“学歴厨ホイホイ漫画”で話題! 『かしこい男は恋しかしない』作者・凹沢みなみ×タワマン文学作家・外山薫スペシャル対談

マンガ

PR公開日:2023/12/28

凹沢みなみ、外山薫

異色の学歴×男子校ラブコメディとして「別冊マーガレット」にて大人気連載中の『かしこい男は恋しかしない』。通称「かし恋」と呼ばれている本作だが、2023年12月25日に待望の単行本第1巻が発売された。発売を記念して、作者・凹沢みなみ先生と、連載当初より本作を「学歴厨ホイホイ漫画」と称し、Xでラブコールを送り続けているタワマン文学作家・外山薫先生との対談が実現。実は、担当編集・高峰氏は名門男子校出身者であることが判明した今回の対談。異色の少女漫画家、タワマン文学の先駆者、名門男子校出身の編集者……各々の目線で本作の魅力はもちろん、学歴厨の正体に迫る。

外山薫が絶賛! “私文いじり”はどこから生まれた?

――外山先生が初めて「かし恋」を読んだ時、どんな感想を抱きましたか?

外山薫(以下、外山):とにかく攻めていると思いました。「別冊マーガレット」という、仮にも少女漫画雑誌で連載している作品なのに、例えば『NANA』や『君に届け』のような作品とはもう明らかに文脈が違うんですよね。あと、セリフに登場するキーワード選定が絶妙と言いますか、学歴厨やサブカルいじりがすごく練られている。Xで紹介すると毎回ものすごくバズるんですよ。

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凹沢みなみ(以下、凹沢):ありがとうございます。実は私、ネットが大好きなんです。担当編集の高峰さんと話す時も、大体の話題が5ちゃんねるのコピペやSNSの炎上だったりするくらい。だからXウケが良いと言いますか、SNS映えするものを自然と理解しているのかもしれません。

外山:特に“私文いじり”が本当にすごかったです。「受験科目が小論文と飲みとTi○derの3教科」「頭良いっていうのは東京一工医学部からだからね? 私文の男と関わったお前は…お仕置き」とか。私文いじりの解像度の高さはもちろん、ここを攻めたらウケるというポイントをちゃんと押さえているんですよね。

凹沢:私文いじりは高峰さんの学生時代のエピソードがきっかけなんです。高峰さんが名門男子校出身で、そこでは私文専願の生徒は「何か事情があったのかな」みたいな空気になると聞きまして(笑)。公立出身の私からするとそんな世界があるのかと衝撃でした。

担当編集 高峰(以下、高峰):学校の方針も影響していると思うのですが、基本的にみんな国立か医学部狙いなんですよ。だから、早慶のような私文は第一志望に落ちた人が行くところみたいな空気があったんです。それを凹沢先生に話したら、こんなに解像度高くいじってくださって。経験したことがないのに、ここまで描けるのは本当にすごいです。

かしこい男は恋しかしない

大人も若者も同じ、“自意識のこじらせ”の根底にあるもの

――そもそも本作はどういったところから着想を得たのでしょうか。

高峰:まず、共学に通う男子3人組が無印良品の女性店員さんに恋をする『セエシュンコンプレックス』という読みきりがありまして。これがすごく面白かったので、この3人を使って連載にできないかなと思ったんです。生徒会にしたり、軽音部にしてみたり、いろいろ試行錯誤していたところ、僕が名門男子校出身であることを知っていた「別冊マーガレット」の編集長が「男子校は、女子にとっては秘密の花園みたいな面白さがあるから、そのままそれを舞台にしちゃえば?」とアドバイスしてくれたんです。そしたらこれが意外にもハマったと。

凹沢:でも、一番のきっかけは、私が恋愛の話を描けないというところにあると思います。1年くらい恋愛ものを描いたけれどネームコンペが通らなくて、それで思い切って男の子の話を描いたら上手くいったんです。

――学歴厨、サブカル厨など、作中に漂う“自意識のこじらせ”というエッセンスはどこからきたのでしょうか。

高峰:もともと得意とされている要素なんです。凹沢先生は以前『星子画報』という作品を連載していたのですが、田舎に住んでいる女子がロマンチックな恋に憧れて自意識を爆発させるというお話なんですよ。

凹沢:自意識というか、陰キャから見た世界を描くのが得意だなと自分でも思います。

外山:なんだか自意識のこじらせってすごく現代的なテーマですよね。若い世代だったら学歴、大人になると年収や住んでいるマンションの階数とか、この世界って何かと数値化されているんですよね。自分が他の人と比べて上か下かなんて普段は気にならないけれど、一度可視化されると気になってしまうもの。その中でも私は、自分ではなく子どもの偏差値で戦っている人たちを扱うのが好きなのですが、凹沢先生は男子高校生という若者にフォーカスされている。世代間の違いはあれど、自意識の根底にあるものは共通しているのかなと思います。

凹沢みなみ、外山薫

学歴厨な主人公は愛らしい? 彼に惹かれてしまう理由

――正直(まさなお)は、学歴厨という少女漫画に珍しいキャラクターもさることながら、どこか憎めないところが魅力的です。彼を描く上で意識していることはありますか?

凹沢:正直のような黒髪メガネ男子って、少女漫画ではよく見かけるキャラクターですよね。大体みんな大人しくて、優しくて、人を見た目で判断しない……そういった少女漫画における“黒髪メガネ男子=ジェントルマン”みたいな描かれ方にずっと違和感を持っていたんです。だから、そういう黒髪メガネ男子にはしたくないという気持ちは結構大きかったですね。

高峰:勉強ができるキャラクターって、普通の少女漫画ではそれだけでカッコよかったり、エリートみたいな扱いを受けたりするけれど、この作品ではとにかく滑稽な存在として描かれているんですよ。だって、自分で頭の良さを大真面目にアピールして、「東大合格者数では負けてないんだからな…」とか言っていますからね(笑)。でも、頭の良さをあえてド直球で描いているからこそ、読者からすると鼻につくこともなく、愛らしく見えてくるんじゃないかなと思います。

外山:男子校って、全体に占める割合としてはたったの2%らしいんですよ。しかも、多くはエリートの通う場所。だから、本来であれば名門男子校に入学した時点で勝者、キラキラの人生を歩んでいくはずなんです。でも、もしかしたら共学の方が青春的には正しい人生を歩んでいるんじゃないか? って。正直たちのどこか満たされていないあの雰囲気……。これは今まであるようでなかった新しいキャラクターの造形だなと感じました。

凹沢:学歴もそうですが、自分の中で勝手に物差しを作り上げて、勝手に一喜一憂する。そういう精神勝利をやっている男子って可愛いなと思いますし、すごくキュンとしちゃいます。あと先ほど「陰キャから見た世界を描くのが得意」と言いましたが、私自身、陰キャの男子が大好きなんですよ。例えば、ナルシストや自意識過剰のような、ちょっと痛い一面を見ると、あぁ! 可愛い! って思うんです。

――ちなみに凹沢先生にとってベストオブ陰キャを挙げるとしたらいかがですか?

凹沢:森見登美彦先生の『四畳半神話大系』の主人公・“私”とか好きですね。内面はもちろん、見た目も好きです。そういえば“私”って京都大学でしたね。

外山:確かに! 高学歴なのに社会に適応できていない感じ。どことなく正直と似たものを感じます。

凹沢みなみ

学歴厨は面白い、ヤンキー漫画と一緒?! 学歴厨を徹底分析

――学歴厨な主人公という、少女漫画における新しいキャラクター像を切り拓いた「かし恋」ですが、そもそもみなさんは学歴厨という存在についてどう思われますか?

外山:大好きですね。学歴で一喜一憂する人たちを見るのが面白くて好きなんです。私は慶應大学出身なのですが、慶應に入りたくて入学した人だけじゃなくて、一浪して東大受験したけど結局ダメで仕方なくとか、高校の時点でランク下げて私文専願にしたとか……モヤモヤしたものを抱えている人もたくさんいたんですよ。そうやって卑屈になっている人よりも、慶應バンザイ! っていう心持ちでいる人の方が絶対ハッピーな人生を歩めるはずなのに、入り口の時点で鬱屈しているところがすごく良いなと。

高峰:「かし恋」を担当していて改めて思ったことなのですが、学歴って一生すがっていられる唯一のモノなんじゃないかなと。例えば、外見の美しさは老いたら消えていくもの、会社だって定年を迎えたら所属から抜けるじゃないですか? その点、学歴ってJALのグローバルクラブみたいな感じで(笑)、一度サファイア会員になれたら永久にそのまま、みたいなものだと思うんです。

外山:正直たちはまだ10代の若者で、彼らくらいの若者にとっては偏差値や学歴というものは、やっぱり成功体験の一つなんですよね。それが自分を守る物差しだから、なんとか柱にして学歴マウントとか取ったりするけれど、結局のところ共学や好きな女の子とかに振り回されている。この滑稽さがとても面白いですよね。

凹沢:私は学歴厨って結局、ヤンキー漫画と一緒だと思うんです。例えば、一見するとメガネをかけていて陰キャっぽいけれど、頭が良いからこいつのが上! みたいな。ホモソーシャルの価値観と言いますか、男性同士の空間になると、誰が一番強いのかすぐに競って階級をつける傾向にあると聞きますが、それかなと。なので、ヤンキーの喧嘩の強さが学力に変わっただけで、結局やっていることは『東京卍リベンジャーズ』と一緒なんじゃないかなと思います。

「自分の好きなことに全力!」名門男子校生への取材で感じたこと

――1巻には、雑誌掲載時に大反響を呼んだ名門男子校生インタビュー(武蔵、聖光、暁星、浅野、筑駒)が収録されています。実際に名門男子校生と接してみていかがでしたか?

凹沢:やっぱり男子校ってすごく楽しそうだなと。教育ジャーナリスト・おおたとしまさ先生が、著書で「男子校の良い点は、異性からのモテという物差しがないから自分の好きなことを全力でやれるところ」というようなことを仰っていたのですが、実際にインタビューしてみて本当にその通りだなと思いました。あと、仲の良い男の子同士ってこういう感じでお喋りするんだ! って新鮮でした。少女漫画だとやたら距離が近いんですよ。

高峰:少女漫画あるあるですよね。部活の合宿で、男のキャラ同士で温泉に入って「アイツのこと好きなのかよ」って恋バナをするシーンとかたまに見ますが、現実ではまずありませんからね。実際の男同士の会話って小競り合いなんです。仲が良ければ良いほど、相手をディスり合う。

外山:ディスりといえば、シグマのツッコミ。1巻に収録されている名門男子校生からのコメントでも「シグマに共感します」という声が多かったですが、シグマからは大学で出会った男子校出身者と似たようなものを感じます。一歩引いたところから、冷静に何かをいじるみたいな。彼のようなキャラクターって多分、共学では受け入れられないと思うんです。男子校だからウケるんだろうなと感じました。

――取材を経て、名門男子校生に対するイメージの変化などはありましたか?

凹沢:そもそも縁のない世界だったので、元の印象自体そんなにないというか……。ただ一つ気付いたことがあって、これまでの人生で身の回りに男子校出身者や関係者っていなかったなと。それで、男子校出身者ってなんだか「指標生物」みたいだと感じたんです。

 例えば、汚い川にはアメリカザリガニが、すごく綺麗な川にはホタルの幼虫が住んでいる……生きもので水質を判定する「生物学的水質判定」ってあるじゃないですか? その判定に使われる存在みたいだなと。要するに男子校生って上澄みにしかいないんですよ。私は地方のごく一般的な環境で育ったのですが、自分の周りや、共通の友人に男子校生や男子校出身者って本当にいなかったですもん。それが上京して大学に入ったらチラホラ現れ出して、漫画家になって出版社の人と接するようになったらもっと増えて。

外山:どちらが綺麗な川かは置いておいて(笑)。そもそも現代社会では、都心に住んでいると中学受験が当たり前になっていて、しかも進学実績で結局男子には男子校を選ばせるみたいな風潮があるんですよね。だから、都心にいると名門男子校出身者ってたくさんいますが、私だって地元に帰るとそんな人ひとりもいませんよ。「かし恋」は、そんな超クローズドな世界の“あるある”を詰め込んでいるから、なんだか覗き見しているような感覚になれる。だから読んでいて面白いんだろうなと思います。

凹沢みなみ、外山薫

「かし恋」からは言葉の力を感じる。比喩表現の源泉とは?

――先ほどの指標生物の話はもちろん、本作でもいかんなく発揮されている凹沢先生の秀逸な比喩表現はどこで養われたものなのでしょうか?

凹沢:冒頭で話した5ちゃんねるのコピペの影響もあると思いますが、実は現代短歌や現代俳句がすごく好きなんですよ。最近の作品で特に印象に残っているのが、2012年の俳句甲子園で最優秀句に選ばれた開成高校生の作品。「月眩し プールの底に 触れてきて」っていう、何気ない学校の日常からこんなにきらめくシーンを詠む。素晴らしいですよね。比喩表現って結局のところ言い換えだと思うのですが、言葉を繋ぎ合わせて新しいものを生み出す瞬間……あの脳汁が出る感じが好きですね。

外山:「かし恋」からは本当に言葉の力を感じます。ちなみに私は、5ちゃんねるのコピペにかなり影響を受けています。正確には、小説とXで表現を変えているのですが、Xでウケるのはやっぱり5ちゃんねるのコピペみたいな強い言葉なんですよね。決して綺麗な言葉ではないのに妙に残ってしまう、あの引きの強さを再生産したのがタワマン文学の走りだと思っています。

――1巻の巻末には外山先生による書き下ろしスピンオフ小説が収録されていますが、タワマン文学とは正反対の可愛らしい恋物語が書かれていて驚きました。

凹沢:なんだか「りぼん」の読みきりみたいでした。外山先生ってこういうのも書けるんですね! って高峰さんと2人で興奮しました(笑)。

外山:ありがとうございます。スピンオフ小説の主人公はちほねちゃんですが、実は最初は正直たちにしようとしたんですよ。でも彼らの話は本編で書くべきものだからと思って、それでどの子を主人公にしようか悩んでいたらちほねちゃんが目に留まりました。彼女は、他の女性キャラクターたちと比べて1人だけ立ち位置が違うんですよね。

 例えば、正直が好意を寄せる女性って、ただ可愛いだけで学歴や偏差値から引き離された存在なんです。一方で、ちほねちゃんは正直のように名門女子校に通っているから、唯一彼と同じ土俵に乗ってしまっている女性キャラクターなんです。だから、正直にとってちほねちゃんは戦友というか、恋愛対象にならない。この立ち位置が面白くて彼女を主人公にしました。あと本編が良い意味でふざけ倒しているので(笑)、スピンオフでは正統派な恋愛をやってみようと。

学歴厨萌から中学受験を控えているお子さん、親御さんへ

――「かし恋」の魅力をたくさんお伺いしてきましたが、特にどんな方たちに読んでもらいたいですか?

凹沢:読んでいただけるならもうどんな方だって嬉しいですが……特に学歴厨男子萌する人? いるのかな(笑)。

高峰:最近だと「Snow Man」の阿部亮平さんや、「美 少年」の那須雄登さんなど、高学歴アイドルが活躍しているから、学歴厨男子萌は一定数いるかもしれません。担当編集としては、男子校出身者はもちろん、女性読者さんにとっては男の秘密の花園を覗き見するような感覚で、本当にみなさん楽しめる作品になっていると思います。あとは中学受験をしているお子さん、親世代、幅広い世代の方に読んでほしいです。

外山:私は子どもに中学受験をさせている親に読んでほしいなと思います。中学受験って合格して入学した後の方が長いのに、親ってどうしても点数や偏差値で判断してしまう。もちろん校風もチェックしているとは思いますが、そこまで解像度高く把握しきれていないと思うんです。だけど、「かし恋」1巻には、本編のほかに名門男子校生インタビューという、中学受験雑誌に掲載されていてもおかしくないレベルのルポが収録されているんですよ。男子校の良いところも悪いところも、実際に体験した生の声が書かれているから、ぜひ学校選びの参考にしてほしいですね。

凹沢みなみ、外山薫
イラスト=凹沢みなみ

取材・文=ちゃんめい 撮影=金澤正平

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