を断たれた。

 そうして震える指で小説『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人VS.京極夏彦』を執筆したわけだが、そこでぶつかった試練は何といっても、「本人のほうがキャラ立ってる問題」であった。

「本人のほうがキャラ立ってる問題」とは何か。

 それは文豪ストレイドッグスを執筆するうえでしばしばぶつかる問題である。太宰、乱歩、鷗外、名だたる文豪は往々にして、こっちが作ろうとしている創作上のキャラクターよりキャラが立ってしまっている。なぜなら超人ばかりだからだ。それと同じことが、キャラクター「京極夏彦」を作るうえでも起こった。私は頭を抱えた。

 なにしろオフの日もあの和装で普通に出歩き、清澄白河とかで一般の方に目撃されている。そしてあの知性、あの雰囲気(しかも綾辻先生いわく「若い頃はGLAYのTERUに似たイケメンだった」とのこと)。キャラが立ちすぎている。フィクションがリアルに勝てない。

 だから私は京極夏彦という人物をこう定義する。彼はこの世で数少ない、「まだ生きてる文豪」の一人なのだ、と。

 参考になっただろうか。知れば知るほど遠ざかる偉大なる大作家に、私は後塵でいいから拝したいと、今日もがんばって執筆を続けている。

朝霧カフカ
あさぎり・かふか●愛媛県出身。シナリオライター。「文豪ストレイドッグス」シリーズのコミックス原作や小説を手掛け、本シリーズはシリーズ累計1200万部を突破している(電子含む)。

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