衣装・髭にこだわり喋らない本格サンタをしていたのがルーツ。子どもたちに本を寄付できる「ブックサンタ」活動の喜び〈久美堂社長インタビュー〉

文芸・カルチャー

PR更新日:2023/11/20

 サンタクロースがプレゼントを届けてくれるクリスマスは、子どもにとって特別なイベント。ところが、家計の困窮など何らかの事情でプレゼントを受け取れない子どもたちがいる。そんな子どもたちに、書店やオンラインで購入した新品の本を寄付できるのが、2017年から始まったブックサンタの活動だ。

 この取り組みに賛同する書店が、近年急激に増えている。書店は、子どもたちに贈る本を寄付者に提供する立場。寄付を増やすためにどんな工夫をし、この活動を通してどのような喜びを感じているのだろうか。

 ここでは、寄付者と直接ふれあうことが多い地域の書店の代表として、創業77年という歴史を持ち、町田市を中心に6店舗を展開する「久美堂(ひさみどう)」代表取締役社長の井之上健浩さんに、お話をうかがった。

(取材・文=吉田あき)

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井之上健浩さん

●最初の年から、連日お客さんが本を購入してくれた

——ブックサンタの取り組みを知ったのは、いつ頃でしたか?

井之上健浩社長(以下、井之上):3~4年前に業界誌に出ていた記事か何かで知り、すぐに賛同しました。この活動を知る前から、個人的に、町田市の児童養護施設に本を届けていたんです。もともと地元の焼き鳥屋さんが施設に食べ物を届けていて、声をかけたら、せっかくだから本を贈るのはどうかと。以前から、施設にいる子どもたちに何か貢献できないかと考えていたんです。

——子どもたちはどんな反応でしたか?

井之上:私の家にある絵本や、出版社さんからいただいた本を段ボール3個くらい持って行ったら、すごく喜んでくれました。何か持ってきてくれたっていうのがわかるんですね。一斉に寄ってきて、取り合うように本を見てくれて(笑)。そのまま読み聞かせをしたこともあります。本を喜んでくれる子どもが、お店の別の場所にもいることを実感し、これは会社としても取り組みたいなと。

——店舗でブックサンタの認知を広げるために、まずは何から始めたのでしょう。

井之上:こういったチャリティ活動は、お客様に意図を伝えることがすごく難しい。全員が同じ意識を持って取り組めるように、まずは月一回の店長会でスタッフに趣旨を伝えました。お客様への告知はポスターやチラシくらいです。のちに、本の選び方がわからないというお客様の声があったので、フェアのような形で店頭におすすめの本を並べました。それは今でも続けています。

——店長さんたちは趣旨についてすぐに理解してくれましたか?

井之上:じつは、寄付した本が誰の手に渡るかわからないし、どれくらいの方が寄付してくださるのか、僕もスタッフも不安があったんです。でも蓋を開けたら連日お客さんが購入してくださり、みんなで驚きました。クリスマス関連ではない、一年中読める本にも人気が集まるなど、我々にとって新しい発見もありました。

久美堂
児童書コーナーにブックサンタ募集のPOP展開中

●読書から享受できる数々の喜びを子どもたちに伝えたい

——ブックサンタでは例年「幼児向けの絵本が多く、小学生向けの本が不足する」という課題があるようで、事務局で今年、「小学生向け推薦図書リスト」が作成されました。寄付する方は本を選びやすくなりましたね。

井之上:「本を買えない環境にある子ども」「児童養護施設」と聞くと小さな子どもを思い浮かべる方が多いのですが、中には中学生など大きい子もいる。イメージのギャップがあるのだと思います。

——小学生向けの中でも、1~2年生の本は十分に集まっていて、3~6年生向けの本が不足している。その見極めをするのは、寄付者だけでは難しいところですね。

井之上:そうですね。ちなみに、その年齢は、子ども向けから大人向けの本に切り変わっていく境目と言えるかもしれません。本に慣れていない子はまだルビつきの本を読むので精一杯だし、早い子はもう大人向けの本が読める。レベルの差が出るので、一概に「これがいい」とは言いづらい。

 寄付の話とはちょっと違いますが、子どもに贈る本として僕がおすすめするのは、実年齢より少し上のレベルのものです。少しわからない部分があるほうが知識を身につけられるし、「これは何だろう」という好奇心や探究心も芽生えてくる。それを親や先生に聞くことでコミュニケーションが生まれることも。読書によって得られるものは、知識の向上以外にもいろいろあります。

——井之上社長はどのような読書体験をされてきましたか?

井之上:家が本屋で、本を読むように言われましたが、外で遊ぶほうが好きで。でも父がたくさん買ってくるので、いつも本に囲まれていたし、なかば強制的に読書することを教えてもらい、読書感想文や受験で読解力を求められた時には助かりました。活字を読み続けるのは意外と力のいることで、僕の友人にもいますが、大人になってから読もうとしても大変なんですよ。本を読むことができるのは1つの財産。子どものうちから読んでおくようにと、自分の子どもにも伝えています。

——読書から得られる恩恵は大きいのですね。自分が子どもの頃に読んだ本を寄付したい人も多いと思いますが、古すぎたり、もうすでに読んでいたりするのでしょうか。

井之上:本はその時々によって得られる気づきが変わりますから、何度読んでもいいと思いますよ。それに、最新刊はみんな同じような内容になりがちですが、古い本ほどバリエーションがあり、意外と知られていない名作もあります。「古いから価値がない」とはならず、数十年前のものが最新刊と一緒に並んでいるのが本の面白さ。新しいもの、古いもの、どちらもあっていいのだと思います。

※ブックサンタの本は、大変な境遇にいる子育て家庭を中心に一部は児童養護施設などにも届きます

井之上健浩さん

●書店で購入する本一冊から、誰でも気軽に“サンタさん”になれる

——クリスマスは子どもにとって特別な日。ピカピカの新品の本を贈られたら、いつまでも忘れがたい思い出となりそうです。

井之上:そうですね。僕もじつは、10年以上前から「サンタ便」という取り組みをずっとしていまして、まとまった金額を使ってくださった方のご自宅に、プレゼント包装した本をお届けしているんです。それもあって、クリスマスにサンタさんが本を贈るというのは僕の中で当たり前のことになっているし、スタッフも自然に取り組めたのだと思います。ちなみに、クリスマス時期の店頭はプレゼント包装でてんてこまいなので、サンタ便は僕が行っています。

井之上健浩さん
社長自ら出向くサンタ便の様子

——社長がご自分で?

井之上:はい。子どもの夢を壊さないように、衣装や髭などを本物のサンタに近づけて。社員を連れていって通訳をしてもらうので、僕は一言も喋りません。最初は玄関先で渡して写真を撮るくらいでしたが、「お家に上がって」と言われることが増えて、最近は、くるぶしソックスではまずいなと思うことも(笑)。毎年30軒くらいかな。町田の子どもたちには僕が届けていますので、行けない場所にブックサンタが行ってくれる。それをスタッフも理解してくれて。

——スタッフみなさんの理解があるのは素晴らしいことですね。

井之上:地域で商売をしていく以上、地域と共に育っていくために、社会貢献は欠かせないこと。それを社長だけがやっていても…。ブックサンタはお店全体で取り組める活動として、社員教育としてもありがたいなと感じています。

——寄付されるのは、どんなお客様が多いのでしょうか。

井之上:さまざまですね。おじいちゃんやおばあちゃんもよく見かけます。店頭のポスター、SNSのほか、少し前に取り上げられたNHKで知った方もいらっしゃいます。今年、ブックサンタが始まった翌日に、お客様から「ブックサンタ、またやってくださいね」と言われたので、今年も始まっていることを伝えたら、「違う違う。今年は昨日いちばんに買ったから、来年の話だ」と言われて驚きました。心待ちにしているお客様がいらっしゃるのは、僕らにとっても励みになります。

——本を一冊買うだけで、サンタさんになって子どもたちを喜ばせることができる。それが寄付する方ご自身の喜びにもつながりそうです。

井之上:困っている子どもたちに何かしてあげたいという気持ちは、みなさん持っていると思うんですよ。でも、どこで、何をしたらいいのかわからない。それが気軽にできることも、ブックサンタのいいところです。本屋さんは、何も買わなかったとしても、自由に出入りできる場所ですから、お気軽にご相談いただければと思います。

——最近は子どもの社会貢献が重んじられる風潮もあるので、子どもが寄付者となって、自分だけではない喜びを他の子どもに贈るのもいいなと思いました。

井之上:僕自身がお会いしたことはないんですが、他のお店で、親御さんと一緒に来たお子さんが、自分で本を選んでいたという話を聞きました。その時は、現金ではなく図書カードを使って。お買い物体験と社会貢献をセットにしたような感じですね。

久美堂
ブックサンタのお申し込みがあったものはこの棚に並べられていきます

●本を読まない層まで巻き込み、本の良さを伝えていく

——ブックサンタの活動は今年で7年目を迎え、賛同する書店と寄付者の数は、大きく伸びているようです。井之上社長ご自身も、他の書店にこの取り組みを広げているそうですね。

井之上:他の書店から直接問い合わせがあったこともありますし、地域で頑張っている本屋さんが参加する書店新風会というコミュニティでも、会議でブックサンタの話をすると、「来年はやってみよう」とおっしゃる書店さんがいます。

——この取り組みによって、今まで本を読まなかったお客さんまで書店に足を運ぶようになった、という話もあるようです。

井之上:それはあると思います。たとえば、子どもと一緒に本屋さんに来ていたような親御さんは、お子さんが中高生になると来なくなるんです。そうすると、子どもの本を買ったついでに自分の雑誌も買おうか、ということがなくなってしまう。40代、50代くらいの方ですかね。そういう方が「自分の子はたくさん本を読んでいたし、そろそろ手がかからなくなったので、少しでも協力できるなら」と来てくださるパターンもあると思います。本屋さんに来るきっかけを作ってくれるのもブックサンタの素晴らしさですね。

——本の業界全体を盛り上げることにもつながっているのですね。この活動に興味を持っている方に、井之上社長から呼びかけをしていただきたいのですが。

井之上:多くの賛同者を惹きつけている魅力のある取り組みですが、まだ知らない方のほうが圧倒的に多い。ですから、長い時間をかけて地道に続けていくことがとても大事だと思っています。寄付はもちろん、口コミでこの活動を広げて応援してくださるだけでもいいと思います。僕も、地元の友だちをはじめ、事あるごとに周りの人たちに伝えていきます。

井之上健浩さん

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