北沢 陶×澤村伊智 横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作『をんごく』刊行記念対談

文芸・カルチャー

更新日:2024/1/9

第四十三回横溝正史ミステリ&ホラー大賞で大賞・読者賞・カクヨム賞と史上初の三冠を受賞した北沢陶さんが、昔から憧れていた澤村伊智さんと創作について語り合ったスペシャル対談が実現!
怪と幽vol.015」に掲載された対談のショートverを特別公開します。

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構成・文=朝宮運河

横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作『をんごく』刊行記念
北沢 陶×澤村伊智 対談

澤村:まずは受賞おめでとうございます。

北沢:ありがとうございます。私が本格的にホラーを書き始めたのは『ぼぎわんが、来る』の影響なので、澤村さんがいなければ今の自分はなかったと思います。お話しできて光栄です。

澤村:恐縮してしまいますね。受賞作の『をんごく』、めちゃくちゃ面白かったですよ。新人賞の受賞作って、読みやすさについては過度な期待をしないようにしているんですが、『をんごく』はリーダビリティが高くて、引っかかる箇所がなかった。そこは自分も重視しているポイントなので、すごいなと思って読んでいました。それ以外にも長所はたくさんあるんですが、順番に行きましょうか。そもそも横溝正史ミステリ&ホラー大賞に投稿された経緯を教えていただけますか。

北沢:『をんごく』の原型を思いついたのは二〇一八年です。プロットを何度も練り直して、半分くらいまで書いたんですが、そこで筆が止まって三年ほど放置していました。なんとか書き上げることができたのは、家族の「これは書き上げた方がいい」という言葉に背中を押されたからです。執筆中、この原稿を完成させたあとどうしようかと思った時に、横溝正史ミステリ&ホラー大賞のことを思い出して。実は以前、日本ホラー小説大賞時代に投稿して、一次選考通過止まりだったという経験があって、今度こそはと挑戦してみることにしました。最初から賞を目指して書いていたというわけではないんです。

澤村:なるほど。亡くなった主人公の奥さんが幽霊となって戻ってくる、という展開自体は多くの先行例があると思いますが、ありきたりという印象はない。むしろ新鮮な感じを受けました。情報の提示の仕方にしても、ストーリーの語り方にしてもすべてが適切で、かなり書き慣れている方だなと感じましたね。

北沢:恐れ多いです。小説自体は高校時代からたまに書いていましたが、完成させられるようになったのはこの十年くらいです。

澤村:大正後期の大阪を舞台にするという発想はどうやって出てきたんですか。

北沢:もともとあの時代には関心があったのですが、たまたま本屋さんで明治から昭和初期の古地図を集めて解説した本を手にしまして、大正期の大阪が想像以上に活気があったことを知ったんです。関東大震災の影響で関東から大勢の人が流れてきたことや、第二次市域拡張で多くの町村が大阪市に編入されたことで、大正十四年には人口が日本一となり〝だい大阪〞と呼ばれるまでになる。私は大阪出身ですがこんな時代があったことは知らなくて、興味を持って調べるうちに、少しずつ物語のアイデアが浮かんできました。

澤村:主な舞台になるのが、商人の町として栄えたせん ですね。僕も大阪生まれではあるけど兵庫県宝塚市に住んでいた時期が長くて、遊びに行くのも心斎橋あたりまで。ほとんど馴染みのない土地です。

北沢:今はオフィス街になっていますからね。大正期は四方を川に囲まれて、独自の発展を遂げていたんですが、その川のうち二本も埋め立てられて道路になっています。

澤村:詳しくない僕でも、当時のことをよく調べて書かれているというのは分かります。といって情報を詰め込み過ぎない。さりげなく当時の情景が浮かぶような書き方をされていて感心しました。

北沢:当時の古地図などの資料を参考にしました。大正期は次々と新しいビルが建設されているので、一年ずれると町の様子が変わっていたりする。書こうとしている建物がいつできたのかを毎回調べたり、といった苦労はありました。

澤村:僕なら適当に書いちゃうかもしれないですね。実は今度KADOKAWAで書くつもりなのが、自分の生まれる前の時代の話なんです。資料に向き合う北沢さんの姿勢、お手本にさせていただきます。

北沢:お手本だなんてとんでもない。

澤村:選評で黒川博行さんも誉めておられましたが、エリマキという人外のキャラクターが魅力的ですね。

北沢:書いている時は、このキャラならこう発言するだろう、という感じで距離を置いていたので、エリマキを好きだと言ってくださる方が多いのには驚いています。それも若い方だけかと思ったら、年配の親戚も良かったと言ってくれて。予想外に守備範囲が広いキャラクターだったんだなと。

澤村:ひとつひとつの要素は定番だと思うんですね。主人公と敵対しながら共同戦線を張るとか、一人で長い時間を生きているとか。そういうみんなが大好きな定番要素を盛りこみつつ、新しさを感じさせるキャラクターになっている。すごく難しいことをクリアされたなと思うんです。湯浅政明監督のアニメーションの動きを連想させるような、立ち居振る舞いもいいですよね。

北沢:ありがとうございます。深く読んでいただいて感激です。顔がないキャラクターなので、身振り手振りで感情を表現しようと工夫しました。

澤村:個人的に一番ぐっときたのは、中盤で明らかになる商家の秘密です。都会の真ん中、日本最大の都市になりつつある大阪のど真ん中で、いわゆる因習的なことがおこなわれている。それが主人公の近代的な、高等遊民的な暮らしと結びついているという皮肉も含めて、僕個人の問題意識に響くところがありました。

北沢:以前、日本ホラー小説大賞に応募した作品が、田舎を舞台にしたホラーだったのですが、田舎暮らしに馴染みがないせいもあって、因習村や土俗的なものをうまく表現できなかった。今思うとリアリティの部分が弱かったと思います。大阪は人口こそ多いですが、昔から住んでいる人も多く、古くからの因習や怪異があってもおかしくない。そういう意味では案外ホラー向きの土地かとも思うんです。タコ焼きやお笑いのイメージで語られるような従来の大阪像をひっくり返したい、という狙いもありました。

澤村:ああ、非常にいい話ですね。面白い部分はたくさんあるんだけど、一番はまった部分はそこです。一方、テーマ的には死者と再会する話ですが、死んだ人をどう物語で書くかは簡単なようで難しい。僕もいろいろ考えるところです。

北沢:澤村さんの「姉妹」シリーズのある作品でも、死んでしまった比嘉はるが意外な形で出てきますよね。

澤村:ああいう形なら死者を出すこともできるんです。「比嘉姉妹」シリーズにおける死後の世界はこうなっていますよ、と言わなくて済むので。死んだらもう人間じゃなくなる、モンスターっぽくなるという書き方もフィクションならアリだと思うし、僕も好むところはあるんだけど、一方で生きた時のままの姿で会いたいという切実な願いもある。『をんごく』はそのあたりの兼ね合いが絶妙で、洗練されたものを感じました。

北沢:主人公のもとに死んだ妻が現れて、最初は怖ろしいという感情を抱くんですが、その恐怖の波が去った後には、懐かしい、もう一度会いたいという気持ちが湧いてくる。その心の動きを自然に描くのは難しかったです。

澤村:つくづくよくできている話で、これが自分の小説でないのが悔しいくらいです。

対談ロングverは「怪と幽vol.015」に掲載されています。

プロフィール

北沢 陶(きたざわ・とう)

大阪府出身。イギリス・ニューカッスル大学大学院英文学・英語研究科修士課程修了。
2023年、「をんごく」で第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉〈読者賞〉〈カクヨム賞〉をトリプル受賞し、デビュー。

をんごく
著者 北沢 陶
発売日:2023年11月06日

第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞 史上初の三冠受賞作!
嫁さんは、死んでもまだこの世にうろついているんだよ――

大正時代末期、大阪船場。画家の壮一郎は、妻・倭子の死を受け入れられずにいた。
未練から巫女に降霊を頼んだがうまくいかず、「奥さんは普通の霊とは違う」と警告を受ける。
巫女の懸念は現実となり、壮一郎のもとに倭子が現われるが、その声や気配は歪なものであった。
倭子の霊について探る壮一郎は、顔のない存在「エリマキ」と出会う。
エリマキは死を自覚していない霊を喰って生きていると言い、
倭子の霊を狙うが、大勢の“何か”に阻まれてしまう。
壮一郎とエリマキは怪現象の謎を追ううち、忌まわしい事実に直面する――。

家に、死んだはずの妻がいる。
この世に留めるのは、未練か、呪いか。

選考委員満場一致、大絶賛!
第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞 史上初の三冠受賞作!

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澤村伊智(さわむら・いち)

1979年、大阪府生まれ。2015年『ぼぎわんが、 来る』で日本ホラー小説大賞を受賞しデビュー。19年 「学校は死の匂い」(『などらきの首』所収)で日本推理作家協会賞を受賞。著書に『さえづちの眼』など。

ぼぎわんが、来る
著者 澤村伊智
発売日:2018年02月24日

全選考委員が絶賛した第22回日本ホラー小説大賞受賞作!
幸せな新婚生活を営んでいた田原秀樹の会社に、とある来訪者があった。取り次いだ後輩の伝言に戦慄する。
それは生誕を目前にした娘・知紗の名前であった。原因不明の怪我を負った後輩は、入院先で憔悴してゆく。
その後も秀樹の周囲に不審な電話やメールが届く。一連の怪異は、今は亡き祖父が恐れていた“ぼぎわん”という化け物の仕業なのか?
愛する家族を守るため秀樹は伝手をたどり、比嘉真琴という女性霊媒師に出会う。
真琴は田原家に通いはじめるが、迫り来る存在が極めて凶暴なものだと知る。はたして“ぼぎわん”の魔の手から、逃れることはできるのか……。

“あれ”からは決して逃れられない――。綾辻行人・貴志祐介・宮部みゆきら絶賛の第22回日本ホラー小説大賞〈大賞〉受賞作!

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