【京極夏彦特集】寄稿&インタビュー「拝啓、京極夏彦様」/有栖川有栖さん

文芸・カルチャー

更新日:2023/9/15

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年10月号からの転載です。

 京極夏彦とはどのような人物なのだろうか。それは京極ワールドを楽しむ私たちにとって、永遠の謎である――! 京極夏彦さんと共に作品を作り上げた方々、またご親交のある作家の皆さまに、京極さんとの思い出や京極作品の魅力について伺いました。今回は有栖川有栖さんです。

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有栖川有栖さん

姑獲鳥の頃

 京極夏彦さん、作家デビュー三〇周年おめでとうございます。

 早いものですね。衝撃的なデビュー当時のことはまだよく覚えています。講談社文芸第三出版部の宇山日出臣部長が、「新しい人のすごい作品が出るんです」とにやにやしながら話してくれた表情や声も含めて。ああいう時、編集者さんというのは実にうれしそうな顔をしますね。世界の深遠なる秘密を握っている気分になるのでしょうか。

『姑獲鳥の夏』初版の奥付には一九九四年九月五日とあります。講談社ノベルスは月初の発売で、九月の頭に書店に並んだのではないか、と思うのですが、それはさて措いて。

 京極夏彦の広大にして底知れない作品世界についてあれこれ語る紙幅はないし、私が書くから面白いという特ダネも持ち合わせていません。『姑獲鳥の夏』と出会った時のインパクトについて証言するのが分相応でしょうか。

 新本格ミステリは大ブームを巻き起こすには至らないものの斯界に居場所を獲得し、書き手の数も増えて、デビュー五年目の私は専業作家になるため会社を辞めた頃でした。退社してひと月も経たず、新しいスタートを切ったばかり。ショックを受けるにはとてもいいタイミングだったかもしれません。

『姑獲鳥の夏』を読み始め、たちまち物語に引き込まれました。どこにも銘打たれていなくても、密室の謎など佇まいにそれを感じさせるものがありましたから、斬新な新本格として受け取りながら。

 と同時に、十代の頃から本格ものとともに親しんできた変格探偵小説の味わいも濃く、二項対立的に語られがちな両者をこんなふうに止揚できるのだな、と気づかされもしました。とにかく楽しい読書体験でした。

 やがて作者に関する情報が徐々に明かされてくると、それまでの新本格作家とは様子が違う。どんな人なのかよく理解しかねたのですが、とにかく大学のミステリ研究会に属していたようなマニアックな本格ファンではないらしい。新本格を読んでから『姑獲鳥の夏』を執筆なさったと聞き、新本格が新たなフェーズに入ったのだな、と思わずにいられませんでした。

『魍魎の匣』『狂骨の夢』『鉄鼠の檻』『絡新婦の理』とシリーズは (その質・量からして)驚異的なスピードで続き、ミステリにはこんな書き方もあったのか、と感嘆した日々を懐かしく思い出します。

 深い読みを誘う大部な作品が、多くの読者から圧倒的な支持を得たことにも驚き……って、驚いてばかりですね。百鬼夜行シリーズは京極夏彦の活動の一部でしかないのに。

 新本格は、ミステリにとって画期的なムーブメントではありました。次々に旅の仲間が加わることを喜び、「みんなで行けるところまで行こう」と歩いていたのですよ。北の森から這い出てきた者たちが、野を横切り南の約束されざる地へと。

 そうしたら、どこからともなく京極さんが『姑獲鳥の夏』を引っ提げて出現し、並んで歩いていたわけです。東や西の霧から湧いてきたのか、空から舞い降りたのか、ときょろきょろしてしまいました。

 たとえ話を重ねます。一人また一人とミステリの館に客が集まってくる。館内が次第ににぎやかになってきたところへ、少し遅れて到着した異彩を放つ客。そういう人物って、名探偵っぽいですよね。あるいはやがて起きる華麗なる事件の犯人か。京極さんの登場はそんな感じでもありました。

 もう一つ。あの子は何者? どこから来たの? その正体不明ぶりは、ミステリアスな転校生のようでもありました。宮沢賢治の『風の又三郎』の冒頭、又三郎が教室に忽然と現われては去るのを見た子供たちは言います。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな」
「二百十日で来たのだな」

 台風が来ると言われる二百十日とは、九月の初め。ちょうど『姑獲鳥の夏』が出た頃にあたります。又三郎と京極さんが違うのは、出現するなりいったん消えてしまったりしなかったことです。

 ずっと居てくれて、本当によかった。

有栖川有栖
ありすがわ・ありす●1959年、大阪府生まれ。89年に『月光ゲーム』でデビュー。2003年『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、08年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞を受賞。他の著作に『論理仕掛けの奇談 有栖川有栖解説集』『濱地健三郎の幽たる事件簿』など。

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